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第3話

 夕方、チームの三人を集めて午前中に予告していた業務担当の割り振りを伝えた。


「全体の骨子は及川さんにお願いします。先方担当者との折衝窓口は野村君、プレゼン資料作成を鈴木さん、お願い出来るかな」


 私と矢崎マネージャーとでまとめた必要資料と担当表を一緒に配りながら、大枠を伝える。ここから実質的なスタートだ。明日から三人はこの案件にかかりきりになる。

 担当割を伝えた後は今後の予定についてどんどん話進めた。そのせいで、三人の表情を読み損ねた。


「では、よろしくお願いしますね。あ、それと……」

 打合せの終了と同時に、私は真子を呼び止めた。

「及川さんはちょっと残ってくれる?続きで打ち合わせしたいから」

 そう声をかけたところ、真子はあからさまにビクっとして、一瞬逡巡してから頷き、椅子に座り直した。

 あとの二人は、黙って会議室から出て行くので、そのまま見送った。


「じゃあ、及川さん。骨子の組み立てについてなんだけど……」

 話始めた私は、改めて真子を見て驚いた。真っ青な顔をして震えていたのだ。

「ど、ど、どうしたの?」

 え、えええ?私なんかやったかな?あれ?この後何かあるとか?

 真子の異常に心当たりが無くて焦る。普段感情を表に出す子じゃないだけに、余計焦る。

「いえ、いいえ、大丈夫です。あの……、トイレ行って来ていいですか?」

「え?う、うん、いいよ。あ、そうだね、じゃちょっと休憩してからやろうか」

 私がそういうと、真子はペコっと頭を下げて小走りで出て行った。


 泣きに行ったな、アレは……。

 しまった。何だか分からないけど、しまった。多分私がなんかやらかした。

 やると思ったんだよ、いつか。部下が出来た時に。


 人の気持ちに気づくのが苦手。

 表面上仲良くしている人たちは「仲良しなのだ」と理解してしまう。その下に沈む感情に気づけない。

 突然仲の良かった人が私から離れていくことを何度も経験した。きっと私が知らないところでやらかしているんだろう。理由を聞く勇気も、熱意も私には無かった。

 私には、何かが足らないのだ。

 そう思って生きてきた。それでよかった。この年になって満足な友人も、恋人すらいなくても、それが私に相応しい人間関係なのだと納得してきた。


 しかし、仕事ではそうはいかない。私は震える自分を押し殺して、トイレに真子を迎えに行こうと立ち上がった。

 そこへ。

「失礼します」

 ノック音がして扉が開く。主は鈴木佳代だった。

 あれ?

「どうしたの?」

 質問なら後で……、と続けようとした私の言葉を佳代が遮った。

「納得できません!」

 さっきの真子は真っ青だったが、佳代の顔は真っ赤になっていた。


◇◆◇


 帰宅後、私は着替えることも出来ずそのままベッドに倒れ込んだ。

 つ、疲れた……。

 仕事なら、いえ経営戦略プロジェクトを考えるための作業なら、何時間やろうが休みが無かろうが少しも疲れないのに……。


 人って、人って難しい……。


 化粧を落としていないのが急に気持ち悪くなり、ついでにお風呂も入りたくなったので、私はガバッと起き上がって素っ裸になりバスルームへ向かった。

 そうだ、ずっと取っておいたあの入浴剤も使っちゃおう。出たらそのままもう一度ゲームやろう!ルキウス様がヒントくれるかもしれない!


 ゲームをプレイし直してリベンジしようとしていたことを思い出した途端、私は元気になれた。我ながらちゃっかりしてる。

 熱めのお風呂にたっぷり浸かって、大分気持ちがリフレッシュできた。


◇◆◇


 会議室に戻ってきた佳代は、顔を真っ赤にさせながら私に抗議してきた。

「納得できません!どうして骨子をまとめるのが、ま、及川さんなんですか?」

 私は驚いて言葉を失う。どうして、って……、それは。

「及川さんにお願いしたいと思ったからよ。何か心配なことでも?」

 私の知る佳代は、明るく責任感が強く、常にみんなの世話を焼いて回っているような子だ。さっきの真っ青になった真子を思い出し、そうなることを予測して相談に来たのかもしれない。

「もし及川さんが心配なら……」

「心配とかじゃ、ありません!……私のほうがあの仕事に向いています!そう思いませんか?」


 あの仕事……?

 想定外の佳代の語気の強さに面食らい、一瞬思考が停止してしまったけど、やっと意味が分かった。

「及川さんにお願いした、骨子のこと?」

「そうです!私のほうがいいものを作れます!だから、替えてください、お願いします!!」

 佳代はものすごい剣幕で私に向かってくる。なんか怖い。気が付けば後辞さってテーブルにぶつかった。

「ちょ、ちょっと落ち着こう、ね?」

「チーフはっ……!」

 わ、私が、何か???

「チーフは、私より……、真子のほうが好きなんですかっ?!」

 ……は?

「な、何の話……」

「だってっ!朝だっていつも二人で楽しそうに話してるし……。あっ、もしかしたらその時に真子に頼まれたんですか?一番いい仕事を回してくれって!」

 まるで一人芝居している役者を見るようだ。ころころと表情が変わる。泣きそうだったかと思えばカッと目を見開いてこちらを睨みつけてくる。

「そんなのずるいです!不正です!だから……、だから、もう一度考え直してください、お願いします!」

 佳代は一人で謎の結論にたどり着いたらしく、二つ折りになりそうな勢いで頭を下げると、また走るように会議室から出て行った。


 えーと……、あれは、どうしたらいいわけ?

 で、真子がまだ戻ってこないんだけど……。さすがに長いよね、体調悪くなっちゃってたら怖いから、探しに行こうかな。


 混乱する頭を整理しようと、クマのように会議室の中をうろうろ歩き回っている間。

 扉の影に、戻ってきた真子が、話の一部始終を聞いてしまっていたことに、私は全く気付くことは無かった。

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