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第24話

 壁。

 確かに、そうかもしれない。

 あんな風に言われるまでは、何の(てら)いも無く他愛無い話を『たら』とすることが出来ていた。でも今は、どこか言葉を選びながら、()()を選びながら接しているのが分かる。それを、立花は『壁』と言ったのだろう。


 私は箸を置いて、正面から立花に向かい合った。

「あまり、こういうのは得意じゃないんだけど……、だから上手く伝わるか分からないんだけど」

 唐突に話し出した私に驚きつつ、彼は聞く様子を見せてくれたので、続ける。

「あなたのことを『たら』君として見ればいいのか、『立花さん』として見ればいいのか分からなくなった。この二人は、私の中では別人だから……」


 SNSでのやり取りしかなかった『たら』、仕事上のクライアントである『立花』。それぞれに合わせた自分を取り出して、それぞれに対して接していた。『たら』に対しては『ゆるり』、『立花』に対しては『成瀬千早』で。

 でもある日、その二人が一人になった。たらは、立花だった。そして一人になった『彼』はまた、ゆるりと成瀬千早を一人として見ているようだった。

 私は、()()になれていないのに。


「顔も見たことが無かったたら君の家にいると思うのも変な感じだし、仕事上の付き合いの立花さんだと思っても、そう。違和感しかない。だから……、どうしたらいいのか分からないの」


 何を言っているんだろう、私は。ちゃんと言葉を選んで、伝えたいことを拾い上げて話しているつもりだが、私の脳内では了解可能でも他人が聞いても意味不明なだけだろう。一晩世話になっておいてこんな説明しか出来ないんか、私は。


 どうやって補足説明をしようかと再び思考を巡らせていると、正面から立花の手が伸びてきて、私の手に重なった。

「そういうことだったのか、ごめん……」

 私は驚いて顔を上げる。

「俺が一人で先走り過ぎた。ゆる……、成瀬さんの気持ちをちゃんと聞いてから行動すればよかった」

 続いた言葉に再び私は驚いて目を見開く。あんな説明で、伝わったのか、この人には。


「どっちの俺と相対(あいたい)すればいいか分からないって言ったね。じゃあ、今まで通り『たら』として接してほしい、()()。立花来人は確かに俺の名前だけど、成瀬さんにとっての立花はマックスの立花、だろ?仕事でもないのに名刺突き合せながら話すのは嫌だよ」


 名刺、という喩えに思わず笑う。確かに。彼を仕事上の立花として扱うなら、私はブライトのコンサルタント・成瀬として振舞うことになる。しかし今ここで仕事の話は出来ない。


「でもちょっと困ったな。お互い本名が分かってるけど、そっちで呼び合うと仕事と区別がつかなくなるよね。でも本名知ってるのにハンドルネームで呼び合うのも……」

「別に、ゆるりでいいよ?」

「下の名前で呼んでいい?千早」

 私の話を聞け。

「ゆるり」

「千早。俺は来人。そうしよう」

 こら。


 一人で納得したように頷いて私の手を離し、食事を再開したたら―来人―に、私は吹き出してしまった。笑ったら、降参ということだ。私の負け。

「意外と強引だね」

「今までもそうだったじゃん」

 そうだっけ?

「グジグジ悩む千早に、もう考えるな悩むな今すぐ寝ろって、何度も言ったよ。あの時の千早は素直だったなー、本当にすぐ寝たみたいでレスが途絶えた」

 ……そうだっけ?

「素直な子が好きなんだ」

 まあ、そりゃそうだろうな。私が男でも、意地っ張りや頑固者より、アドバイスを素直に受け入れる子がいいと思うわ。


 何気なくそう言った私に、来人は急に真顔になった。

「違う。素直な子が好きなんじゃない、俺が好きなのは、千早」


 まだ慣れない下の名前呼びに加えて、真面目に好きだと言われて固まった。

 私を、好きとか。そんな人間この世に居たんだ。ついこの前矢崎さんにも言われたけど、二人とも自分が何言ってるか分かってるんだろうか。


「もうちょっと嬉しそうな顔してくれてもよくね?そんな、チョコかと思ったら味噌食べちゃいました、みたいな顔しなくても」

 喩えが上手いな、さっきの名刺もそうだけど。

「ごめん、でもそれ、そんな感じ。私を好きとか、来人変人すぎ」

「お、やっと名前で呼んでくれた」

「仕方ないじゃん、他に呼び方分からないんだもん」

 再び嬉しそうに笑って頷く。さっきの『好き』発言を、当の本人がすっかり忘れたかのように。こっちはまだ若干混乱しているというのに。

「それでいいよ。本当は呼び方なんて何でもいい。千早が負担に感じない呼び方なら。……ほら、いい加減食べて。冷めたトーストは旨くないぞ」


 私は皿に目を落とす。確かにほとんど食べ進められていない。昨夜は夕食も食べ損ねたことを思い出し、唐突に猛烈な空腹を感じた。再び食事にそっと手を合わせ、有難くいただくこととした。


 そうだ、メロンもあるんだ、食べる?と言いながら、来人は私の返事を待たずに立ち上がり冷蔵庫を開けて何かし始めた。そうだ野菜ジュースとオレンジジュースどっちがいいー?とか。


「一人暮らしなのに色んなもの入ってるね」

「うん、俺、家事とか結構好きなんだよね。休日は基本家から出ないし」

「あ、一緒」

「分かってる。メッセの内容で、この人も休日ヒッキーだなって思ってた」

 そう言われるとちょっと恥ずかしい。食材の買い出し位は行くが、必要が無ければ外出しないのが私の休日だ。

「千早も一人暮らし?」

「うん、大学卒業してからずっとだから、もう十年近いわ」

「……年齢(とし)、聞いていい?」

 来たな。

「当ててみて」

「外れたらもう会わないとかは無しだからね」

「あ、その条件付けておけば良かった?」

「ダメだよ!ていうか、もし拒絶されても俺諦めないからね」


 また来人から強い言葉が出てきて驚く。彼はニヤッと笑って包丁を出した。無論、メロンを切るためだが。


「結構本気だから。多分、千早が想像してるより、ずっと」


 照れるより先に呆れてしまい、私はベーコンを口に運ぶ。

 何を話したらいいか分からない、なんて言っていたのは誰だ、と言うくらいさっきから会話が弾んでいたことに、自分では全く気付かないままに。

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