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第21話

 自席で改めてメールをチェックし、新規での重要な連絡が来ていないことを確認すると、まだ残っている佳代達に声を掛けそのまま退社した。


 ああ、睡眠不足は色々堪えるわ……。感覚も鈍くなって空腹も感じない。とにかくベッドに横になりたい。しっかり眠れるか自信はないけれど。

 ヘロヘロになりながらエレベーターを降りたところで、人影が近づいて来たことに気づいた。ぼんやりと視線を向けると、立花だった。




「お疲れ様」

 思わず息を飲む。なんでまだいるの……。警戒心丸出しで固まる私に、立花は困ったように笑った。

「そこまで引かれるとは思わなかった……、もしかして俺、本格的に避けられてる?」

「そういうわけじゃ……」

「ゆるりって嘘が下手だよね」

 立花の口からこぼれた自分のハンドルネームに血の気が引いた。区別したい、って言ってるのに。

「やめて、それ。ここ会社だから」

 それだけ言って、私は立花を振り切るように歩き出した。とっとと帰ろう。相手する必要はないのだから。


「ちょっと待ってよ」

 歩き出した私の手を、立花が後ろから掴んだ。ビクっと立ち止まる私に、今度は笑うことなく真剣な面持ちで謝った。

「ごめん、つい出ちゃっただけ。成瀬さん、もしよかったら少し話しませんか?」

「……朝体調悪いって言ったでしょ、あれ嘘じゃないの。昨日全然寝られなくて……。だからまた今度じゃダメ?」

「……そう言えば顔色良くないね。じゃあ、ウチくる?」

「はぁ?!なんでそうなるの?」

「だって外でメシ食いながら体調悪化したら辛いじゃん。でもウチだったらすぐ横になれるし、薬とかもあるし」

「だから……、今日は帰りたいの。お願い、離して」

 私は立花に掴まれていないほうの手でそっと彼の手を外す。軽くお辞儀をしてそのまま再び歩き出した。あれで諦めてくれるといいんだけど。ていうかなんでいきなり自分の家に連れて行こうとするかな。


 立花に対して呆れる気力すら沸いてこない。もう面倒だ、今日は(も?)タクシーで帰ろう。大通りを通りかかった空車のタクシーを見つけて手をあげる。スーッと停まった車は静かにドアが開いた。安心して乗り込むと、後ろから押された。え?!


「成瀬さん、詰めて……。豊北町三丁目までお願いします」

「え、な、なんで?タクシー他にもあるんだから……」

 私はなけなしの体力で立花を車外へ押し出そうとしたが、もうドアは閉まっていて、運転手はナビを操作し車は動き出してしまった。


 完全に思考が停止した私の隣では、やけに満足げに微笑む立花がいた。もう何度目なのか分からない特大の溜息とともに、残りの気力体力が全部私から抜け出て行ったような気分がした。


◇◆◇


 ぼんやりと車窓を眺める。ここは一体どこだ……。豊北町って言ってたからうちとは方角が違う。見たことが無い景色ばかりなのは当然だ。私はいつ自分のお家に帰れるの……。


「ごめん、強引すぎたかな?」

 突然横から立花の声が聞こえた。『かな?』だと?

「強引と言うより迷惑。私は帰りたいの、自分の家に」

 私にしては珍しく、心に浮かんだ言葉をそのまま彼にぶつける。繕う余力が無いのだから仕方が無い。

 目線も合わせずそう言うと、何故か嬉しそうな声が聞こえてきた。

「やっとゆるりが本音見せてくれた」

 思わず振り向くと、声と同じようにニコニコした顔があった。

「いつもどこか一線引いてる感じがしてた。仕事はもちろんだけど、チャットやメッセとかでも。いつになったら心開いてくれるのかな、ってずっと思ってた」

 心を、開く?

 私は一気に頭に血が上った。


「そんなことしない」

 え?と言いたげな立花の表情を無視して、私は続けた。


「心を開くって何?そんなことしてどうなるの?私の心なんて何の意味も無いし見てもらうだけ無駄。誰も理解なんか出来ないし価値もない。だから誰に見せるつもりもない。今の私の言葉のどこで心を開いたって感じたのか分からないけど、そんなことしたつもりないしこれからもしない」


 一気にそれだけ言うと、いつの間にか握られていた手を振り払って運転席に向かって声を掛けた。

「すみません、次停められる場所があったら止めてください。降りますので」

 そうだ、最初からそうすればよかったのだ。なんでずっと一緒に乗ってたんだろう。しかも車は立花の家を目指していたというのに。


「え?ああ、でももうすぐ目的地ですから」

 ……へ?

「あ、そこのマンションです。近くで止めてください」

 はーい、という運転手の返事が、やけに間抜けに聞こえた。いや、間抜けは私か。


◇◆◇


「どうぞ」

 築年数も浅そうな綺麗なマンションは、中も広かった。

「一人暮らし?」

「そうだよ。家族はいないから」

 思わず振り向くと、真新しいスリッパを出してくれながら、立花は室内へ入って行った。仕方がない、何を話すつもりか知らないが聞くだけ聞いて帰ろう。おじゃましまーす、と小さな声で呟いて、私も立花に続いた。




「簡単に何か作るから、座ってて」

 背広の上着だけ脱いだ立花はそのままキッチンに立ち、冷蔵庫から色々出しているので慌てて辞退する。

「いや、話があるんでしょ?いいよ、聞いたら帰るから、お構いなく」

「俺が腹減ってるんだよ。20分くらい待ってて」

 あ、そう言うことっすか。じゃあお言葉に甘えて。

 黙ってソファへ座る私を確認すると、立花は麦茶を出してくれた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 シャツの袖を捲りながら何か作業を始めた立花の背を見つめながら、ずっと緊張していた精神がふっと緩む。初めて来た場所なのに何故か落ち着く。そうか、テレビとかついてないからかな。あれ、苦手なんだよね。


 そんなことを考えながらぼんやりしているうちに、私の意識はゆっくりと薄れていった。

 

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