表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/135

第2話

 今日から新しいプロジェクトが始まることは、以前から成瀬チーフから聞いていた。しかし私たち三人の関心は、誰が何を任されるか、だった。


『次のプロジェクトでは、全体の管理は私がやるけど、実務は三人に任せるから。何を誰にやってもらうかは矢崎マネージャーと相談中だけど、そのつもりでよろしくね』


 私たち三人―及川真子、鈴木佳代、野村(しん)―の間に、緊張と、微かな静電気が走る。

 それぞれが『自分が一番成瀬チーフに認められたい』と思っているから、当然だった。

 それを分かっていての前振りなのか、しかし成瀬チーフはいつも通り爽やかな微笑みで全員を見渡し、新規案件の資料を配って、目を通しておくよう言い残すと会議室を出て行った。


 チーフが退室してから、やっと私たちは深く呼吸する。

「うわー、私たちで、だって!やったね!」

 一番の野心家の佳代が真っ先に声を上げた。負けじと野村君も大きく頷く。

「だよなー。チーフ、どんな風に割り当て考えてるのかな。めっちゃ緊張するんだけど」

「チーフのことだから、私たちの得意分野に合わせて考えてくれるんだろうけどね。私たちはこの案件に集中していいらしいけど、チーフは既存案件も同時並行だよ。さすがだよねー」

 佳代の言葉に私も野村君も同意する。社内一美人で格好良くて仕事が出来て同世代の中では出世頭で、教えてくれる時も分かりやすくて平等で、でも優しくて。朝は誰より早く出社していることを私は知っている。ブライト・アンド・カンパニーに入社出来たことも嬉しいが、今は一番の目標もあこがれも成瀬チーフだ。


「真子は?どんな業務担当したい?」

 突然佳代に振られて慌てる。ど、どんな業務、って言われても……。

「私は……、自分が出来ることだったら何でも……」

 思わず出た言葉は、アグレッシブな二人からしたらやる気が無いように聞こえるかもしれない。しかし『もっと、もっと!』とは言えないのが私の性格だから仕方がない。

「本当に真子は欲が無いよねぇ……。もし余裕があったら、私の手伝いよろしくね!」

 自信たっぷりな佳代が眩しい。きっと彼女は後数年したら成瀬チーフのようになっているかもしれない。

 そんな佳代が羨ましい反面、100%応援出来ない自分の諦めの悪さが後ろめたかった。


◇◆◇


 昼休みは一人で取ることにしているのを皆が知っているので、時間を見つけて、『成瀬チーフいってらっしゃーい』という佳代の言葉に送られてビルの外へ出た。13時を回った頃だから大抵のレストランは空席がある。休憩時間が固定されていないのは有難い。固定してしまうとくいっぱぐれる社員が続出するからなのだが。


 今日はどうしてもパスタが食べたかったので、少し離れたイタリアンへ赴いた。注文を済ませてからスマホを取り出すと、いつものSNSチャットを開く。私が唯一『自分』で居られる空間だ。


(あ、みやこだけいる。この子学生だしね)

―みやこ、おつー

―ゆるりん、おはー

―おはー、てw もうお昼ですけどw

―今起きたんだもん。ゆるりんは休憩?

―うん。これからランチ

―おお、OLっぽい

―なにそれw ねー聞いて聞いて


 ゆるりんとは私のこと。HNは『ゆるり』。本名の『千早』があまりに勇ましすぎて、自分に合わなくて好きになれないから、せめてバーチャルな世界では自分らしい名前を名乗りたくてつけた名前だった。


 みやこに会えたことで気が緩んだ瞬間、朝方見た悪夢を思い出し、つい愚痴が始まってしまった。


(ルキウス様にフラれるなんて……、フラれるなんて!!!)


 寝る直前に見たエンディングの、ヒロイン(自分)の手を取って口づけるあの場面は何だったの?!王妃を差し置いてヒロイン(自分)と将来を誓ってくれたあの言葉は何だったのー?!

 すっかり幸せな気分に浸りきって眠りについたはずが、最悪のバッドエンド(あんな終わり方ゲームの中にだってないはず!他のキャラで適当に迎えたエンディングだってあんなじゃなかった)にとって代わるなんてあり得ない。


 一通りみやこに経緯を説明すると、さすが乙女ゲーム仲間、言葉を尽くして慰めてくれた。だからSNSは止められない。自分の素を出しても誰も引かないし、感じたままのことを言っても理解してくれる。


 だから会社では、全くの別人格を演じることが出来る。


 そう、会社にいる『成瀬千早』はオモテの顔、私が作った鎧のようなものだから。


―ていうか、ゆるりんルキウスばっかり攻略しすぎ

―仕方ないじゃん、他のキャラ全部終わってるし

―そんなに何度もやってて飽きないのって、愛だよねw

―笑うところ?

―そんけーしてるの

―今日帰ったらもう一度最初からやり直す!

―www 今夜はいい夢見られるといいね


 平日の夜は出来るだけゲームには触らないようにしている。理由は当然、やりすぎるから。気が付いたら朝なんて普通だ。しかしそれでは仕事にならない。


(もし、もしこれがルキウス様だったら……、仕事を(ないがし)ろにするはずはない!)


 大好きなルキウス様は、私にとって心の恋人であるだけでなく、生きる上での指針。誰より勇敢で義に厚く己に厳しく律し続ける彼のようになりたいと思った結果が、会社での私だ。まだまだ全然理想には遠いけど……。


 帰ってからの楽しみ(リベンジ?)が出来たことで、午後の仕事へのモチベーションも上がった。チャット内でみやこにサヨナラして、丁度供されたパスタを食べ始める。午後には三人に業務の割り振りをしなくてはいけない。あの子達のモチベーションが下がらないよう、自尊心が傷つくようなことが無いよう、しっかりケアしなきゃ。


(ルキウス様なら、絶対そうするはずだから!)


 思わずガッツポーズをとってしまい、誰にも見られなかったかと慌てて周囲を見回した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ