表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/135

第133話 -Final-

 あっという間に、数カ月が過ぎた。

 私の残留とその理由が公になり、一時部内は騒然とした。そんなに私と来人って変な組み合わせなのかな。


 佳代は知っていたくせに誰より大騒ぎした。

「教えてくれたっていいじゃないですか! 水臭いですよ!」

 この怒り方、既視感あるわ……。

 そう言いつつも、発覚後から急に悪阻やら食欲不振やらで体調を崩した私を一番気遣ってフォローしてくれたのは佳代だった。


 気が付けば、私のお腹は大分目立つようになってきた。佳代と真子が戌の日にもらってきてくれた腹帯を巻いてからは、どこからどう見ても妊婦で、自分が一番その姿を見慣れず落ち着かなかった。


 三月の第一週目に、坂田さん含め第一陣がニューヨークへ旅立った。

 私の後任は、なんと矢崎さんと佳代だった。

「チーフ代理として、頑張ってきます!」

 空港まで見送りに来たメンバーに、満面の笑みで応える。私の辞退が発表された直後に佐々木常務と矢崎さんに直談判したらしい。

 経験不足と言う点で渋り続けた二人だが、とびぬけて熱心な様子と他に妥当な人材がいなかったことで決定したとか。

 そして佳代の不足分を埋めるために矢崎さんが追加された。普通逆じゃないの。


「俺もしばらく日本から離れたかったからな、丁度いいんだよ」

 日本の業務の引継ぎを行いながら、矢崎さんがポツリとそう呟いた。なんとなく彼の言いたいことが伝わってきて、私にはそれ以上聞くことは出来なかった。


「だけどもうすぐ千早は産休入るんですよ。なのに昇格した上に矢崎さんの後任っておかしくないですか」

 四月以降の人事や配置をを知った来人が最後まで矢崎さんに文句を言い続けた。確かに。

「その頃までに鈴木を一人前にして俺が戻ってくるさ。それまでよろしくな」

 とのこと。半年もないのに。

 なんだったら私、在宅で仕事しますけど。

 そう申告したら両サイドから怒られた。


◇◆◇


 身動きがしづらくなってきた中で、私は久しぶりに例のゲームチャットを開く。半年振り? いやもっとだ。もう私が知っている人はいないかもしれない。

 そう覚悟してログインしたら、相変わらずいつものメンバーがいて驚き、そして嬉しかった。


―うわ、ゆるりんじゃん、超おひさー

―みやちゃん、ちゅんちゃん、久しぶり!

―ほんとだねー。元気だった?

―うん、二人は?

―私たちは週何回かは話してたよね

―うん、ちょこちょこね


 三人での緩い会話が懐かしい。そう、来人に限らず、この二人も何も素性を明かさない私にとても優しかった。ゲーム内のチャットだから個人情報を出さないのは当然なのだが。

 私も二人の詳しい個人情報は知らない。けれど、とても安心するし信頼できる。同じ趣味、同じゲームが好きだという共通点しかないが、それは時にとても大きな力を発揮するのかもしれない。


―今度新しいシリーズ出るらしいよ

―ほんと?! 知らなかった、ありがとう!

―また真ん中はルキウスだよー いいなぁ、メインキャラ。うちはいつも横顔で隅っこw

―アルバンは永遠の脇キャラw

―永遠言うなー


 ゆっくり流れていく会話を眺めていたら、新規ログインを知らせるチャイムが鳴る。そして……。


―おじゃましまーす

ーお! たらだ!


 げ、来人。あんた何しに来た。

 そっと立ち上がってリビングへ行くと、スマホを操作している。私がログインしているのを知って入ってきたな……。


―突然ですが、俺とゆるり、結婚しましたー!


 おいこら! ここでそういうことを!

 慌てるがもう遅い。文字になって上に流れていく。みやこやちゅん達は記号や絵文字を駆使して大騒ぎだ。


―なにそれ!? 知らないよ! 付き合ってたの?!

―ていうかあんた男だったの?!


 そこからか。

 まあ、女性向け恋愛ゲームだからなぁ。

 私はため息をつきながら訂正文を入力する。


―正しくはまだ結婚はしていません


 部屋に来人が入ってくる気配がする。こつん、と頭を小突かれた。

「来月なんだからいいじゃん」

 そう言いながら何かまた入力し始める。


―でもゆるりは妊娠八か月だからね


 それも! やめて!


―やったー! おめでとう!

―生まれたら名前はルキウスだね!


 いや日本人なので……。どんなキラキラネームですか。


―ね、マジな話、ここで知り合って、ってこと?


 みやこが質問してきた。うーん、そういうことになる、のかな。ここで話をしているメンバーでなかったら、プロジェクトで知り合っても素通りしていたかもしれない。


―ちょっと間に別件入るけど、まあそうかな

―めでたいねー。たらとルキウスなら、たらのほうがカッコいい?


 答えにくいこと聞かないで、ちゅんちゃん。


―ルキウスの勝ち


「おい!」

 また来人に小突かれた。でもこればかりはしょうがない。ルキウス様は私にとって特別な存在なのだから。


―たら、そこは受け入れないとゆるりに逃げられるぞ

―そうそう。二次元には勝てないから


 私たちは隣同士で顔を見合わせ、そして笑った。




 もうすぐ、この間にもう一人。

 その子はどんな人間になって、どんな人生を送るのだろうか。

 躓くことも苦しむことも泣くこともあるだろう。

 親にはどうにも出来ない問題も、たくさん抱えるかもしれない。


 たまには逃げても怠けてもいい。後戻りだってしていいと思う。

 気が付けば、自分のウラもオモテも全部受け入れてくれる人が、隣に座ってくれる日がやってくるから。


―Fin―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ