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第130話

「別れたんだってな、成瀬君と」

 珍しくランチに誘われて、佐々木常務、というかおじさんと二人で向かい合っている。

 昼からビールかよ、いいな役員は。

「友子さん、残念がってたぞ」

「お袋より俺のほうがずっと残念だし」

 まあそうか、と言うと、俺のグラスにまでビールを注ごうとするので断った。

「平社員は真昼間から飲めません」

「俺のせいにしとけよ」

「なんでお前が常務と飯食ってるんだって突っ込まれるんだよ。とにかく俺は飲まない」

「頭固いところはそっくりだな」

 笑いながらビール瓶を引っ込めるおじさんを、俺は睨みつける。誰に、なんて聞くまでもない。


「帰ってくるのを待つ気はないのか」

「……俺がもたない」

 会いたくなって、追いかけて行って、連れ戻そうとするかもしれない。そんなみっともない真似したくない。何より千早の人生の邪魔をしたくない。

「俺達がどうするか、なんておじさんに関係ないだろ。もういいよ、この話は」

「勿体ないよなぁ。お前と立花の仲違い解消したのは成瀬君がいたからなのに」

 まだブツブツ言っている。もしかしたらお袋かばあちゃんがおじさんに泣きついたのかもしれない。一々相手にしなくていいのに。


「あ、そうだ、ゴンタの写真持ってきたぞ」

 おじさんが唐突に封筒を差し出す。俺は飛びついて中を見ると、確かにあの時の仔犬が成長した姿が写っていた。

「本当だ……。よかった」

 捨てられたと思っていた。まだ小さいから、自転車にぶつかっただけでも死んでしまうから、きっと生きていないと思っていた。だから親父がゴンタを殺したも同然だと考えて、その分親父を憎んできた。

「生きてるときに会わせてやれれば良かったな」

 写真に見入る俺に、おじさんが呟くが、俺は首を振った。

「いや、十分だよ。おじさん家ならきっと可愛がってくれたんだろうし」

 ゴンタさえ幸せなら、それでいい。そう、俺がそばに居なくても。

 それは、千早も。


 毎日くるくると忙しそうに走り回る彼女を、俺は誰にも気づかれないように、でもずっと目で追っていた。

 少し髪が伸びた。忙しいのか一日に飲むコーヒーも少なくなった。少し……痩せたかもしれない。

 夜はちゃんと眠れているのだろうか。あれから実家とはうまくやれているのか。少しは俺のことを……考えることはあるのだろうか、と。


 そしていつになったら、俺は千早を目で追わずに、心で思わずにいられるようになるのだろうか。


◇◆◇


「この件はやっぱり佐々木常務に相談しないとわからないな」

「ですね……。この後アポ入れます」

「頼んだ。それから更新したスケジュールの共有も頼んでいいか。俺は確認の電話しとくわ」

「分かりました」


 坂田さんと簡単なすり合わせを済ませると、またお互いの席へ戻る。来年度以降のメインプロジェクトだと言いつつ、蓋を開けるとまだ細かい部分が全く詰まっていなかった。

『それも含めてやってくれ。だからお前たちを選んだんだから』

 ぬけぬけとそう言った佐々木常務を思い出す。私も坂田さんも開いた口がふさがらなかったが仕方がない。それからは毎日のように現地担当者とチャットや電話でやり取りしている。お蔭で忘れかけていた英語力もどんどん戻ってきた。


 デスクへ戻ったところで、座る間もなくまた呼ばれる。現行プロジェクトのメンバーだ。私は頷いて打ち合わせブースへ入る。

 気が付けばまた昼食を食べ忘れていたが、ここ最近空腹を感じない。週末にまとめ食いって……ダメか。


 私に気を使ってくれて、打ち合わせは三十分ほどで終わった。流石に何かコーヒーじゃない飲み物を口にしたくなった。

 席へ戻るとまた声を掛けられるかもしれない。スマホで電子決済出来る店を思い浮かべ、書類を持ったまま廊下へ出た。


 しばし待つ。エレベーターが下りてきて扉が開いた。

 ほっとしたのも束の間、中には来人が乗っていた。


◇◆◇


 驚いた顔でフリーズする千早に、俺も驚いたがすぐに声を掛けた。

「乗らないんですか、成瀬チーフ」

 『開』ボタンを押しながらそう言うと、慌てて乗ってきた。慌て過ぎたのか、け躓いたようによろける。俺は咄嗟に転ばないよう腕を伸ばして支えた。『開』ボタンから手を離すと、扉がスーッと閉まった。


「危ないよ……」

「ごめん」

 慌てて俺から距離を取る。思わず引き留めようとした自分を、俺は戒めた。


「外出?」

「ううん、ちょっと飲み物買いに……」

「コーヒーばっかじゃ体に悪いぞ」

「違うもん、コーヒーじゃないものを……」

 俺に振り向いて言い訳しようとし掛けたところで、千早の動きが止まる。

 そしてスローモーションのように、その場に崩れ落ちた。


 俺は千早の名を呼びながら、体ごと受け止めた。

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