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第128話

「実際のところ、どうなんですか」

 酔いが回ってきたのか、俺の口から気になっていたことがスルっと出た。

 何が? という表情の二人に、質問を追加する。

「海外支社の件す。やっぱり成功しないといけないんですよね」

 佐々木のおじさんが重々しく頷く。

「もちろんだ。今後五か年の計画の柱の一つでもあるし、失敗出来ないメインプロジェクトだ」

 俺は納得して頷く。そりゃそうだ、文化祭の出店じゃあるまいし、出すことに意義は無い。結果が全てだ。


「……その中で、千早ってどんなポジションなんすか」

「そうだな、坂田の次くらいかな。実質現地でのうちのトップは坂田だ」

 俺は驚いた。部内で矢崎さんの次くらいに皆から頼りにされている先輩社員。男性だけど当たりがソフトだから女性社員も色々相談事を持ち掛けたりしてるらしい。

「ただ、年次的に坂田が上の扱いだが、実力や会社の評価としてはほぼ拮抗してるといっていい」

 嫌な予感が当たった。千早は自覚は無いが外からの評価はとても高い。

「二年間、って……」

「形式上、な。上手く回るようなら延長の交渉をする。二十人全員と言うわけにはいかないだろうが」


 段々体の力が抜けていく。千早の話を聞いたときに無期限を想定したのは間違いじゃなかった。悉く当たっていく悪い予想に腹が立ってきた。

「成瀬は今の時点でほぼ残留は決定だろうな。余程の事情でもない限りは」

 ダメ押しのような矢崎さんの声が遠く聞こえる。


 ニューヨークの新しい事務所で精鋭メンバーに囲まれて張り切って仕事する千早の姿が脳裏に浮かぶ。プライベートでは仔犬のように臆病だが、仕事の場では自信に満ちた頼もしさすら感じる千早は、新しい環境でもモチベーション高く役目を果たすに違いない。

 忙しく働く中、徐々に俺との記憶は薄れていくだろう。忘れることはないとしても、比重はどうしても軽くなる。いつか、俺がいなくても生きていけるくらいに。

 そもそも実家との不和が千早のネックだった。それが解消された今、俺は本当に必要としてもらえるのか。

 恐らく俺は待ち続ける。いつか千早が俺の許へ帰ってきてくれることを信じて。待たなければいけないと思っているわけではない。待ってしまうのだろう、彼女を愛しているから。


 だけど。


「俺、帰ります」


 いつの間にか客が減った店内で、思いの外俺の声は響いたようだ。店員がレジへ向かう姿が見える。俺は財布から札を抜き出そうとして佐々木のおじさんに止められた。

「奢るっていったろ。いいよ、ここは」

 すいません、と小さく呟いて上司二人に頭を下げると、そのまま店から外へ出た。


 ポケットからスマホを出す。やはり千早からの連絡はない。

 何を考えて連絡を絶っているのか。しかしもう、それも考えても仕方がない。

 人影が少ない場所まで移動すると、千早に電話を掛けた。


 数回の呼び出し音の後、応答があった。

『来人?』

 大好きな千早が俺の名を呼ぶ声。ずっとこの声を聞き続けていきたかった。彼女の一番そばで。

 でもそれは、きっと俺のエゴだ。

「ごめん、遅い時間に」

『全然大丈夫。……外?』

 目の前を救急車が通り過ぎる。電話越しに聞こえたのだろう。

「ちょっとな……。なあ、俺達さ」

 目を瞑り、大きく息を吸う。一息で言ってしまわないと。


「終わりにしよう」


 千早の返事を聞く前に、俺は電話を切り、スマホの電源も切った。


◇◆◇


 通話が切れたスマホを手に、私は動くことが出来なかった。

 数日ぶりの来人との会話。電話が鳴っているのに気づいたときは驚きより嬉しさで心臓が飛び上がった。なのに。


『終わりにしよう』


 確かにそう言った。

 終わり? 何を?

 俺達、って言った。そう、確かに。

 私たちの付き合いを?


 予想していなかったわけではない。海外赴任について話した時、私の気持ちは行くほうで固まっていた。まだ来人に何も相談していない時点だったにも関わらず。

 敏い彼はそれも察していたのだろう。その上で出した答えなのだ、きっと。


 ただ、本当にそうなるなんて思わなかった。

 結婚を二年先延ばしにするだけだと。戻ってくるまで待っていてくれるだろうと、無条件で期待していた。

 あれだけ楽しそうに計画している結婚を延期しなければいけないことが申し訳なかった、はずなのに。


 ただそれだけで、どうして私はあれほど号泣したのだろう。

 違う、それだけじゃない。

 こうなることも、分かってた。

 だからこそ、体中から絞り出すように泣き続けてしまったのだ。


 今も。

 終わった、という事実が、まだ私の中に入ってこない。ふわふわと回りを漂っている。私が受け入れなければ、今すぐ来人に謝って、海外赴任も断ると言えば、全ては元通りになるのだろうか。


 なる、かもしれない。

 でもそう考えると、また動きが止まる。

 ()()()を本当に諦めることが出来るのだろうか、私は。


 操作しかけたスマホから手を離す。

 もう何も考えたくなかった。

 仕事のことも、夢のことも。

 来人のことも。

 

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