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第125話

 中学生だった。テレビで、発展途上国に小学校を建てようとしている日本人のドキュメンタリーを見た。

 まだ幼いのに家の手伝いをしなければならず、学校へ行くことが『夢』だという子供たちと、彼らの体格や人数に合わせてどんな学校を建てるのがいいか考えている日本人。

 学校へ行って勉強することが当たり前で、むしろそれしかすることが無かった私は知らなかった世界で、学校って普通の人が作れるんだ、という驚きもあって目が離せなかった。


「今の会社を選んだのもそれが理由なの。ファームじゃなくても良かったんだろうけど、色んな人達と協力し合って何かを作る経験をしたかった」

 相変わらず自分のことになると説明が下手になる私の話を、来人は黙って聞いていてくれた。

「本当に学校を作る段になったら仕事しながらなんて無理だから一旦退職して、ってことになるんだろうけど、そういうノウハウ身に着けられるまでは続けたいと思ってて」


 海外支援、なんて立派なものじゃない。虚ろだった自分にとって、将来やりたいことを見つけられた喜びとして縋ってきた夢だった。でも十年以上抱き続ければ、もうそれ無しの自分は考えられない。


「矢崎さんにはここまで話してないけどね。でも結婚決まってるのにはしゃいだ様子が無いのはなんでだ、って突っ込まれて」

「誰でもはしゃぐわけじゃないと思うけどな。矢崎さんなら、千早ならそうならないってわかってもよさそうなもんなのに」

 私は思わず笑う。付き合いは短いのにやけにお互いを理解している二人が面白い。

「出世したいのか、って聞かれて、そうじゃないです、とは言ったんだけどね。会社を辞めるつもりはないことも。でもだったら躊躇してるのはなんでだって」


「俺は応援するよ。いつ頃どこの国でどんな学校を作ることになるのか分からないけど、協力する。邪魔なんてしない、絶対に」

 来人の言葉に、私はしっかり頷き返した。

 そう、彼がこう言ってくれることは分かってた。なのに、どうして私は言えなかったんだろう。

 きっと覚悟が足らなかったんだ。結婚にも、夢に対しても。

 言葉にすることで自分一人の空想ではなくなる。実現へ向けて具体的な一歩を踏み出さなければいけなくなる。さっきお姉ちゃんに電話で『日取りをとっとと決めろ』と言われたように。

 

 でも。

 応援してもらえるなら。


「うん。……怖がってる場合じゃないね」

「やっぱりそれか。千早は石橋叩きすぎてぶっ壊して渡れなくなるタイプだな」

「うっ……、なにそれぴったりすぎる」

 納得した私に、来人は呆れたような顔をした。

「他のことは好きにすればいいけどさ、慎重すぎて俺との結婚ぶっ壊すのは勘弁だぞ」

 すみません、気を付けます……。


◇◆◇


 翌日、再び矢崎さんに呼び出された。


「昨日の今日で、こんな話をするのもどうかと思うんだが……」

 やけに言い淀みながら、A4一枚の書類をさしだしてきた。何だろ。


「お前、海外赴任する気はあるか?」


 私は息を飲んだ。本当に、昨日の今日で、だ。

 返事が出来ないまま、私は書類に目を通し始めた。




「タイミングが悪いよな。でもお前たちの邪魔をしようとしているわけじゃなくて……」

 思ってもいなかった矢崎さんの言葉に、私は慌てて頷いた。

「もちろんです。ほんと、すごいタイミングですよね」


 私はもう一度書類に目を落とす。

 うちの会社が海外支社設立に動いているのはちらっと聞いていた。ただチーフクラスでは具体的に関わることはないので、『へー』くらいにしか思っていなかった。

 まさか、自分が設立メンバーとして選抜されるとは。


「まだ若いこと、十分な経験を積んでいること、英語力、あと……独身であることを条件に選定したらしい。その条件を満たすだけでも相当な人数いるからな。そのうちの二十人に入るんだから、お前は役員連から見ても有望株なんだろうな」


 ものすごい褒めてくれているんだと思う。だけど矢崎さんはとても言いづらそうだし、言われている私も手放しで喜べていない。


「期間は最低二年、二年後の状況を見て日本に帰ってくるかそのまま継続するかを会社と相談して決める。住まいは会社が用意する。年俸と役職は今より上がる。お前は今回の件が無くても昇進予定だったから、海外赴任すればマネージャーだな」

 私は驚いた。いきなりそこまでアップするのか。

「業務自体は今よりハードになるだろう。だが旧知のメンバーと一緒に行くわけだからやりづらさはあまりないはずだ。経験も日本にいる倍のスピードで積むことが出来る。やる気さえあるならこれ以上の話はないと、俺は思う」


 書類は仮の条件提示書にもなっている。

 具体的な赴任期間と年俸も書かれていた。ドル表示だが日本円に換算すると今の三割増しだ。

 だけど。


「今ここで返事しなくていい。他の選抜メンバーにはまだ通達していない。お前は立花との件があるから先に話した。佐々木さんも了承済みだ」

 私は頷く。考慮していただいて有難い。

「立花と話し合え。出来れば今月中に意向を聞きたい」

 もう一度頷く。


 来人は、何と言うだろうか。

 今度こそ全く予想がつかなかった。




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