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第124話

 矢崎さんと二人、会議室から出ようとしたら、外から扉が開いた。

「結婚の報告だけにしちゃ、長かったですね」

 って、十分かそこらじゃない。

()()話すことがあるんだよ、()()()は」

 矢崎さんが何を指してそう言ったのか私にはよく分からないが、案の定来人はムッとしたように顔を顰めた。

 しかし矢崎さんは相手にしない。私を振り返って

「じゃ、さっきの件な」

 とだけ言うと部屋から出て行った。


「……さっきの件って、何」

 だからー……。わざと来人が気にするような言い方しないで欲しい。

 普段は結構余裕かましてるような子なのに、矢崎さんが絡むと導火線が短い。矢崎さんもそれ分かっててやってるんだろうけど。

「もう昼休み終わるから、今度ゆっくり、ね」

 それだけ言って、来人より先に会議室を出た。


◇◆◇


 珍しく常務の佐々木さんに呼ばれて役員室へ向かう。この人がこの時間に社内にいることが珍しい。

 指定された部屋の分厚いドアをノックする。中から了承の返事が聞こえた。


「失礼します」

「おう、矢崎、さすが早いな」

 ファイルを捲りながらパソコンを操作していた佐々木さんが顔を上げた。俺は辞儀をして中に入り、ソファに腰掛けた。

「聞いたか、あの話」

 なんなんだ、藪から棒に。見当はつくが一応確認する。


「どの話ですか?」

「すっとぼけるなよ、来人君達の件だ。本人からの報告はまだか?」

 やっぱりそれか……。俺をいじる気満々な佐々木さんの顔を睨みつけながら、俺は頷く。

「ついさっき報告受けましたよ。まあまだ具体的な日取りは決まってないらしいですが」

「もしかして自分にもチャンスあるとか?」

「そこまで往生際悪くないです。ちゃんと上司として祝福しましたよ」

 きっと言葉ほど大人になり切れていない顔をしているのだろう。佐々木さんのニヤニヤ笑いに腹が立つ。てかこんなどうでもいい話のために呼び出されたのか?


「ま、お前は独身だから仲人を頼まれることはないだろうが、上司として挨拶くらいは言わされるだろうな。頑張れ」

「……忙しいので失礼します」

 秘書がコーヒーを持ってきたタイミングで席を立とうすると、慌てたように引き留められた。

「待て待て、ただのアイスブレイクだ。本題はこっち」

 そう言いながら、件のファイルを俺に差し出す。受け取って開いてみると、英文レターだった。


「来年度からニューヨークに支社を出す話は知ってるな」

 俺は頷いた。海外ファームとの共同出資らしいがメインの業務はうちで回す。したがってスタッフも日本から派遣することになっている。

「上で全社員の経歴や実績を洗って決めたメンバーがそれだ」

 佐々木さんが再び目でファイルを指す。ページを捲ると、英文字で二十名ほどの社員の名前が並んでいた。Aからたどりながら、俺は途中で目が留まる。


「お前はどう思う」


◇◆◇


『ドレス選ぶ時は私も行くから』

 夕食後、またお姉ちゃんから電話がかかってきて、開口一番こうだった。

「まだそう言うの考えてないし」

『なんでよ。式挙げないの?』

「それもまだ相談してないから……」

『もたもたしてたら逃げられちゃうわよ。そしたらあんたなんか一生独身よ』

 何が言いたくて電話してきたんだろう、この人。結局私をディスる癖は治ってない。

「別にいいよ、結婚したくて来人と付き合ったんじゃないし」

『両方の親に挨拶しておいてやっぱりしません、なんてあり得ないから。披露宴は? お色直しとかもやるの?』

「お姉ちゃん、自分がドレス見たいだけでしょ」

『本当はお母さんが行くんだろうけど、まだ外出は難しそうだから私が行ってあげるのよ。少しは感謝しなさいよ』

 全然私の話聞いてないな。

『大体いざとなるとすぐに及び腰になるんだから、誰かが尻叩かないと動かないでしょ、あんたは』

 私はぐっと言葉に詰まる。さすが、犬猿の仲だったとはいえ姉だ。私の性格を理解している。

『せめて挙式と入籍の日取りくらいは決めて報告しなさい。じゃね』

 私が返事出来ずにいる間にとっとと言いたいことだけ言って、お姉ちゃんの電話は切れた。


 ふう……。

 私は肩をぐるぐる回しながら部屋から出る。来人がパソコンから顔を上げた。

「お姉さん、なんだって?」

 うーん、今の話、するのかぁ……。

「ドレス見に行くときは連れてけって」

 来人は吹き出す。あははと笑ってパソコンを閉じる。

「お姉さんらしいな。たくさん注文つけそうだね」

 私も頷く。私の好みなんか全部無視して店員さんと相談しそうだ。私は楽だからいいんだけど、何も意見を言わないとそれはそれでお姉ちゃんは怒る。主体性が無いと。それも一体誰のせいだと言いたいがもう蒸し返すのは止めよう。


「それだけ?」

 静かに問い返す来人に一瞬戸惑うが、もう一つのほうも話す。

「式と入籍の日取りを早く決めて連絡しろ、って」

 来人は、ああ、と言って頷く。

「昼間の矢崎さんの話も、もしかしてそれ?」

 私をじっと見つめる彼を、私も目を逸らさず見つめ返す。そう、同じようで同じではないが、私が計画を立てられず逃げている理由は、それだ。


「仕事」

 単語だけしか言っていないが、来人はゆっくり頷いてくれる。

「結婚することで、今まで目指してきたことに影響出るのかな、って。多分私はそれが気になって先に進めないんだ、ってこと、矢崎さんと話して気が付いたの」

 

 

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