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第123話

「さ、これでもうどんどん進めていけるよね」

 立花家の方々と別れて来人と二人の帰り道、唐突に来人が私に確認してきた。

「……うん」

「歯切れ悪い。まだ何かあるの?」

「進めるって言っても……何したらいいか分からないし」

「それを一緒に考えたいんだよ。明日から週末だから時間はたっぷりある」

 そうだけど……。

「まだ気になることがあるなら言って欲しい。千早は……言葉にするのが苦手なの分かってるけど、結婚したらそうとばかりも言っていられないよ」

 だよね……。


 来人と手を繋いで夜道を歩く。こうして二人で歩いていることも、向かう先がどちらかの家であることも自然だと思えるところまでは来た。

 来人が好きだ。彼に言われるまでもなく、私もずっと来人と一緒にいたいと思う。だからこそ彼と実家の関係改善も望んで、それも叶った。

 後は事務手続きと式典関連くらいなんだろう。それこそ話し合って計画を立てていくだけだ。

 分かっているのに。何故かそちらへ進んでいくのが怖い。足が進まない。

 何かを置き忘れたままにしているようで。

 ただ、何を忘れているのかがぼんやりしている。もしかしたら私の思い過ごしかもしれない。


「……言ったそばから自分の世界入ってるな」

 私はハッとして声の主を見る。

 来人と私はさほど身長差がない。外にいる時はヒールの高さもあり、目線の高さはほとんど一緒だ。けれど今は、来人が急に大きく見えた。

 頼っていいのだ、この人に。甘えていいのだ、この人に。

 突然、ストンと心よりももっと深いところに、その二つが落ちてきた。

 今まで誰に対しても感じたことが無かった感情と一緒に。


 私はそっと周囲を見渡す。ブラブラ歩いているうちにもうすぐ日付が変わるくらいの時間になっていた。大通りから一筋入れば誰もいない。

 来人の腕を引っ張って顔を近づけ、口の横にキスをした。

 顔を離すと、来人の少しだけ驚いたような顔と目が合う。すぐに嬉しそうに笑って抱きしめ返された。


「言葉にしないのも、いいか」

 耳元でそう言って笑った。そして家までの少しの距離が急にもどかしく感じ、二人揃って急ぎ足になった。


◇◆◇


「出来ればお前の口から最初に聞きたかったな」

 

 先週常務に言われた通り、週明けの昼休みに矢崎さんに結婚の報告をした。本来は来人と二人でしたほうがいいのかもしれないが、何故か来人は会議室から追い出された。ガラス張りのドアの向こうで貼り付いてる。


 私は座ったまま深々と頭を下げた。

「大変申し訳ありませんでした、ちょっと気がかりなこともあったものですから……」

「まあ、何となく察しはついてるけどな。……無事解決したのか?」

「はい、お蔭様で」

「いつだ?」

 式とか、入籍とか、そういうののことだよね。

「まだ、具体的には何も……」

「なんだ、立花のことだから、新居だの新婚旅行だのどんどん進めていくかと思ったんだけどな」

 はい、それはその通りで。

「私がもたもたしてるだけです。急ぐ理由も無いし……」

「時間かける必要もないだろ」

 矢崎さんは苦笑気味だ。あ、でも、そうだった。

「例の、社長との件なんですけど……」

「分かってる。俺が振られたことにしとくから心配するな」

 いや、それは申し訳ないような。

「実際、そうだろ。半ば強引に妙な役回り頼んだのは俺だ。迷惑かけたな」

 私は首を振って否定した。自分で自分の気持ちを決めずにフラフラしていた時期だ。私の優柔不断の責任もある。


「で、それだけか?」

 え?

「結婚が決まった女性はもっと幸せオーラ出しまくってるもんかと思うが、お前はちっともはしゃいでないな。成瀬らしいと言えばらしいが」

「幸せじゃないわけでは……」

「立花に相談出来ないことか?」

 言われて私は先日の、会食の帰り道を思い出す。何かを置き忘れたような、百パーセントの確信をもって先へ進めない心許なさを。

「具体的な何かというわけではないので……」

 思わずそう呟くと、矢崎さんは納得したように頷いた。

「でも何かあるんだな」

 気が付けば、私は頷いていた。

 どうしてだろう、一生を共にしようと決めた来人には言えず、矢崎さんになら言えるって。私おかしい。


「仕事か?」

 矢崎さんの問いに、私は目を見開いた。

「……なんだ、当たりか」

 え?

「そうだ、って顔してるぞ。でも結婚しても仕事は続けるんだろ?」

 それは、

「もちろんです」

「じゃ、引継ぎがどうのってことじゃなさそうだな。……先のキャリアか?」

 私は返事が出来ない。

「それこそ立花としっかり話し合わなきゃいけないことじゃないのか」

 とうとう項垂れる。その通りだ。

「お前の人生設計台無しにしてまで無理強いはしないはずだぞ、あいつは」

「……来人のこと、よく分かってますね」

「不本意だがな」

 本音っぽい矢崎さんの一言に、私は思わず笑った。


「意外だな、出世したいのか、お前」

「いえ、そう言うわけではなくて……」

「その気があればいくらでも推薦するぞ。どうも上昇志向が弱そうだからチーフどまりにしていたけどな。うちも若手が増えてきた分、中堅の管理職をもっと増やしたいんだよ」

 だからそっちじゃないので、多分。

「旦那が部下っていうのもあれだけどな。まあ年齢もキャリアもお前のほうが上だし、おかしくはないな」

 なるほど、そう言う気遣いも必要になるのか。全く思いつかなかった。


「ありがとうございます。ちゃんと彼と話してみます……。とりあえず、今日は結婚予定の報告だけですので」

「分かった。ま、引っ越しだの氏名変更だのは手続きフロー決まってるから確認しとけ。仕事上は旧姓を使のかとか、変えるならメアドや名刺どうするかとか、色々煩雑だけどな」

「……全然考えてませんでした」

 次々出てくる諸手続きに、呆然とする。

「ほんと、お前らしいな」

 矢崎さんはまたそう言うと、笑って右手を差し出した。


「おめでとう。幸せになれよ」


 私は一拍間をおいて、その手を握り返した。

 ありがとうございます。

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