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第119話

 お父さんを呼んでくるため佐々木常務が一旦部屋を出る。私は来人の隣の席へ移動し、彼の手を握った。

「私も何があっても来人の味方だから」

 私が実家と向き合おうと決めた時に彼が言ってくれたのと同じことを返す。ちょっと驚いた顔をして、意味を分かってくれたらしい来人がちょっと笑った。




「じゃ、まずお前から話せ、立花」

 テーブルにつくなり常務が切り出す。お父さんは前置きも何もない振りに怯んだようだが、わざと来人を見ないようにしながら話し始めた。


「俺の父、お前の祖父が若い時に亡くなってるのは知ってるな」

 来人は微かに頷いた。

「俺が中学に上がった頃だ。当然おばあさんは慌てた。一家の大黒柱がいなくなって子供はまだ小さい。まだまだ女性が外で働くなんて一般的じゃなかった時代だ。俺は、中学で進学をあきらめた」

 来人は驚いたように目を見張り、呆然と呟いた。

「大学……」

「それは弟たちが巣立った後に夜学に通った。まだお前たちが生まれる前だ」

 一つ呼吸を置いて、また話し続ける。

「男は家族を養ってなんぼだ。俺はお前たち二人を、いつか作る家族を立派に支えられる人間にする義務がある。しかし世の中はリスクだらけだ。個人の努力なんかあっという間に飲み込まれることも起こりうる。だからこそ、一番安定した人生にたどり着くまで道を作るのが親の役目だ。そしてその通りにすることが子の幸せだ」


 そこまで言い切ると、お父さんは後はだんまりしてしまった。

 来人は目をぱちくりさせている。向かい側で常務が『あー……』と唸っていた。

「相変わらずお前の話は分かりづらいな。そんなんで伝わると思ってんのか。来人君、お父さんの気持ち、わかったか?」

「全然」

 私も内心頷く。早くに父親を亡くし、どうやら中卒で社会に出たらしいことは分かったが、それ以外は甚だ抽象的だ。


「だよな……。立花、俺が通訳するぞ、いいな。口挟むなよ、余計分かりづらくなるから」

 お父さんはちょっと嫌そうな顔をしたが、それでも頷いてまた黙り込んだ。


「要するに、こいつなりに息子を愛してるってことだ」


 意気揚々とそれだけ言うと、常務はお店の人にビールとグラスの追加を頼んだ。

 ……え?

 私は驚き、来人は呆れたようにため息をついた。

「おじさん、全然わかんねえよ。通訳になってないじゃん」

「意訳だ」

「だから……」

「こいつは頭が固くて臆病な上に心配性だから冒険が一切出来ない。君たちが伝い歩きし始めた途端、家中の電源コードを引っこ抜いたくらいだ。足ひっかけて転んで頭打って後遺症になるような怪我でもしたら大変だってな」

 思わずお父さんを見ると、微かに顔を赤くしてそっぽを向いている。でも否定する素振りも無いところから事実のようだ。

「その延長線が君や健人君への接し方だ。無傷なまま大人にしようとしたんだ。それが親の務めだと思ってな。どうやら今も考えが変わってないようなのはさっきの話で分かったが」

 ビールとグラスが運ばれて来たので、私は立ち上がって注いで回る。動いてないと落ち着かない。

 私の動きを目で追いつつ、来人が口を開く。

「じゃあ俺の希望は全部その電源コードかよ」

「まあ、そういうことだ。親の愛だ。許してやってくれ」


 さらっと流すように許しを請うた常務の言葉に、来人がブチ切れた。

「ふっざけんじゃねーよ!」

 椅子を蹴倒す勢いで立ちあがる。膝がテーブルにぶつかり、来人の盃がひっくり返った。私は慌てて手元にあったおしぼりで拭く。

「要は全部てめーの都合のいいように俺を管理してただけじゃねーか! 兄貴がどう思ってるかなんて知らねえよ。でも俺は! ずっと我慢してた! サッカークラブ入るの反対されて友達に絶交された時も、進路を全部勝手に決められたことも、ゴンタを捨てられた時も! ずっと我慢して、いつかあんたをぶん殴ってやるってそればっか考えてた! 今もだ!」

 料亭中に響き渡るくらいの大声で、来人が一気にまくし立てる。目が真っ赤になっているが、泣いているわけではなく興奮しすぎて目が充血しているらしい。


「殴りたければ殴れ。ただ殴れる親がいる自分が幸せだということも自覚しろ」


 腕を組んで座ったままの姿勢で来人を見上げながらお父さんが言い放つ。来人の怒りは頂点に達したらしい。手元にあったグラスを思いっきりお父さん目掛けて投げつけた。モーションから来人の動きを察していたらしく、お父さんは肩を逸らして避けた。グラスが壁に当たって砕ける甲高い音が室内に響いた。

 しかし来人の興奮が収まる様子はない。相変わらず二人はにらみ合ったまま、どちらも口を開こうとしなかった。


 騒ぎを聞きつけてやってきた店員さんに常務が謝る。割れたグラスを片付け終わるとまた場はしんと静まり返った。


 自分は正しかったと思って譲らない父。父の考え方を受け入れられない息子。

 これではどうしようもない。

 私はそっと来人の肩に手をかけ、言った。


「やっぱりやめよう、結婚」



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