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第116話

 襖が開くと、千早が驚いた顔で立っていた。その横に矢崎さん。

 そうか、千早は彼に、俺は佐々木のおじさんに連れ出されたのだ。

 万が一事前にバレて俺が逃げ出さないように、別々に。


「千早ちゃん、お疲れ様。ほら、お隣の方もお座りになって」

 ばあちゃんが柔らかく声をかける。千早は弾けるようにばあちゃんを見、そして俺に目線を戻した。

「いえ、俺はここで。じゃ、成瀬、そういうことで」

 千早を連れてくるところまでが矢崎さんのミッションだったんだろう。場の空気、というか俺のピリつきを感じ取ったのか、そそくさと帰って行った。


 俺も同時に立ち上がり、千早の手を掴む。

「俺も帰る。何だこれ。おじさんも何協力してんだよ」

 千早は驚いて俺と佐々木のおじさんを見比べるが、今ここに居る彼は俺たちの上司じゃない。理由は分からないがばあちゃんとお袋に協力して俺をだました親父の友達だ。

 思ったままの言葉を投げつけ返事を待つことなく、他のメンバーの顔は見ずに千早だけ連れ出そうとしたところで、一番聞きたくない声が廊下から入ってきた。


「こんなところで何を騒いでいるんだ、みっともない」


 相変わらず岩のようにゴツくて無表情な面を晒しながら、親父が入ってきた。


◇◆◇


 私は来人とおばあちゃと来人のお母さんと佐々木常務を順番に見て確かめる。

 何度見てもそのメンバー。

 仕事の、なんて嘘だった。そして来人も、本当の理由は知らされずに、恐らく常務に連れてこられたんだろう。

 私が状況を理解するまでの間に、来人はもっと早く把握した上に常務にキレていた。

 そして。


「帰らないなら入れ。邪魔だ」


 その人は来人を見もせずにそう言った。来人の私を掴む手に、更に力が込められた。


「また浩司さんは、そんなこと。ほら来人、千早ちゃんも、入って」

 再びおばあちゃんののんびりした声が聞こえる。私は入ることも帰ることも出来ずどうしたらいいか分からない。来人を見るとぎゅっと目を瞑り、微かに震えているようだった。そんな姿を見たのは初めてだったから驚いた。ちょっと本気でまずいかもしれない。


「あの、私達失礼します。来人が……」

 そう断ってその場から離れようとした時、再びあの人が、来人のお父さんが口を開いた。

「お前が用があると言うから来てやったのに、逃げ帰るのか」


 二度目の言葉も、あまりの冷たさに愕然とする。来人は過干渉と言っていたが、それだけではないようだった。

 ぎょっとする私の隣で来人が気色ばむ。大股でお父さんに近づいていったところで佐々木常務が間に入った。


「全くお前たちは……。黙って様子を見ていれば全く変わってないな。立花、お前は一番端に座れ。来人君と成瀬君は反対側な。ほら、襖も閉めて」


 助かった。常務が指示してくれたお陰で場の空気が少し変わる。来人のお父さんも言われた席に座り、来人も出て行く素振りが無くなったので私はそっと体を押す。私の手を掴んだまま、座椅子に座った。


「よし、ようやく面子が揃ったな。……成瀬君、ごめんな、驚いただろ」

 はい。もう色んな意味で。

「友子さん、来人君のお母さんから相談されてな。来人君が結婚するつもりだが、実家には何も言わないまま事を進めようとしているから、顔合わせの場だけ設定出来ないかってな。……まさかお相手が成瀬君とはなぁ」

 最後の一言で私は顔が赤くなり、次にハッとして青くなる。

「あの、さっき矢崎さん……」

「お前、あいつには直接言ってやれよ。俺から聞かされてショックだったみたいだぞ」

 しまった。ぐずぐずしていたせいで礼を失した。後で謝らなきゃ。

「二人が付き合ってたとはなぁ。それも知らなかったし、まさかもう結婚まで話が進んでたなんてな」

「申し訳ありません、まだ会社には何も……」

「いいって。なんとなく察しはついてるから……。ああ、立花。彼女は成瀬千早さん。うちのホープで、来人君のフィアンセだ」


 ものすごくスムーズに自然な流れで、何故か常務が私を紹介してくれた。

 私はテーブルの対角線に座っている来人のお父さんに勢いよく頭を下げた。

「成瀬と申します! よろしくお願いいたします!」

 よろしく、でいいんだろうか。でもこういう時なんて挨拶するのが正しいの? 対人関係の経験値が低いとこういう時に全く機転が利かない。

「立花です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 これは誰? と思うほど優しい声で言葉が帰ってくる。驚いて顔を上げるとニコニコと笑いかけてくれている。

 さっきの来人へのあれは何だったの?? え、同じ人?


「相変わらず外面だけはいいんだな。俺の千早と気安く口きくな」

 そっぽを向いたままだったが、声の変化に気づいたらしい来人が憎まれ口をたたく。こ、こら、自分からケンカ売ってどうする。

 しかしお父さんは来人を完全にスルーする。にこやかに微笑みながら話を続けた。

「ブライトにお勤めなんですね。佐々木が上司だと大変でしょう」

「い、いえ! 私はまだまだペーペーなので、常務とはそれほど……」

「そうだな、成瀬と本格的に組むのは今の帝国管財が初めてだな。……ああ、成瀬君のお父さんは弁護士の成瀬一也氏なんだよ。今のクライアントの顧問弁護士でな」

 話の流れなのだろうが、常務がうちのお父さんの名前を出す。来人のお父さんは、ほう、と眉を上げた。

「あの高名な……。なるほどそれは優秀なはずだ」

 いえ、私とお父さんじゃ専門が全然違うし、大体和解したのもつい最近で……。

 一人で心の中でもごもご言い訳していたら、またも来人が会話に割って入った。


「相変わらずのブランド好きか。人を見る目がないんだから肩書でしか判断出来ねえよな。いい年してみっともねえ」


 来人のお父さんは、かき消すように笑顔を引っ込め、最初の無表情で来人を睨み返した。



 

 

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