第114話
私はおばあちゃんが出してくれたお茶を飲んで一息入れると、来人について知っていること、一緒に過ごしたこと、そして来人のおかげで仲直り出来た実家の家族について話した。
「うちに転職してきたのは驚きましたけど……、でもあっという間に馴染んでました。上司や先輩に対してもいい意味で物怖じしないので、特に男性社員に可愛がられてます」
「ブライトアンドカンパニーって、確か佐々木さんが……」
「あ、はい! 常務には私もお世話になってます」
「夫の幼馴染なのよ。頑固で人の話に聞く耳持たないあの人に、唯一意見出来るのが佐々木さんなの」
おお、さすが。仕事が出来るのはよく知っているけど、プライベートでも有能か。
「前の会社には夫が無理やり入れたようなものだったのよ。いつまで続くか心配だったけど……でも今もちゃんと働いているなら安心したわ」
「千早ちゃんは恋人なだけじゃなくて、来人の上司になるんだて」
おばあちゃんは来人から聞いたのだろうか、そんなことまで知っていた。お母さんは驚いているようだった。
「まだ若いのに……すごいわねぇ」
「あ、いえ、もうそんな若くなくて……。そろそろ三十一になるので」
「あら、上の子と同じ。まあ、来人と同い年くらいかと思ってた」
すみません、年上で……。
「頼もしいわ。年上でしっかりしてて綺麗でお仕事も出来る人がお嫁さんなんて。ああ、お嫁さんなんて言ったら来人が怒るかしらね」
「千早ちゃんを独占したくて仕方がないからね。子どもだねぇ」
私は思わず吹き出しそうになる。いつか来人に言いたいけどどんな顔するだろうか。
「千早さんに迷惑かけたりしてないかしら?」
お母さんが心配そうに問いかけてくるが、私は両手を振って全力で否定する。
「そんな! どっちかというと私が迷惑と言うか、面倒ばかりかけているので……」
パタパタする私の手の一点を、じっと見つめ返された。あ。
私は自分の左手をテーブルに差し出す。
「来人からもらいました。こちらへ伺った日の帰りに」
二人の目が指輪に吸い寄せられる。
「……不思議ね。息子がちゃんとプロポーズ出来たことが、こんなに嬉しいなんて」
そう言うと、少し後ろに下がって両手をついた。私はびっくりして、お母さんの横に行って同じように手を付く。
「至らないところが多い子ですが、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ。不束者ですがよろしくお願いいたします」
私たちが顔を上げたところで、おばあちゃんが嬉しそうに笑い声をあげた。
「まあまあ、今の場面来人に見せてやりたいね。あんたがぐずぐずしてるから二人に面倒かけてるよ、って」
このおばあちゃんにかかったら来人は本当に子ども扱いだ。でもそれがきっと嬉しいんだろう。
「さてさて、ご飯にしょうか。千早ちゃん、天ぷらは好きかい?」
よっこいしょ、と言いながら立ち上がるおばあちゃんに頷きながら、皆で台所へ行った。
「嬉しいね、こんな風に三人で台所に立てるなんてね」
「千早さん、お料理もするの?」
「一人暮らしなので……最低限のことしか出来ませんが」
「中々手際いいよ。どれ、今度来た時はばあちゃんの得意料理も教えてあげるよ。来人がへそ曲げたら作ってやんな。すぐ元気になるから」
「お母さんのいなり寿司ね。千早さん、必殺技だから覚えておくといいわ」
必殺技。それは是非教えてもらわなくては。
今は私が来人に勝てるところなんてほとんど無いんだもん。
「来人と夫がこんな状態じゃなかったら、いつでも遊びに来てねって言いたかったのに」
帰り際、お母さんが残念そうにつぶやいた。私に対しては社交辞令だろうが、来人に対しては本心だろう。自分が実家と復縁出来た今、とても切なくなってしまった。
「私からも来人に……」
「ああ、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。あの子もなんだかんだ夫に似て頑固だから。ごねちゃって千早さんに迷惑かけるのも申し訳ないし」
お母さんの言葉に、しかしおばあちゃんが割って入った。
「来人と千早ちゃんが結婚したら、浩司さんがなんと言おうと千早ちゃんはあんたの義理の娘だね。遠慮せんで、甘えたら」
そして私の手を取る。
「今日突然来てもらったのはね、友子に会わせたかったんもあるけど、この機会に来人と実家を和解させたいんだよ。せめて季節の挨拶を交わすくらいにはね。……千早ちゃん、力貸してくれんね」
私は驚いて息を飲む。しかし次の瞬間、すごい勢いで頷いていた。
「私に出来ることなら! 是非!」
「ありがとう、そう言ってくれると思ってたわ。じゃ、また今度作戦会議だね。来人に隠れて遊びにおいで」
おばあちゃんはいたずらを思いついた子どものように、まん丸の目を片方だけ瞑って笑った。