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第113話

 少しの夏季休暇がもうすぐ終わる。

 私の実家に顔出したり二人でドライブしたりと、今までとは比べ物にならないほど充実した夏休みだ。

 しかし私はスッキリしない。残りの数日で、少しでも進展させられないものだろうかと思案しつつ、良い考えが何も思いつかないまま時間だけが過ぎていく。


 久しぶりに一人で朝を迎えていた。今日の最高気温を朝のニュースが伝える。数字を聞くだけで汗が噴き出そうな予想だ。うんざりしながら立ち上がったところで、部屋でスマホが鳴っていることに気づいた。


「もしもし」

『あら、おはよう、千早ちゃん。来人の婆です』

 私はびっくりして、耳に当てていたスマホを見直す。確かに自分で登録した来人のおばあちゃんの家の番号だった。

「お、おはようございます! すみません、ぼーっとしてて」

『あらあら、こっちこそびっくりさせちゃって。今、大丈夫?』

 私は頷く。落ち着いて聞こうと、もう一度リビングへ戻った。


◇◆◇


 うちの最寄り駅から二時間半、三度電車を乗り換えて着いたのは、来人のおばあちゃんの家の最寄り駅だった。

 駅舎は木造だが、広場は綺麗に整備されて観光客らしい団体がチラホラ固まっている。私は彼らの間をすり抜けてタクシーを拾い、おばあちゃんの家に向かった。




『もしよかったら、これから遊びに来んね?』

 唐突なおばあちゃんの提案に、私は面食らった。あ、じゃあ来人にも連絡を……。

『そうそう、今日は千早ちゃん一人でおいで。来人はいつでも来れるしね』

 私だけで……? いいんだろうか。

 しばし悩みながら、ふと数日来の懸案事項を思い出し、はっと目から鱗が落ちる思いがした。

 そうだ、この件について、私にとっておばあちゃんほど相応しい相談相手っているだろうか。しかも一人で来いと言われているならこの上なく好都合だ。

 私は二つ返事でご招待を受け、家から飛び出した。


 タクシーで二十分ほど走ると、あの大きな平屋が見えてきた。門のところでおばあちゃんと、もう一人女性が立って待っていてくれた。


◇◆◇


「今日も暑いねぇ、ほら千早ちゃん、ここ風当たって涼しいよ」

 おばあちゃんが冷茶を勧めてくれながら、エアコンが一番当たる場所へ案内してくれる。しかし私はがちがちに緊張して返事が出来ない。

「ほれ、友子もそっち座んなね……。あ、羊羹あったよ、出そうかね」

 頼みの綱のおばあちゃんが台所へ消えていく。行かないでーお願い。

 情けなくも不安でプルプルしていると、件の女性―立花友子さん―が声を掛けてくれた。


「すみませんね、こんな田舎まで来てもらっちゃって……。遠かったでしょう」

「い、いえ! 大丈夫です! お盆なので、電車も空いてましたし」

「ふふ、この辺は盆地だから夏は特に暑くてね。帰省かキャンプ目的の人くらいしか来ないのよ」

 そう言って、少し懐かし気に微笑んだ。目元が来人に似ている気がした。亡くなられたお爺さんの写真にも似ていたから、やはり来人は母方似なのだろう。


「息子が……来人がお世話になっているみたいで」

 き、来た!

「はい! あの、ご挨拶が遅れておりまして……」

「そんな。こちらこそよ。……そもそもあの子が実家には近寄らないから。ここへは連れてきたんですって?」

「はい、ゴールデンウィークに」

「昔からおばあちゃん子でねぇ……。それも私たちが悪いんだけど」

「ほらほら、いいお天気なのに暗い話はやめんさいね。友子、あんた千早ちゃんに話があったんだろう」


 私は驚いておばあちゃんとお母さんを二度見する。私に、話って?

「千早さん、来人と結婚するんですって?」

 私はしっかりと頷く。

「おめでとう。そして、ありがとう。まさかあの子がこんな方をお嫁さんに出来るなんて」

 いや、その、私のほうが色々と足らないというか問題が多かったというか……。

「もちろん私は大賛成よ。母も千早さんのお人柄に太鼓判押しているし。ただ……」

 そこで言いづらそうに口ごもる。私はお母さんが言わんとしていることが想像出来たので言葉を継いだ。

「お父様、ですよね」

「……聞いているのね」

 私はまた頷いた。お母さんとおばあちゃんは同時にため息をついた。


「男の子というのもあるけど、なまじ来人が小さい頃から敏い子でね。夫も期待しすぎちゃって」

「健人が何でも言うこと聞く子だったしねぇ」

 健人? 首を傾げると、来人のお兄さんのことだと、おばあちゃんが教えてくれた。


「来人が中学に上がった頃からは、もう毎日戦争みたいだったわ。それこそ箸の上げ下げまで口を出すものだから、あの子も父親と口を聞かなくちゃっちゃって」

 来人から聞いた話そのままだった。二人のやり取りを目の前で見てきたお母さんは、きっと心労が絶えなかっただろう。

「言わなくても勉強する子だし、親に怒られるようなことは一度もしたことが無いのよ。でもだからこそ、もっともっと、って思っちゃったのかもしれないわね」

 そしてお母さんは改めてこちらを見た。


「今更無理に関係修復したいとは言わないわ。もちろんそうなれれば一番だけれど、来人は望まないと思うの」

 私は正直に頷く。結婚報告ですら行きたくないと言う、その態度も頑なだ。隠しても仕方がない。


「ただね、私が千早さんに会いたかったの。そして、今のあの子について話が聞きたかったのよ。……元気にしているかしら?」


 

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