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第110話

 私とお父さんは似ていると、最近よく言われる。昔も言われていたのかもしれないが、それを私が意識し始めたのは本当につい最近だから。

 そのお父さんのお姉さんなら、私と似ていても不思議はない。でも。


「……ここまで似てると怖いわね。伯母と姪だから、なんてレベルじゃないわ」

 そう言いながら今度はお姉ちゃんがアルバムを引っ張り出す。私の高校の卒業式の写真。お父さんが示した『八重子伯母さん』もその年頃だったから、並べてみたら本当に瓜二つだった。自分でも怖い。


「十代で亡くなられた、っておっしゃってましたね」

 来人が写真を見比べながらお父さんに聞く。

「ああ、事故でね。……私も中学生で、姉のことは大好きだったからショックだったのを覚えてるよ。暫くは学校にも行けなかった」

 当時の衝撃を思い出したのか、辛そうに顔を歪ませる。中学生のお父さんが一人で泣いてる姿が見えるような気がした。


「でも、その、八重子伯母さん? とお母さんは会ったことないんでしょ。なんであんなに意識してるの?」

「それは……」

「お父さんは実のお姉さんに恋しているのよ」


 突然背後から聞こえてきた声に全員が振り返る。目が覚めたらしいお母さんが起きてきた。

 お姉ちゃんに手を引かれてソファに座る。お母さんの再登場もだけど、さっきのセリフが耳から離れない。

 実のお姉さんに、恋してる、って……。


「十希子、それはお前の勘違いだと……」

「あなたが自分で分かってないだけよ。あなたのお姉さんへの思慕は、どう考えても恋心だわ。そしてそれは今も続いてる……違う?」

 お父さんは無力に黙り込む。お母さんはさっきほどの勢いはないものの、譲る気はないかのように視線に力を込めてお父さんを睨み続けている。

「百花が生まれたときも、千早の時も……あなたが真っ先に報告したのは八重子さんの仏壇。命日に欠かさずお墓参りしているのも知ってるわ。ご両親のお墓参りだって仕事を理由に行かないことだってあるのに、八重子さんだけは欠かさない」


 今まで言えずにいたのだろう、お母さんの口からは、お父さんの伯母さんへの想いを証明するような思い出が次々語られていく。

「あなたが百花より千早を可愛がるのは、八重子さんに瓜二つだからよね。小さい時から似てると思ってたけど……大きくなるほどどんどん似ていく。写真しか見たことなくても分かるわ、きっと似ているのは顔だけじゃないんでしょ」

「私は百花のことも……」

「話を逸らさないで。あなたの千早への愛情が異常だって言ってるの。いえ……八重子さんへの、お姉さんへの愛情がおかしいのよ。こんなの、姉弟愛なんかじゃないわ」

「私と姉さんは確かに仲が良かった。でも何十年も前に亡くなった人を……」

「あなた、私の誕生日、覚えてる?」

 唐突な質問に、お父さんは狼狽え、そして黙ってしまった。

「ほら、言えないじゃない。八重子さんの命日は忘れなくても、妻の誕生日は覚えてない……。そういう人なのよ、あなたは」

 気まずそうに視線を逸らすお父さんは、お母さんに何も言い返せないようだった。


「だからお母さんは、千早に辛く当たってたんだ」

 重い沈黙をお姉ちゃんが破る。こういうとこさすがだよね、全然場を読まない。

「ちょっと、それは今は……」

 私がお姉ちゃんを止めようとして手を引っ張るが無視された。


「なんで千早がお母さんから全然可愛がられないのか、怒られてばかりなのかやっとわかった。その伯母さんの代わりに千早に八つ当たりしてたんだ」

 お母さんは今度はお姉ちゃんを睨む。

「あんただって千早を虐めてばかりだったでしょ!」

「そうだよ、だって私にはお母さんしかいなかったから。さっきお母さんも言ったでしょ、お父さんが千早ばっか可愛がるって。私もそう思ってた。だからお母さんまで千早にとられたくなくて必死だったんだもん」


 お姉ちゃんが私の手を握る。味方に付けようとしているというより、何故か謝られているような気がした。

「私達、姉妹なのにずっと憎み合ってた。もしかしたら千早は今でも私が嫌いかもしれないけど……千早が私をどう思っているか聞いたし、私が千早を虐めてた理由も話した。やっと普通の姉妹みたいに話せるようになった」

 でもね、と続ける。

「私達、今でもコンプレックスだらけだよ。ずっと辛かった。その理由が……お父さんとお母さんのせいだったんだね」

「せい、だなんて」

「そうじゃん。お父さんが実のお姉さんに恋したままでお母さんを愛さなかったから、お母さんは亡くなった人の代わりに瓜二つの千早を虐めた。それに私を巻き込んだんでしょ」


 そうして今度は、お姉ちゃんはお父さんに向き直った。

「お母さんが今こうなってるきっかけは私だよ。バカなことして迷惑かけた。でもそもそもお父さんがお母さんを苦しめてたんだよね」

「それは……」

「こんなお母さん見てもまだ認めないの? 伯母さんのことを大事に思っててもいいと思うよ。でもお母さんはお父さんの奥さんなんだよ、ちゃんと大事にしてよ……私が言うのもなんだけど」


 半年前の件を思い出したのか、気まずそうに言い淀む。妻を苦しめる存在だったのはお姉ちゃんも同じだったからだろう。


「千早、ごめんね、折角立花さん連れてきてくれたのに。気分悪いでしょ、帰ってもいいよ?」

 嫌味などではなく、どうやらお姉ちゃんは心から私たちを労わって提案してくれたらしい。どうしよう、雨降るかな。

 ポカンとしてる私の代わりに、来人が返事してくれた。


「そんなことないですよ。それに、もうすぐ俺も家族になるんですから、つまらない気遣いは無しにしましょう」


 さらりと出てきた『家族』と言う言葉に、全員が来人に注目する。そして次の瞬間、お姉ちゃんが私の左手に飛びついた。


「ちょっと!! あんた達!!」


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