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第108話

『じゃ、明日は何時頃来るの?』

「多分お昼前……、十一時過ぎくらいかな」

『分かった。あんたまさか、実家の場所忘れたりして無いわよね』

 いくら何でもそこまでは。

「生まれ育った家だよ、忘れないよ」

『よかったわ、じゃね』


 スマホで話しているはずなのに、お姉ちゃんが電話を切ると何故か『ガチャン!』と音が鳴る気がする。実際、受話器がある電話ならそうなるんだろう。


 あれから何故かちょくちょくお姉ちゃんから連絡が入る。最初はお父さんが退院したという内容だったのに、それ以降はどうでもいい内容ばかりだ。お姉ちゃんとしては積極的に距離を縮めようとしてくれているのだろうが、私は長年染みついた警戒心がまだ消えない。発信者が『お姉ちゃん』となっていると心拍数が上がる。


 そしてとうとう、Xデーがやってくる。

 お盆には帰って来いと言われた、その帰省の日が。

 しかも来人付きで。


 来人が普通に会話が出来るうちの家族はお父さんだけだ。お姉ちゃんのことは今でも敵認定しているし、会ったことは無いがきっとお母さんのことも同じくくりで見ているだろう。

 私自身、大学卒業以来八年間一度も帰っていない家だ。そこへお客さんを連れていく、この緊張感は半端じゃない。


 でもそう言ったら、来人に怒られた。

『お客さんてなんだよ。俺はもう千早にとって家族みたいなもんだろ。他人行儀な言い方するなよ』


 私は自分の左の薬指を見る。五月に来人から贈られた婚約指輪。会社では付けたくないと言ったら、じゃあ会社以外ではいつでも付けていろと命じられた。家にいる時はいつも付けている。


 明日もつけていく。もらってから数カ月、会社以外の場ではつけているのにいまだに目にすると気恥ずかしい。でも付けていないと来人がものすごい不機嫌になる。照れている場合じゃないのだ。


(お姉ちゃんに真っ先に突っ込まれるだろうなぁ)


 容易に想像出来る状況にため息をつきつつ、明日着ていく服を選ぶことにした。


◇◆◇


「本当だ、千早の実家、近いね」

「うん、今のマンション探す時、どうしても知ってるエリアで探しちゃって」

「分かる、そういうもんだよね」

 来人は片手に土産を、空いたほうで私と手を繋ぎながら、駅から成瀬家までの道のりを物珍し気に眺めている。

「あ、学校だ。千早の母校?」

「ううん、私が行ったのは別の高校。あれはお姉ちゃんが行ってた学校だね」

「なんだ」


 あっさり興味を失った来人は校舎から視線を外す。切り替えの早さに私は吹き出した。さて、この来人と若干キャラ変したお姉ちゃんは、対面したらどんなことになるんだろうか。


 ふいに、来人が私の手を持ち上げる。

「……うん、よく似あってる」

 満足げに指輪を見つめる。オーソドックスなプラチナの台座と、ラウンドブリリアントカットのダイヤモンド。二人以外にはまだ誰にも見せていない。今日が初お披露目。

「人前で付けるの初めてだから、なんか恥ずかしい」

「まあ、そのうち結婚指輪とチェンジするからね、それまでの辛抱だよ」


 さらっと言ってくれちゃって……。

 私は照れ隠しも込めて、歩く速度を速めた。


◇◆◇


「やっときた。ほら、早く入んなさいよ」

 実家の玄関扉を開けると、いきなりお姉ちゃんが飛び出してきてこの一言だった。

 時間通りじゃん……。とにかく私には文句を言わなきゃ気が済まないんだな。

 振り返って来人を促す。そのままたたきの上にいるお姉ちゃんと正面から対峙(?)した。


()()()()()()()、お姉さん。本日はお招きいただきありがとうございます」

 めっちゃ低音、かつ棒読み……。私ですら怖くなるわ。

 だからほら、お姉ちゃんの目も座っちゃったよ。

「ご無沙汰しております、姉の百花です……。どうぞ」

 お姉ちゃん、来人に張り合って声低くしなくていいんだよ。




 お姉ちゃんの後ろについてリビングへ行くと、お父さんが出迎えてくれた。

「ようこそ、立花さん。千早、お帰り」

 お帰り。

 当たり前の言葉なのに、唐突に涙が出そうになった。

 この家に帰ってきて『おかえりなさい』と言われたことはほとんどない。お父さんだからこそ言ってくれたのだと分かってはいるが、再びこの家でこの言葉で迎え入れられるとは思わなかった。


「ただいま、お父さん」

 自然に、この言葉が出た。お父さんも嬉しそうに笑ってくれた。


「あんた、私にはただいま、て言わなかったわね、そう言えば」

 またー……。

「そんなこと言う余裕なかったじゃん、いきなり遅いって突っ込まれたんだし」

「そうだっけ?」

 もういいよ。


「どちら様?」


 いきなり背後から尖った声が飛んできた。私だけでなく、お父さんも、お姉ちゃんも表情が止まる。

 私は腹に力を込めながら、声が聞こえた方向へ振り向いた。


「お母さん、ただいま」


 私がそう言うと、お母さんの顔が苦しそうに歪んだ。


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