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第107話

 おばあちゃんの美味しい料理をたくさんいただいて、来人の小さい時からの写真をいっぱい見せてもらった。

 写真は、どれもこれも楽しそうな笑顔がはじけている。

 ただ、そこには来人とおばあちゃんしか写っていなかった。

 来人の両親らしき人も、兄らしい人もいなかった。


 あっという間に夕方になる。時間が経つのを忘れるというのはこういうことか。初めて来たお宅で、私は心から寛いで楽しめていたようだった。

 そろそろお暇したほうがいいかな? と、来人に聞こうと思った時。


「あんたら、今日は泊っていきなね。ほい、布団出そうかね」

「あ、俺やるよ」


 おばあちゃんの決定事項っぽい提案で、一泊させてもらうことになった。


◇◆◇


 来人が布団を下ろしに行く。おばあちゃと二人になったタイミングで、静かな声で話しかけられた。


「あの子と両親のことは、聞いてるかい?」

 私は自分の手元を見ながら、頷いた。おばあちゃんもうんうんと頷く。

「特に父親と折り合いが悪くてね。子どもの時からだ。大人になれば、と思って私も口を出さなんだが、まだ続いているみたいでね」

「……そう、みたいですね」


「来人の我儘だとは、思わないでやっておくれね」

 私は驚いて弾けるように顔を上げる。優しさと、少しの哀しみを含んだ笑顔が見えた。

「そんな……、あの、私もずっと実家と上手くやれていない人間なので、来人の気持ちもわかりますし……」


 来人のおかげで、最大の難関だったお姉ちゃんと普通に話せるところまではたどり着いた。ただ、まだお母さんへのわだかまりはある。過去形に出来る状況ではない。


「そうなの……、そうね、人間、色々あるわね」

 深く聞かずとも受け入れてくれたかのようなおばあちゃんの言葉に、来人に通じるものを感じた。来人の場合は聞かずとも分かるというより、何故か先回りして予想されていた感じだけど。


「来人がいたから、少しずつ家族への苦手意識を減らすことが出来てます。もし……来人がもしも同じことを望むなら、私が力になれればいいと、思ってます」

「……ありがとう」


 心から安心したようにそう言うと、おばあちゃんは立ち上がって台所へ向かった。私も慌てて追いかける。

「あのっ、夕食は、お手伝いさせてください! 是非!」

「あれあれ、お客さんなんだから……、ああ、でも、そうね、じゃあ一緒に作ろうかね」


「あれ、更に仲良くなってるじゃん。ばあちゃんに千早取られるかな」

 戻ってきた来人が軽口を叩いたが、あながち冗談とも言い切れないと思った。こんなおばあちゃんいて羨ましい。


◇◆◇


 借りた浴衣を寝間着にし、用意してもらった寝室へ行く。先に部屋へ入っていた来人はここでも晩酌していた。

「明日も運転するんだから、ほどほどにしたら」

「分かってるって。ちゃんと抜けてから運転するよ」

 分かってない。私がちゃんと寝た時間を覚えておこう。


 来人の隣に腰を下ろす。

「今日は、ありがとな」

「ううん、私も来れてよかった。おばあちゃん、大好きになったよ」

 来人が嬉しそうに頷く。私は彼の肩にもたれかかった。来人は腕を回し、私の頭を撫でてくれた。


「あのさ、これからのこと、ちゃんと考えたいんだ」

 ……これから?

「千早のお父さんには、病院で先走ったこと言っちゃったけど……、俺、千早とずっと一緒にいたい。離れたくない。間違っても他人になんてなりたくない」

 私は身を起こして来人に向き直り、来人も盃を置いて私の正面に座り直す。


「成瀬千早さん」

「はい」

「俺と結婚してください」

「はい」

「……え?」

 え?

「いいの?」

 え?

「うん、だって、病院でお父さんに……」

 だから、すっかり私たちはそういう段階なんだと……。

「でも女の人って、結婚って決めるの大変なんじゃないの? もっと悩まれるかと……」

「そうなの……? したことないからよく分からないや」


 ただ、ね。

「酔ってない時にもう一度お願いします」

 私のお願いに、来人は唸りながら蹲り、そして頷いた。

 

◇◆◇


「お世話になりました。急に泊まらせてもらっちゃって……」

「いいのいいの。またおいで。ちょっと遠いけどね。夏には裏でスイカが採れるからね」

「千早、次はジャージで来ような。ばあちゃん、俺らこき使う気満々だから」

「ちーとも手伝わないくせに、何いうとるんね」

 そして車に乗り込んで、おばあちゃんに見送られて帰途についた。




「千早、疲れてない?」

 高速に乗ったあたりで、来人が聞いて来た。

「全然。ていうか昨日より元気かも」

 何故か体が軽い。久しぶりに熟睡出来たからかもしれない。

「じゃあ、ちょっと寄り道していかない?」

 いいけど。珍しいね。

 私は黙って来人について行くことにした。


 首都高のICで一般道に降りる。連休の都心の繁華街はあり得ないくらいの人出だった。ナビを頼りに駐車場を探す。

「どこ行くの?」

 車を降りて歩き出す来人に聞いてみるが、笑って答えてくれない。

 人混みの中はぐれないよう手を繋ぐ。銀座のど真ん中に、来人は何をしに来たの?


 しばらく歩いて着いた先は、有名な海外の宝飾店だった。

「指輪、買ってっていい?」

 びっくりして入口で固まるが、そばに居た店員さんにさっさと奥へ連れていかれた。


 買うのはいいんだけど……ここ、平均金額いくらかわかってるんだろうか。

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