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第105話

「お盆に千早の実家に行くなら、その前にうちに行く?」

 食事の後来人のマンションに着いてから、不意に言われた。……来人の、実家、ってこと?

「いいけど……、緊張するーー」

「すぐじゃなくていいけどな。……五月の連休は?」

 それでも三カ月も無い。何をしなきゃいけないわけじゃないけれど、何より気持ちの準備をしたい。

「うん……頑張る」

 思わず力が入った私を、来人は笑いながら抱きすくめた。

「今から緊張しすぎ」


 いやー、だって、そういうの初めてだし……。

 そういえば来人のご家族の話って聞いたことないな。佐々木常務は家族じゃないし。

「ご実家は、どこにあるの? 近い?」


 自然な流れで聞いたつもりだったが、一瞬来人の顔が強張る。私は驚いて思わずぎゅっと彼の手を握ると、ハッとしたようにいつもの顔に戻った。


「実家は都内だよ。でも千早を連れていくのはちょっと遠いほうかな。車で行こう。途中に旨い蕎麦屋があるんだよ、千早も気に入ると思う」

 普段より早口に捲し立てる来人に既視感を感じた。どこで……。


 そうだ、お正月。

 実家に顔出したりしたのかと聞いた時に、やはりこんな顔をして、こう言ったのだ。

『帰らないよ、あんなところ』

 来人にとっても、実家はそう言う場所なのだ。


 私はもう一度彼の手を握り締める。いつもよりずっと強く。

 何かに気づいたように、来人がこちらを向いた。

「いつか、話してね」

 何を? とは言わなかった。そしてレストランの時のように、頑張った私よりも遥かに強い力で握り返され、私は痛みで飛び上がった。

 その姿をみて、やっと来人に笑顔が戻った。


◇◆◇


 プロジェクトに追われながら、あっという間に日は過ぎていった。

 入院しているお父さんのところへは、私が見舞いも兼ねて確認や同意を取りに通った。そうさせてくれた矢崎さんの心遣いが有難かった。


 たまに来人もくっついてきて、そして私がいない間にプライベートな自己紹介を済ませていたらしい。


 病室へ戻ったら、ものすごい驚いたような、何故か悲しそうな顔をしたお父さんに確認された。

「いつ頃だ?」

 は?

「結婚式」

 誰の?

「お父さん達も呼んでくれるんだよな?」

「もちろんです。お姉さんとも和解したと聞いてますし」

 何故か横から来人が口を挟んだ。それで分かった。

「何を言ったの?!」

「え? 千早と結婚したいって、そのつもりで付き合ってるって言っただけだよ」

 だけ?! だけって!

 私は恥ずかしさで自分の顔が真っ赤になっていくのを感じる。鏡なんか見なくても分る。慌ててお父さんに取りすがった。

「お父さん、それ、まだ先のことだから! 忘れて! いったん!」

「でもお前も三十だろう、そんな先延ばししなくていいんじゃないか?」

 で、で、でも……。


「そうか、立花さんと……。そうかそうか」

 さっきは変な顔していたはずなのに、急ににこにこし始めたお父さんが、私を放置して来人に向き直る。

「色々面倒な娘ですが、よろしくお願いします」

 面倒?

「とんでもないです。こちらこそよろしくお願いします」


 深々と頭を下げ合う二人を、一番の当事者らしき私が呆然と見守るって、なんか変じゃない?


◇◆◇


 ドライブにはお誂え向きの五月晴れ。

 まだ五月じゃないから、そうは呼ばないのかな。でもカーディガンすら暑く感じるほど、晴れて気温も高い。

 車の窓を開けると、気持ちのいい風が入ってきた。


「暑い? エアコン入れようか?」

 運転しながら来人が提案してくれたが、私は断った。

「ううん、風のほうが気持ちいいから。来人はエアコンのほうがいい?」

 そう聞くと、大丈夫、と言うように頷いた。


「まだ着くまで時間かかるから、寝てていいよ」

「大丈夫だよ。運転させておいて寝るって、出来ないし」

 来人が笑って頭をこづいてきた。

「気を使い過ぎ。でもありがとう……。緊張してない?」

「うん、大丈夫。ご両親だったら緊張するかもしれないけど、昨日話聞けたから」


 そして私は、昨日来人が話してくれた、彼の生い立ちを思い出していた。


―――


 俺も実は、自分の実家が苦手なんだ。

 正月? ああ、なんか愚痴零したかも。ごめんな。

 苦手なのは親父かな。過干渉っていうか……、子どもの時から、やることなすこと全部文句付けられた。親の言う通りにしないと、ウンと言うまで怒られた。男の子だから殴られもしたし、部屋から出してもらえなかったりもしょっちゅうだったよ。

 俺にも兄貴がいるんだ。千早と同い年だよ。兄貴はさ、何でも親父の言う通りにした。習い事も部活も進学先も、友達まで選別されても文句言わなかった。だから親父の超お気に入り。

 兄貴がそんなんだから、俺も同じように管理できると思ったんだろうね。でも全然ダメ、逆に親父が嫌がりそうなことばかりやってたよ。

 あ、佐々木常務は親父の友達なんだ。なんであんないい人がって、昔から思ってたよ。常務、ていうか佐々木のおじさんはいつも俺をかばってくれた。おじさんには、なぜか親父は逆らえないんだよね。

 あともう一人、俺の味方。お袋のほうのばあちゃん。じいちゃんは死んじゃってて今は一人暮らしだけどね。

 夏休みになるとリュックだけ持ってばあちゃん家に逃げ込んだ。ばあちゃんは、俺が宿題やらないで一日中外を走り回ってても全然怒らないし、夜更かししてテレビ見てたら一緒にいてくれるし、悪い事したら殴るんじゃなくてどうして悪いことなのか教えてくれた。だから俺も反省出来たし、ばあちゃんに教えられたことは守ったよ。

 

 今度連れていきたい『実家』は、ばあちゃん家。電話で彼女連れていくって言ったらすごい喜んでた。楽しみにしてるって。

 親父? あんな奴に大事な千早を会わせたくない。

 結婚式も、俺の親族はばあちゃんしか呼ばないよ。

 ばあちゃんが祝ってくれればそれでいい。

 もちろん、千早が一番だけどね。

 

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