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第101話

 お姉ちゃんがめちゃくちゃにした病室を片付ける。割れて壊れたようなものは一つも無かったから、あれで考えながら投げていたのだと思うとちょっと笑ってしまった。


 湯呑みを洗ってポットを返したりしていると、いつの間にか病室にお姉ちゃんが戻ってきていた。


「武さんは?」

「帰られたよ。もうお前とは会わないと言っていた。お前も先様に連絡取ったりするんじゃないぞ」

「訴えられたりとか、しないの?」

「奥さんがどう考えているか分からないが、まあ大丈夫だろう。万が一そうなったらお父さんが対応するから」

「……ごめんなさい」


 お姉ちゃんがお父さんに謝った。そりゃこの状況なら謝るのが普通なんだけど、お姉ちゃんが人に謝ってる場面を見たのは初めてだったから目が飛び出るほど驚いた。


「じゃ、もう家に帰ってくるよな?」

 ほっとしたようにお父さんが確認すると、しかしお姉ちゃんは首を振った。

「ちょっと、まだ……。だってお母さん、昨日電話ですごい切れてたし」

「今日までどこにいたんだ」

「武さんと二人でホテル。でももう引き払わなきゃ」


 だったら家に帰るしかないんじゃないの、お姉ちゃん。

 そう思いながら二人のほうを振り返ると、向こうもじっとこっちを見ていることに気づいた。な、何??


「千早、今夜だけお前の家に百花を泊めてやってくれないか? 今夜中にお母さんを宥めるから。頼む」


 え……、え? えええええーーー?!

 お姉ちゃんを、うちに?!


「いや、うちは、その、ちょっと……」

「一晩だけよ。明日には帰るから……じゃ、私荷物取ってくるから、あんたここで待っててね」


 私の戸惑いは当然ながらいつも通りスルーして、お姉ちゃんはさっさと出て行く。

 って、ちょっと! お父さん!


「なんでそういうことになるの? あのね、お父さんには言ってなかったけど、私お姉ちゃんとすっごい仲悪くて……」

「ああ、何となく気づいてた。けどまあ、一晩だけ置いてやってくれ。悪いな」


 悪いな、じゃ、なーーーい!


◇◆◇


「なぁに? 随分豪勢なマンションね。 ここ、あんた一人で住んでるの?」

 うちに着くなりあちこち覗き込みながら文句付けてくる。やれやれ。

「うん、会社に近いし、セキュリティしっかりしてるしね」

「家賃、いくらなのよ」

 さすがお姉ちゃん、ズケズケなんでも聞いてくるね。

 私が答えると、何故かこっちをものすごい目で睨んでくる。

「私の一か月分の給料じゃない……、なにそれふざけてる」


 はいはい、お姉ちゃんは私の全部が気に入らないんだもんね。

 本気で相手すると疲れるし、またパニックみたいになっても嫌なので放置することにした。お姉ちゃんは勝手にソファに陣取ってテレビつけたりしてる。一晩だけだ、我慢しよう。




 テレビ見たりキッチン漁ってお菓子食べたりしてるお姉ちゃんは放っておいて、家にある材料で夕食を作る。声を掛けると大人しくダイニングに来て、料理に手を付けた。


「……あんたって本当に何でも出来るのね。やっぱムカつくわ」

 そんなことでムカつかれても……。一人暮らししてれば料理ぐらい作るでしょ。


「昔っからよ。涼しい顔して何でもこなして、私が意地悪しても泣きもしないしお母さんにチクるわけでもない。私が命令すれば従うし、親の手伝いもして。欠点らしい欠点は変なアニメ好きだったことくらいじゃない」

「……アニメ好きは欠点じゃないでしょ」

「他に無いんだもん、あんたの悪いところ」


 私は食べるのを止め、箸を置いて一息つく。お姉ちゃんの独自ルールはやっぱり理解不能だ。


「お姉ちゃんだっていつもお母さんに褒められてて、友達一杯いて、私はうらやましかったよ。私は何してもお母さんに褒められなかったし、友達もほとんどいなかったし……」


 惨めな子ども時代を思い出す。親しいクラスメイトは皆無ではなかったが、卒業すればそのまま音信不通になった。その程度ということだ、お互いに。

 お母さんに関しては、私は微笑んでもらった記憶すらない。


「やることないから本読んだり勉強したりしてただけだよ。出来ないことなんてたくさんあるけど、お姉ちゃん私の顔見ると笑ったり馬鹿にしたり突き飛ばしたり……そんなことばっかだったじゃん。私の何を知ってるつもりになってるの?」


 私は誰に向かって話しているんだろう。でも止まらなくなってきた。


「私が大事にしてるもの捨てたり壊したり、おばあちゃん家行った時もみんなで私のこと仲間外れにして。いまだに親戚も苦手だよ。お姉ちゃんのおかげで『変な奴』扱いされて来たからね。……私がお姉ちゃんを嫌う理由はあるけど、お姉ちゃんが私を嫌うのはなんでなの?」


 気が付けば一番聞きたかったことを口にしていた。向かいに座るお姉ちゃんに目をやると、唖然としたように口を開けたまま固まっていた。


「……あんたがそんな風に思ってるなんて思わなかった」


 ……はあ?! なにそれ!

 無神経な一言で、私の中のネジが外れる音がした。私は握りこぶしをバン! とテーブルに叩きつけて立ち上がった。


「あれだけのことしておいて! 私はお姉ちゃんのせいで他人が怖いんだよ……、家にも帰れなくなったんだよ、お母さんのせいでもあるけど、でもほとんどはお姉ちゃんのせいなんだよ! 今だって他人が怖いよ。信用できないし心開けない。全部全部、お姉ちゃんのせいなの!」


 涙が溢れそうだったけど必死で堪えた。前にデパートで遭遇した時の恐怖とは全く正反対の、お姉ちゃんへの怒りで全身が震えた。

 呆然と座り込んで詫びの一言も言わないお姉ちゃんを、本気でぶん殴りたくなった。でもそれだけはしてはいけないと、必死で自分を押さえた。


 今ここに来人がいなくてよかった。

 いたらきっと、全て投げ出して来人に頼って甘えて、そして庇って貰っていたことだろう。

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