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ハンター

今回は移動回です。非日常と日常の境目?

「蟻の巣見つけたくらいで特に収穫なし、と」


ジークは馬車の中で見つけた蟻の巣の位置を示す。


「乗り込まなかったのか?」


馬車の御者をしているナディムがジークに尋ねる。


「アホか。俺一人突っ込んでどうする。流石に死ぬわ」


ナディムの言葉にジークが顔を顰める。


「女王くらい吹っ飛ばせると思うが」

「いやそれ、勝ってんじゃん。ま、冗談だよ。俺もジークの実力は知っているが、流石に蟻の巣は部が悪い。特に兵隊が硬いから、ジークの力じゃ突破できない」


ジークの言葉にナディムが笑う。女王なら吹っ飛ばせる。その言葉を疑ったわけじゃない。実際、ジークならやってのける。蟻の女王は大きいが、特段強いわけじゃない。問題は、その他の蟻だ。普段表に出てこない兵隊蟻は、ジークにとって荷が重すぎる。


「私からしてみれば、1人で蟻の巣に近づくだけで非常識なんだけど………」


ポツリと2人に同行しているリリアーヌが呟く。普通、生身の人間が蟻の巣に近づいたら、その時点で喰われる。その普通ではないことをやってのけるのがジークである。


「ま、ジークは非常識だからな」


リリアーヌの呟きが聞こえたのか、ナディムがリリアーヌに対して返事をする。


「俺も詳しいことは知らないが、ジークはとにかく体を鍛えてる。いや、鍛えてるなんて言葉でたどり着ける領域じゃないと思うが、とっくに人間辞めてる」

「おい、サラッと人外宣言するんじゃねえ。生まれた時から今まで、そしてこれからもずっと人間やってるわ。死ぬまで」


ナディムの言葉にジークが凄む。リリアーヌはチラリ、とジークを見た。


リリアーヌから見れば、珍しい黒髪黒目。鍛えている、と言う割には華奢な体つき。顔つきも凶悪からはかけ離れた、真面目そうな雰囲気を漂わせている。


「おお怖い。つまり生まれた時から人間辞めていて、その自覚がないと」


ジークの言葉にナディムが体を抱きしめて震わせる。明らかに茶化していた。先程ぶん投げられたのに、恐ろしい力を持つジークが怖くないらしい。


ナティムは柔らかい金髪碧眼の青年だ。顔つきは整っているのだが、何処か軽薄そうだった。


「………いいだろう、アーガイヤに戻ったら存分に空中散歩を味わわせてやる」

「いやあれは止めて!?また自警団出てくるよ!?」


凄んだジークに対し、ナディムが悲鳴を上げる。過去に何かあったらしい。


「安心しろ、1割殺しで済ませてやる」

「あれやられたら1割殺しじゃ済まないからな!普通に死ぬから!前やられた時も死んだから!社会的に!」

「あれはお前がもーー」

「言うなあ!レディがいるんだぞ!」


2人がワーワー騒ぐ。その騒ぎの中、リリアーヌは俯く。2人があえて騒いでいるのがなんとなくわかったからだ。


リリアーヌはその赤みがかった茶色い瞳に涙を溜める。俯いているので、茶色の髪に隠れて2人には見えない。


「あー………」


だが、すぐにジークが今のリリアーヌの心情を悟る。肉親を亡くしたばかりなのだ。あまり下手に騒ぐものじゃないか、と騒ぐのをやめた。


「悪かった。変に騒いで。そっちの方が気持ちが紛れると思った。後でナディムに責任を取らせる」

「いやお前も同罪だからな、ジーク!」


御者にいるナディムは馬車の中にはいるリリアーヌの様子が判らず、騒ぐのを止めなかった。


「いえ、いいんです。お二人のお気遣いはありがたいです」


リリアーヌが小さく呟く。それからまた、乱暴に涙を拭うとジークを見た。


「ジークさんはどうしてハンターをやっているんですが?ご自身の身体能力に自身があるようですが………」

「身体能力じゃない、筋肉だ!」


今度はリリアーヌからジークに話題を振ってみた。その異常なハンターについて、聞いてみたいことはいくつもあった。謎のこだわりがあるようだが。


「ま、ハンターになったのは成り行きだな。俺の筋肉の素晴らしさを広めるために、蟲を狩ってたら、あれよあれよと言う間にハンター登録されて、いつの間にか名誉ハンターになってた」


ハンター。それは街の外で蟲を狩る者たちを示す。それで生計を立てているのだ。共通していることは1つ。戦闘能力に優れた魔物を召喚していること。その他は酷いものである。盗賊まがいのハンターもいれば、騎士のようなハンターもいる。その中でも、ジークはかなり異質に思えた。


そもそも、魔物を連れていない。何処かにいるのかもしれないが、リリアーヌは現状、見つけられずにいた。


「なんで魔物を戦わせないのですか?」


仕方ないので、リリアーヌは直接聞いてみる。本来、魔物は12歳の時に召喚する。稀にその時期以外に召喚する場合もあるが、それは例外的だ。ジークの年齢は20歳前後に思えるので、召喚を行っていないことはないだろう。


「いない」


リリアーヌの質問に、ジークは即答する。


「正確には召喚に失敗したんだよね。俺がジークと知り合ったのは3年前で、それまで何してたかは知らないけど、一度も魔物を召喚していなかった。1年前に召喚しようとしたら、何故か魔物が出てこなかった。その後は何やっても召喚陣が反応しない」


ナディムがジークの言葉を補足する。


「そんなこと、あるんですか?」


思わずリリアーヌが聞き返してしまう。それにもう一つ、驚くことを告げられた。ジークとナディムの付き合いが、案外短いことだ。


「さあな。、年齢的に制限がかかった、ったのか有力説だ。18まで召喚しなかった、っていう記録がないから。俺もカーバンクルみたいな可愛い獣耳魔物が欲しかった………」


ジークががっくりと項垂れる。


「キュ」


どんまい、と言わんばかりにカーバンクルがジークの膝に前足を載せる。それを見たジークは、口元を緩めた。


「さっきは投げて悪かったな。流石に蟲を目の前にしてのんびりやり取りしてる余裕はなかった」


軽くカーバンクルの頭を撫で、リリアーヌに向き直る。


「しかしよくカーバンクルが懐いてるな。貴重な魔物の上、扱いが難しいって聞いたことあるけど」

「そう、ですね。私もカーちゃん以外のカーバンクルは見たことありません。弱い魔物ですし、気性が荒く、凄くストレスにも弱いですから」


カーバンクル。魔物の中でも滅多に召喚されないことで知られている。その上、気性が荒くて召喚主に懐かず、言うことを聞かない。ストレスにも弱いらしく、だいたい召喚後1年位で死んでしまうらしい。その分、他の治癒が使える魔物より、治癒の力が強いとの噂である。


「カーちゃんも最初は言うことを聞いてくれませんでした。よく自分の尻尾を追いかけ回していましたし。それでも根気よく話しかけていたら、懐いてくれました」

「キュ!」


カーバンクルがリリアーヌの膝の上に飛び乗る。それから仰向けにひっくり返り、お腹を丸見えにした。よほどリリアーヌに気を許しているらしい。そうでなければ、ここまで無防備な姿は見せない。


「魔物もいないのに、よくハンターを続けようと思いましたね」

「俺の筋肉があれば、並大抵の蟲は敵じゃなかったからな。流石に上級の蟲相手だと傷一つ付けられないが、中級の中くらいまでの蟲なら単独で撃破できる」


その言葉にリリアーヌは目を見開く。中級の中の蟲と言えば、かなり凶悪な蟲だ。それを単独で撃破できるハンターはベテランハンターの認定を受けるほどに。それ以上に強力な蟲となれば、天災であり、防げるものではなくなる。その分、出現することは滅多にないが。


「そいつが異常なだけだよ。同じハンター仲間にもそこまでできる奴はいない。蟲の下の下を生身で殴り潰した奴は他にもいるけど」


ナディムが口を挟んでくる。それでも十分、異常判定を受ける。ちなみにリリアーヌが遭遇した蟻は、蟲の中でもかなり弱い部類に入る。働き蟻であり、ランク的には下の下に分類されていた。女王蟻となれば中の下、兵隊蟻は下の上の認識である。ランク的にはジークが単独で撃破できそうなのだが、蟻の最大の武器は数であり、消耗戦になったら確実にジークが負けるので、攻め込まなかった。


「もっと筋肉を鍛えろや。ナディム、お前もだ。ヒョロヒョロしすぎなんだよ」


異常認定されてジークが顔を顰めた。


「貴族の俺が体を鍛えると思うか?」

「ノブレス・オブリージュだろうが。民を守るのが仕事だろうが。ーーああ、もう絶縁されたから関係ないのか、血筋があるだけの一般人サマ?」

2人の言い合いが再び始まる。ナディムの額に、青筋が浮かんだ。


「てめえ、表出ろや!」

「いいだろう!俺の筋肉が貴様を1秒でミンチにしてくれる!」

「あ、すいません、冗談です」


切れたナディムがジークを挑発すると、シークが立ちあがった。するとすぐに、ナディムが折れた。ジークと殴り合ったら、冗談抜きで1秒もあれはミンチになってしまう。


「まったく、度胸なさすぎだろ」

「度胸とかそういう問題じゃないからね?俺だけじゃなく、人類のほぼ全てがジークの拳を受けた瞬間にミンチになるからね?」


ジークの言葉にナディムが震えながら答えた。


「だから柔なんだ。オーガなら俺の拳を2発くらい、耐えてくれるぞ?」

「いやそれおかしいから。普通の人間ならオーガにダメージすら与えられないから」


そもそも比較対象がおかしかった。人間相手ですらない。


「と、そろそろ見えてきたぞ。アーガイヤだ」


その言葉にリリアーヌが窓から身を乗り出す。その視線の先には、ドーム状の大きな建物が見えた。アーガイヤ区、それである。ドーム状に覆われているのは、空飛ぶ蟲から都市や住民を守るためである。


「ようこそ、アーガイヤへーーと一応言っとく。ちなみに本来の目的地はどこなんだ?地区の移動は大変だが、俺達の方で協力できることは協力する」


ジークがリリアーヌに声をかける。


「………最初からアーガイヤが目的地です。ここがアルンガム区から最も近い地区でしたので、保護を求めに」


それを聞いた2人は黙る。アルンガム区。ハンターである2人は知っていた。つい最近、上位の蟲に滅ぼされた、地区の名前を。


「つまり君たちはアルンガム区の生き残りだった、と?」


それが1人を残して全滅。つまり、もうアルンガム区の生き残りはーー


「他の地区に保護を求めた方もいます。私達は極限まで荷物を減らした結果、アーガイヤ区以外にたどり着くための食料がありませんでした。他の地区に向かった人達に食料を渡してしまったことも要因です」


リリアーヌがそれを否定する。


「その最短ルート運悪く、新しく蟻が住み着いちまったのか。もう少し慎重に進めれば、全員たどり着けたかもしれないってのに」


最も、それはないものねだりに過ぎない。アーガイヤ区に住むハンターである2人も、つい先日まで蟻の巣が新しくできたことを知らなかった。


「ま、そういうことなら歓迎する。仕事の斡旋もしてもらおう。カーバンクルがいれば、診療所などの働き口で引っ張りだこだろうし」

「キュ!」


ジークの呟きにカーバンクルが賛成するように、鳴いた。頑張る、と言った気がしないでもなかった。

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