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とんでも人間

全話からの落差に注意!急降下します!

少女は目の前の光景に目を見開く。死を覚悟した瞬間、別の人が救援に駆けつけてくれた。これはいい。ただただ自分の運の良さに感謝するだけだ。


だが、その人間が蟲を殴り飛ばし、蹴り飛ばす光景には唖然とした。蟲に生身で勝てるはずないのに、平気で挑んだのだ。絶望の中、少女の頭の中は一瞬、真っ白になった。


「ふ、蟻型ごとき、この俺の筋肉の敵ではないわ!」


だが、救援に来た人間のその一言で少女はまた、絶望に囚われた。とんでもない馬鹿だと。本当に生身で蟲に攻撃したのだと。


「あ、あなたは逃げて!私はいいから!」


少女は青年に向かって叫ぶ。せっかく来てくれた救援だが、このままでは被害が広がるだけだと叫ぶ。少女は転んだ際に足をくじいてしまっていた。歩けなくはないが、そのペースはひどく遅い。少女の魔物であるカーバンクルは現在、傍にいない。


「大丈夫大丈夫。俺の筋肉は負けやしない」


青年はひらひらと手を振る。まったく大丈夫に聞こえなかった。そもそもその青年はそこまで筋肉隆々というわけじゃない。しっかりと鍛え上げられた肉体はしていたが、どちらかというと、華奢な部類に入る。


最初に殴り飛ばした蟻が青年に襲い掛かる。少女よりこちらの方が肉付きがよい、と判断したのだろう。もしくは、少女はもう逃げられないと判断したのか。


「はっ!蟻型ごときが俺に勝て――」


青年が蟻を見下したように指さす。その間に蟻は青年に肉薄し、噛みつこうとした。


「口上くらい聞けやコラぁ!」


すると青年が信じられない速度で踵を振り下ろした。メキッ、という音と共に蟻の頭部が潰れた。


「は、はあああああ!?」


その光景を目の前で見せられた少女の口から、少女のものとは思えない声が出る。一人の人間が生身で蟲を殺す――その事実が理解できずに。


頭を失った蟻はしばらくもがいていたが、やがて動かなくなる。当然だ。蟲だって生き物である。頭を失って生きていけるはずがない。


「ふ、雑魚が」


青年が獰猛に笑う。その間に別の2匹の蟻が青年に向かって走り出す。それをちらりと横目で確認した青年は腰の後ろに携えてあった柄を掴む。


「残り2匹か………。この俺の魔剣ディベルハイトの錆にしてくれる!」


そう言って青年が剣を抜く。それは――ただの金属の塊だった。そもそも刃がついていない。遠目でもはっきりとわかるくらい、刃がつかなければいけない部分が分厚いのだ。


「いやそれそもそも剣じゃないし蟲に刃物は通じないでしょ!?」


少女は思わず突っ込む。基本的に堅い甲殻を持つ蟲に刃物は通じない。それ以前に、青年のそれは剣ですらなかった。あまりにも非常識な青年に対し、少女は恐怖を忘れて口を開く。


「いいからあなたは逃げなさいよ!1匹仕留めたところで、まだ湧いてくるんだから!」

「いや俺はいいからまずはあんたが逃げろよ。足でも挫いたか?」


少女の叫びに青年が軽く振り返る。少女は唇を噛み締めた。


「そうよ!私はもう逃げられない!だから私を囮にして――」

「ならこいつをやる。さっきそこで伸びてたからちょうどいい。目が覚めたみたいだし」


少女の叫びを遮り、青年が懐から青い何かを取り出す。それは――カーバンクルだった。少女と主従関係を結んでいる魔物である。


「シャー!」


滅茶苦茶青年を威嚇している。青年は意に返さず、カーバンクルを少女に投げた。


「その子の傷を癒してやれ。さぼったら地上50メートルくらいまで吹っ飛ばす」

「ちょっ!?」


少女は慌ててカーバンクルを受け止める。それから青年をきつく睨んだ。自分の魔物を雑に扱われて怒った。


「ちょっと、カーちゃんに乱暴しないでよ!」

「お、あんたの使い魔だったのか。ならちょうどいいだろ」


青年は少女がカーちゃん、とカーバンクルを呼んだことより、その魔物が少女の使い魔だと理解する。カーバンクルは青年と蟲を警戒しながら、主人である少女の足を治癒した。青年の言われたとおりにするのは癪だったが、それ以上に少女を放っておくことができなかった。


「てめえら蟲は確かに堅い。だが、全身ではない」


青年が剣っぽい何かを構える。蟻がもう目の前まで迫って来ていた。


「関節部や口内、目などは柔らかいんだよ。そうでなきゃ、動けないからな!」


青年が叫ぶながら一歩、前に踏み出す。その言葉に少女はハッとした。確かにその通りだと。今まで蟲は非常に硬く、生身では絶対に殺せないと思っていた。だが、青年の言う様に柔らかい、弱点部分をうまくつけば――


「オラァ!」


青年が叫び、剣っぽい何かを蟻の脳天に叩きつけた。重量のあるその一撃は、堅い蟻の甲殻を一撃で粉砕し、その中身をぶちまけさせた。明らかに弱点たる柔らかい部分を狙っていない。


「いやなんで弱点云々言ったの!?」


あまりの言動のちぐはぐさに少女が叫ぶ。青年自身が青年の言った言葉を全く活かせていなかった。


「俺の筋肉を舐めるなあ!」


残った1匹を青年が蹴り飛ばす。


「いや舐めるとかそれ以前の問題――」

「星光爆裂拳!」


少女が早口で青年に対して突っ込もうとしたら、言い終わるより早く青年が走り出す。謎の技名を叫びながら右ストレートを繰り出した。着地した蟻の顔面をぶん殴り、頭部のみを遥か彼方に吹っ飛ばした。どう見ても何の技もない、ただの力技である。その威力が凄まじいだけだ。


「いや、なんでよ!?」


あまりの光景に少女が唖然とする。蟲の頭を一撃で吹っ飛ばす拳とか、冗談ではない。もしあれが自分に向けられたらと思うと、体が震える。腕の中にいるカーバンクルも震えていた。


「俺の筋肉の勝利だ!」


蟻3匹をあっという間に撃退した青年が謎のポーズを決める。それを見て、少女は思考を巡らせる。


(こいつは蟲のように私を食べようとしない。だからすぐに攻撃してくることはない。そもそも今現在は敵じゃないはず。それならお礼を言って早々に去るべき。一緒に行動するべきじゃない。一緒にいると、私の常識が持たなそう)


少女はこの青年が自分に害をなす気がないことを理解しつつ、離れることを即断する。命の危険はないだろうが、それ以外の何かがガリガリと削られる予感した。というより、現時点でかなり削られていた。


「よし、怪我はないな」


青年が服をはたきながら少女を確認する。少女はぎこちない笑みを作り、立ち上がりながら青年にお礼を告げる。


「あ、ありがとう。おかげで助かったわ」

「困ってるときはお互い様だろ。このまま放置できないし。それより1人か――悪い」


青年は少女に語りかける。その際に他に仲間がいないか聞こうとし、その表情が変化したことより何があったのかを察する。


「おーい、ジーク!」


そこに遠くから声が掛けられる。その言葉に青年が反応し、振りかえる。少女もそちらを見ると、1人の青年が走って寄ってくるのが見えた。それを見て、何となく察する。


(なるほど。冷静に考えれば生身の人間が蟲を圧倒するなんてありえない。聞いたことないけど、今目の前にいるこいつは人型の魔物なんだ。それなら謎の言動や蟲を圧倒する戦闘能力も理解できる。それで遠くにいるあの人が主人なんだ)


少女はそう判断した。だが、その考えをすぐに否定しなくちゃいけなくなった。


駆け寄ってきた青年のさらに後方に、巨大な人型の魔物がいたから。オーガと呼ばれる魔物である。並大抵の蟲より強固で、強靭。蟲と戦う際の魔物の主力として扱われることの多い魔物だ。そんなオーガが、遠くの青年に付き添っている。ついでに群がってくる蟻を蹴散らしていた。


「ナディム!そっちに生存者はいたか!?」


ジークと呼ばれた青年が地面を蹴る。それだけであっという間に遠くにいたはずの青年の元に辿り着いていた。


「はあ!?」


出鱈目すぎる足の速さに少女の口から再び少女らしからぬ声が出る。それから慌てて青年を追いかけた。戦う力のない少女からしてみれば、あのオーガの元で匿ってもらうのが最も生存できる可能性が高いと信じて。


「ダメだ、全滅だ。馬車は荷が荒らされ、全員喰われてた。遠くに1人、別の遺体もあった。そっちは結構ギリギリまで残っていたのか、まだ少し肉が残っていた。一応、遺品は持ってきたが………」


その言葉を聞いて、少女の足が思わず止まる。馬車と離れた位置の遺体には覚えがあった。少女が凝っていた馬車であり、少女の兄の遺体だ。その事実に一瞬、思考が止まった。


「となると、生存者1名か………」


ジークが顎を摩る。その言葉にナディムと呼ばれた青年が、少女の存在に気付く。


「お、おおおおおぉ!」


ナディムが少女を見ると、目を輝かせる。そのまま少女に突撃した。


「美しいお嬢さ――」

「お前は空気読め、ナンパ野郎」


ナディムが声をかけ終わる前に、いつの間にか移動したジークがナディムの襟を掴み、空中に放り投げた。地上10メートルくらいまで投げ上げられ、綺麗な放物線を描き、オーガにキャッチされた。


「お前には言われたくないぞ、ジーク!この筋肉バカ!」

「なんだと!?俺の筋肉の何が悪いと言うんだ!」


オーガにキャッチされたナディムがジークに向かって叫ぶ。正直なところ、どっちもどっちである。少女はジークのせいで忘れていた悲しみにより、再度浮かんできた涙を乱暴に拭うと、二人の元に駆け寄る。


「そんな筋肉バカだから魔物が寄り付かないんだ!」

「てめえこそ美女型の魔物が欲しい言いながら、実際についたのはオーガだろうが!」


2人が口悪く罵りあう。そこに少女は尻込みながら割り込んだ。


「あの!助けてくれてありがとうございます!私はリリアーヌ・レ――リリアーヌです!」


少女は自ら名乗る。一度、言葉を区切ったのを2人は聞き逃さなかったが、追及しなかった。


「俺はジークだ。アーガイヤ区の名誉ハンターやってる」


直接少女を助けてくれた青年がリリアーヌの名乗り出に乗る。


「ふっ、僕はナディム・アルディオ・サーマルズだ。実家は侯爵家だよ。同じくハンター兼護衛をやっている」


オーガに抱えられている青年も名乗り出る。その際に髪をかき上げた。オーガに抱えられているのがかなりシュールである。


「とはいっても三男な上、節操のなさから絶縁させられたんだけどな」

「ジーク、余計なことを付け加えるな!」


ジークが茶化すように付け加えると、ナディムは激怒した。


「この後どうするんだ?俺たちはもう少し見回りした後にアーガアイヤ区に戻る予定だが、一緒に来るか?これでも俺たちはアーガイヤ区だと上位の実力者だ。身の安全は保障する」


激怒したナディムをスルーし、ジークはリリアーヌに質問する。リリアーヌは思考を巡らせる。


(実力以前の問題がいくつもある気がするけど、私がアーガイヤ区に辿り着くにはおそらくこの提案に乗るのが確実。向かってるのもアーガイヤ区だったからちょうどいいし、オーガの能力はあてになる。ナディムさんからは下心むき出しだから用心する必要があるけど。ジークさんは――測定不能)


リリアーヌは今まで得た情報より、提案に乗ることを決断する。蟲に喰われるのと、貞操の危機を比較したが、前者の方を避けるべきだと判断した。そもそもアーガイヤ区への道がわからない。


「………お願いします。それと不躾なお願いですが、兄さん――兄の遺品を頂いてもよろしいでしょうか。離れた場所の遺体が、おそらく私の兄です。もちろん、お礼はします」


リリアーヌは頭を下げる。せめて兄の遺品だけは回収したい、という思いから。基本、遺品は最初に取得した人に所有権が渡る。いくら遺族と言えど、ハンターから取り返すにはそれなりの対価が必要だった。


「ナディム、渡してくれ。別に対価はいいだろ」

「別に構わないよ。よかったね、君を見つけたのが俺たちで」


すると2人は、リリアーヌに対価を要求することなく遺品を渡してくれた。それは、刃のかけたナイフだった。リリアーヌは震える手で、それを受け取った。


「さて、見回りだ!ナディムは待機な!」


次の瞬間、ジークが姿を消した。否、猛スピードで駆け出したのだ。あっという間に小さくなり、いなくなる。それをリリアーヌは唖然として見送った。


「………あれに関しては深く考えない方がいい。人間の常識に当てはめず、そういうものだと理解した方がいい」


ナディムが小さくため息をつきながら、呟く。


「それよりディルト、そろそろ俺を降ろしてくれないかな?なあ?俺の使い魔だろ?」


それからがっちりとナディムを掴んで離さないオーガに、ナディムが懇願した。

二度と剣の名前と謎の技は出てきません(白目)

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