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大地の神子

「アルン、ガム?」


リリアーヌの姓を聞いたコッペが茫然とする。それはついこの間、滅んだ区の名前だ。元々は小国であり、戦争に巻き込まれ国が滅び、区として自治権を獲得していた、最も新しく滅んだ区。


いくらなんでもその区の名を姓にすることは許されない。アーガイヤ区でも、アーガイヤの姓を名乗れるのは、とある一族のみ。それはこの区の管理者であり、王の代行者だ。それはアルンガム区でも同様のはずだ。


それをリリアーヌが名乗ったことは、元王族であり、現在の区の管理者であり、王の代行者であることだ。あまりにも重すぎる名前であった。それこそ、その名を公開すれば、それだけでアーガイヤ区の保護を受けられるほどに。


「捕えろ!」


リリアーヌが腕を振るう。それだけで木の根がリラを捕らえようと追従した。リラはアクロバットに飛び回ることでそれを回避する。


「くっ、これはまずいですね………!」


リラが本気で焦る。マナが万全なら余裕に捌けた攻撃なのだが、今では少し心許ない。何よりリリアーヌの持久力がわからない。これほどの規模の魔法、いつまでも続けることはできやしないが、体力勝負となった場合、マナの回復ができないリラの方が分が悪い。


「これでどうですか!」


リラが伸びてきた木の根をリリアーヌの頭上で切り落とす。その際の攻撃は、光で少し手前から焼き切る、という力技だった。


宙に舞った木の根がさらに伸びる。リリアーヌを避け大地に埋まり、数を増やしながらリラを拘束しようとする。


「切り離したところで、私の制御下から外れるわけじゃない」

「出鱈目ですね、その魔法………!」


リラが本気で焦る。こういう場合、本体を叩くのが定石なのだが、リラは使い魔契約の制約でリリアーヌを直接攻撃することができない。だから間接的に攻撃したいのだが、リリアーヌの周辺はリリアーヌが召喚した木の根で覆われてしまっている。利用できる物品が存在しない。そのため、攻撃手段が完全に失われてしまった。


「きゅきゅきゅー!」


木の根を伝い、カーちゃんがリラに迫る。動き回る木の根を伝っての移動に慣れているのか、軽々と動く。そのままリラに頭突きを見舞ってきた。


「………せめてもう少し手を考えなさい」

「シャー!」


だがしかし、あっさりとリラに捕まってしまった。当然である。カーちゃんに攻撃手段はない。噛んだり、引っ掻いたりするくらいである。格上相手に、そんな攻撃はないに等しい。


リラがちらりと人質を見る。光の球体を木の根が覆うように伸びていた。あれでは手が出せない。


「カーちゃん、下がってて!」


捕まったカーちゃんを見て、リリアーヌが叫ぶ。それを見たリラは、ニヤリと笑う。


「考えてみれば、これもカーバンクルです。魔界に連れて帰らなければなりません」


リラがカーちゃんを手放す。リリアーヌに向けて。それから手伸ばす。


「カーちゃん!」


リリアーヌもカーちゃんに手を伸ばす。リラが何をしようとしているのか、わかってしまった。リリアーヌとカーちゃんは硬い絆で結ばれている、とリリアーヌは考えているが、カーちゃんの本心はわからない。もし契約を一時的とはいえ破壊されたら、何が起こるかわからない。


「きゅ!」

「おふっ!?」


リラが手を握るとカーちゃんが尻尾を振るう。すると何故かリラの魔法が反射され、物理的な攻撃となってリラの腹部に直撃した。今までのリラとは違う声をあげ、そのまま真っ逆さまで落ちてきた。


「は………?」


カーちゃんを受け止めつつ、リリアーヌは困惑する。それから慌ててリラを捕らえようと木の根を伸ばしたが、すんでの所で体制を立て直され、逃げられる。


「な、なんですか今の!?カーバンクルがリフレクションを使うなんて聞いたことありませんよ!」

「………私も知らないわよ」

「きゅー」


リラの困惑した声に、リリアーヌも小さく返す。肝心のカーちゃんは、甘えるようにリリアーヌの腕の中で丸くなった。それを見たリリアーヌはまあいいや、とリラに集中することにした。カーちゃんはほっといても、リリアーヌを害することはないのだから。


「………それ、本当にカーバンクルですか?」


リラの目が細まる。何かを見定めるように。


「さあ?カーバンクル以外の何ものにも私は見えないけどね」

「私だってそれは同じです。ですが、魔物の中には高度の擬態能力を持った輩もいます。それがカーバンクルに化けている可能性を言っているのです。気を抜いた時などは擬態が解けたりしますよ。寝ていれば1発です」

「きゅー」


リラの言葉にカーちゃんが鳴く。


「ならカーバンクルなんじゃない?カーちゃんはよくお昼寝してるから私がその擬態を見抜けないはずないでしょ。突然変異種とかなんじゃない?よくよく考えれば、バルちゃんと体の色が違うし、体も小さいし」

「ならなおさら魔界に連れて帰る必要があります。確実に保護し、数を増やさなければなりません」


リラの気配が変わる。なんだかんだ、今まで手を抜いていたのだろう。それが今、本気になった。リリアーヌもより一層、マナを練る。


「………終わったら丸一日は動けなさそうね」


リラが動く。幾千もの光の束で木の根を断ち切ってきた。それらが全て、リリアーヌの頭上に降りかかる。


「くっ!」


流石に制御できる範囲を超えていて、リリアーヌは木の根の殻に篭る。音が止むと同時に殻を解くと、目の前にリラがいた。


「いくら魔法使いでも、これはどうしようもないでしょう?」


1枚の羽根を投げる。それが光ると、1匹の大きな蟻に変化した。


「女王蟻!?」


突然目の前に現れた女王蟻に、リリアーヌが悲鳴をあげる。女王蟻1匹なら今のリリアーヌならなんとかできる。だけど、その後が続かない。


「あの化物用に用意してたんですが、まあこれ程度じゃ通じないのはよくわかっていたので、保存していた1匹です。よかったですね、これを倒せば区の近くの蟻が撃退できますよ。ある意味、あなたの肉親の仇です」


リラが宙に逃げながら笑う。近くにあった蟻の巣から連れてきたのだろう。それを聞いたリリアーヌの額に青筋が浮かぶ。


「こいつが、兄さん達を殺した蟻の親玉かああああああああ!」

「きゅきゅ!」


カーちゃんが制止するも、頭に血の上ったリリアーヌが全力でマナを振るう。鋭く伸びた木の根が蟻の体を貫き、破壊した。何が起きたのかわかっておらず、混乱していた女王蟻が悲鳴をあげ、倒れた。瞬殺である。


「はあはあはあ」


全力でマナを振るい、リリアーヌが膝をつく。過度にマナを使いすぎたからか、鼻血が出ていた。


「おめでとうございます。あなたは見事、あなたの肉親の仇を取れました」


パチパチとリラが拍手する。それからゆっくりと地面に降り立つ。リリアーヌはリラを捕らえようと手をあげるが、マナを一切練ることができなかった。後先考えず、全力でマナを使ったので、底をついてしまったのだ。回復まで少し時間がかかる。


「ですが、もう私を捕らえる余力はないようですね」


うっすらとリラが笑みを浮かべ、リリアーヌの目の前を焼く。リリアーヌは姿勢を保てず、空いた穴に転がり落ちた。


「グルルルルル」


大切な主人を傷つけられ、カーちゃんが唸る。


「あなたも解放して差し上げます。その主人を大切だと思う感情も植え付けられたものでしかないんですよ」


リラが再度、手を握る。カーちゃんは尻尾を振るい反撃しようとするも間に合わず、リリアーヌは自分とカーちゃんを繋ぐ何かが切れるのを感じた。


「カーちゃん………!」


リリアーヌが穴から這い出る。するとリラがカーちゃんに手を伸ばした。


「さあ、あなたは自由です」

「ガウ!」

「あだっ」


カーちゃんはその手を思い切り噛んだ。するとまた、リラかららしくない声が漏れた。


「きゅー」


それからカーちゃんがリリアーヌに近づき、頬擦りする。その暖かさを感じたリリアーヌは泣きそうになった。


「カーちゃん………!」


カーちゃんから慕われていることをはっきりと自覚したリリアーヌは笑い、カーちゃんの頭を撫でる。


「よほどその主人が気に入っているようですね………!さらに私の体を2度に渡り、傷つけるとは………!」


リラが激怒する。そのまま手をあげ、凄まじい密度のマナが練られる。これはやばい、と本能的に察するほどに。思わずリラはカーちゃんをその腕の中に庇う。


「女の子のピンチに俺、登場!」

「ガアアアアア!」

「っ!?」


だがその攻撃が発せられることはなかった。いつの間にかリラの後ろに近寄っていたナディムとその魔物、オーガがリラを殴り飛ばす。ボールのようにリラが弾み、壁に激突する。


「あれ、もしかして今のも女の子!?」


それから情けない声を出した。


「締まらない奴………」


あまりにも残念すぎるナディムに、リリアーヌは辛辣な評価を下す。


「でもちょうどいい。あの人を捕らえて。あれがジークの魔物よ」


リリアーヌが穴から完全に出て、立ち上がる。マナは完全に空っぽだが、まだ気力が残っている。なら十分に戦える。リリアーヌの言葉を聞いたナディムは口を開く。


「は?ジークの魔物?なんでそんなのがいるの?」


ふらふらと立ち上がるリラを見てナディムが茫然とする。今までいないと思っていた存在が、突然現れて驚いているのだろう。


「召喚時に逃げたんでしょ。それ以降、自分が元の世界に帰るためにジークを殺そうとしてる。ま、一度ジークに引き合わせれば、なんだかんだなんとかするでしょ、あいつなら」

「事情はよくわからんが、あの子をジークの元に連れて行くのは理解した。やるぞ、ディルト」

「グアアアア」


リリアーヌの説明をあまり気にせず、その指令のみをナディムは実行することにした。オーガーーディルトも構える。


「ふ、はははははは」


立ち上がったリラが笑う。その顔には、ありありと怒りが浮かんでいた。濃密なマナが、周囲の風景を歪める。


「よくも、よくも、この私を傷つけましたねえ………!」

「ってなんだこりゃ!?俺の知ってる魔物と次元が違うんですけど!?下手したら上位の蟲に匹敵するんじゃねえ!?」


激怒したリラを見て、ナディムの腰が引けた。ディルトもビビって後ろに下がる。


「そりゃ最強の人間の魔物だよ?最強の魔物であっても不思議じゃない。ちなみに怒らせたの、ナディムだから」

「きゅ!」


リリアーヌは平然と構える。カーちゃんも同様だ。


「ちなみに契約の制約とかで、直接こちらに攻撃はできないみたい。本気でやばい攻撃は使えないはずだから、そこをついてくのが突破手段だと思う」

「へっ、なんだよ見掛け倒しかよ!ほーれ、やれるもんならやってみろ!」


リリアーヌの説明を聞いてナディムがリラを煽る。背中を向け、尻を叩く。次の瞬間、リラの周囲から暴風が吹き荒れ、リリアーヌに蹴り上げられた。


「ただでは済ませませんよ………?」

「余計に怒らせんな!下手に消耗させたらジークに引き合わせる前にリラが死ぬ可能性もあるんだよ!?」

「それを先に言えよ!?」


無駄に力を使わせて疲れ切ったところを狙う気満々だったナディムが焦る。こちらにも制約があったのが計算外だったのだろう。


「それにただでさえ手に負えないのに、なり振り構わず攻撃されたら余計に手に負えないでしょうが!」

「ごめんなさい!」


ナディムが土下座する。その様子を見ていたリラが、ニタリと笑う。それを見たカーちゃんが警戒を促すように鳴く。


「きゅ!」

「仲間割れなら好きなだけしていなさい!」


瞳孔の開いたリラが、手を握る。するとナディムの中で何かが切れた。なんだ、と顔を上げると、ディルトが大きく腕を振りかぶっていた。ーーリリアーヌに向けて。


「「ーーえ?」」

「きゅー!」


リリアーヌとナディムの声が重なる。慌てたカーちゃんがリリアーヌにタックルを食らわし、押し倒すことで間一髪、リリアーヌの頭が潰れることはまぬがれた。だが、すぐにディルトが腕を振り上げる。


「ひっ!?」

「やめろ、ディルト!」


突然の出来事にリリアーヌは体を縮ませ、ナディムが制止の声を出す。が、無情にもその拳が振り下ろされた。その拳はリリアーヌを粉砕するーー


「なんでこんな面白いことになってるのに、俺は遅れるんだろうな?」


ーー前に、突然現れたジークが、その腕を受け止めた。そのままディルトを吹き飛ばす。


「さて」


驚いたリラに一歩、ジークは踏み出し、笑う。


「反撃のお時間だ」

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