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ジークの過去

「姉貴!」


ナディムが勢いよく医務室への入る。


「帰れ!恥さらし!」


次の瞬間、ピンセットが真っ直ぐナディムの額へと投げられた。


「危な!?」


咄嗟にナディムがそれを躱す。すると後ろに付いてきていたリリアーヌの真上を通過し、医務室の外へとピンセットが消えていった。その後、誰かにぶつかったのか、悲鳴が聞こえた。


「ちっ、ナディムが躱すから余計な仕事が増えた」

「ちょって待て!?」


仲がいいのか悪いのかわからない兄弟である。そんな2人を見てリリアーヌは咳払いをする。


「すいません、リースさん。少しお話よろしいでしょうか」

「ん、何?あ、ごめんね、見苦しい所見せて」


リリアーヌには普通に対応するリース。そのことにナディムは額に青筋を浮かべた。


「ジークの過去について話せる範囲で教えてもらえませんか?過去、何かの組織に属していたこと、上位の蟲を狩ることができる武器を所持している事を聞きました。それ以上聞きたいならリースさんから話を聞いてほしい、ということでしたのでお伺いしました」

「………あの馬鹿、口滑らせたか」


リリアーヌの言葉を聞き、リースは悪態を付く。それからため息をついた。


「いいよ。話せる範囲は少ないけど、私の知ってること教えてあげる」


それからあっさりと話すことを承諾してくれた。


「え、そんなにあっさり教えていいのか?」

「あんたもついでにこい、ナディム」


ナディムが驚くとリースが歩き出す。そのまま医務室の奥にある部屋に入った。ナディムとリリアーヌもそれに続く。そこは簡素なベットが並んでいる部屋だった。うち1つが使われている。とても医療用に使うベットではない。その上、部屋の中央にテーブルが置かれていた。


「ここは夜勤とか常駐している人が休憩するスペース。あんま人来ないから内緒話をするのにはちょうどいいわけ」

「え、でも………」


リリアーヌが使われているベットを見る。そこだけは医療設備が運び込まれていた。


「彼女は別。無理矢理摂取させられて重度の薬物依存になっていて、他の患者と一緒の部屋にできないのよ。ある程度見ておく必要があるから、ここで寝かせてるの。感染症の類じゃないから伝染る心配ないし。まだ意識が混濁してるから聞かれても問題ない」


リースが寝ている人の説明を行いながら紅茶の準備をする。それから2人に椅子に座るよう勧める。


「さて、ジークについてなんだけど………私が最初に会ったのは8年くらい前だったかな」

「アーガイヤ区に来る前に会ってたのか!?」


いきなりの告白にナディムが驚く。


「そうよ。というか、私がジークをアーガイヤ区に連れてきたの。3年前、あのままあの組織にいたらジークが壊れてしまうから、それを避けるために。いやまあ、ある意味こっち来てから壊れたっちゃあ壊れちゃったんだけど」


あまりにもあっさりとリースはジシントジークの関係を暴露する。


「壊れる、って何が」

「心が。ああ見えてジークはそんなに心が強くない。そのくせ才能とかあったから当時、仲間に頼られていた。それなのにその信頼を裏切り、ジークは当時の仲間をほぼ全員、死なせた。あの時のジークは見てられなかったなあ」


リース自身も辛そうに告白する。


「けどそうするしかなかったのも事実よ。あの時の任務は、上位の中の蟲を狩るものだった。それだけの犠牲を出さなければ、勝てるような相手ではなかった」

「上位の、中………?」


ナディムが震える声で復唱する。リリアーヌもカップを持つ手が震えているのを自覚した。


上位の中。まだ上があるじゃないか、と思うかもしれないが、そんな単純な話ではない。上位の上、と呼ばれる存在は、未だに遠目からしか姿形を認識されていない存在なのだ。近付けば、それだけで即死する。それほどの存在である。確認されているのも数体だけで、自分の縄張りから殆ど出ることがない。寿命が尽きるまで経過観察をしているのだが、数百年、死んだなんて報告は入っていない。


上位の中はそれよりかは格が下がるが、非常に危険な存在だ。リリアーヌが暮らしていた区を滅ぼしたのは特殊な蟲であるが、上位の下に分類される蟲である。一瞬で区を滅ぼす存在以上に危険な存在である事がわかる。実際、最高峰の魔物200体を揃えて上位の中の魔物に挑み、壊滅したという記録がある。当時の生存者は、遠くから記録していた1人のみ。これだけでどれほど恐ろしい存在なのかが伺える。


「そう、上位の中。ジークのいた組織は蟲を殺すことに執着した組織だった。私もその組織に所属していたことがある。あ、今は脱退したーーというよりその後に戦力がなくなって組織が壊滅したから今は無縁だよ」


リースが目を閉じる。


「ジークの身体能力は知ってるでしょ。はっきり言わせてもらうけど、あの組織の中じゃジークは最弱だった。ただ身体能力が高い程度じゃ、あの組織ではまるで通用しない」

「最弱………?あれで?」


ナディムが信じられない、と目を見開く。


「力は強かったよ?でもそれだけじゃ他のメンバーには到底及ばなかった。ご自慢の身体能力ですら、ジーク以上が3人はいた。それがほぼ全滅。ターゲットの蟲は狩れたけど、それ以上の損害が酷かった」

「むしろ勝てたのか………?それほど強力な魔物が味方についていたのか?」


ナディムが興味深そうに尋ねると、リースは首を横に振る。


「残念だけど、その組織は魔物に頼らないことを是としていた。自分たち人間の手で、この大地を取り戻すと」

「人間の手で上位の蟲を狩ったの!?」


リースの言葉にリリアーヌが驚愕する。


「まさか、それだけ強力な魔法使いを集めたの!?」

「魔法使い?」


ナディムが聞きなれない言葉に首を傾げる。


「リリアーヌ、なんで貴方が魔法使いについて知ってるの?普通、魔法使いは秘匿された存在で、知られていない筈なんだけど」


リースが訝しげな顔視線をリリアーヌに送る。するとリリアーヌは自分の失言に気付き、慌てて席に戻る。


「そ、それはいいから続きをお願い」

「………はあ。なんとなくジークがリリアーヌを助けた理由がわかった。確かにそれなら助けるわ」


だが、リースにはなんでリリアーヌが魔法使いについて知っているのかを悟ったようだ。


「残念だけど、魔法使いですらない。彼らはジークを含め、こう呼ばれていた」


リースが一泊置いて、言葉を紡ぐ。


「人造英雄」


その言葉が部屋を反響する。


「文字通り、蟲と生身で戦える人間を造ったの。どうやったのかは私も知らないけど、普通ならとても耐えられるものじゃなかったはず。その分、彼らは皆、権能と呼ばれる異能を持っていた。その力は絶大で、下手な魔物なんかより遥かに強かった。例外はジークともう一人だけ」

「ジークは権能が使えないのか?」


物語のような話に、ナディムは混乱しつつもジークの権能と呼ばれる異能について聞き返す。


「使えるけど………正直、今となっては役立つものじゃない。チームが崩壊したあの日、ジークは事実上、権能を失った。もう1人は治癒系の権能の使い手で、あの戦いで死亡した」


ナディムの問いかけに、リースは首を横に振る。


「人造英雄である彼らはたった一体の蟲に壊滅に追い込まれ、組織は力を失った。後方支援型であったが為に生き残ったジークは、その責任に押し潰れされた」

「あれで後方支援とか、冗談でしょ?」


リースの言葉にリリアーヌの頬が引き攣る。知っているジークは、後方支援なんて言葉と似ても似つかない。


「事実よ。さっきジークがこっちに来て壊れた、って言ったけど、それがあれ。ふざけるように筋肉筋肉連呼するようになっちゃった………。今じゃ脳筋とか言われてるし。本当のあいつは理知的で、分析解析を得意とする頭脳派なのに」

「外見からするとそっち側でも不思議ではないけど………」


知っているジークとはかけ離れた内容に、リリアーヌは困惑する。リースも頭を抱えていた。


「その責任に押しつぶされそうになったジークを連れて、私は組織を出た。組織も力の大半を失っていて、ジークを追いかける余裕はなかったみたい。最も、ジーク1人を連れ戻す理由がなかった、というのもあったんだけど。さっき言ったとおり、ジークはその権能を事実上、失ったから」

「その権能の内容は?本当に使えないのか?」


ナディムがリースに問いかける。


「それは言えない。ジークのプライバシーに関わるから。ただあの権能が復活することは、ほぼないかな」


ナディムは唸る。ハンターとして、その力が活かせないことを惜しいと思っていた。


「私が話せるのはここまで。言っとくけどここで話した内容は他言無用よ」


リースはそれを最後に、出ていくように扉に視線を送る。ナディムは無言で出ていった。リリアーヌはその場に残る。


「なんでその話をしてくれたんですか?」


ナディムが出ていった後にリリアーヌが口を開く。その言葉にリースは肩を竦めるだけだ。


「………風の噂で蟲を狩る組織、リベリオンのことは聞いていました。ですが、ただの都市伝説だと思っていました」

「へえ、リベリオンについて知ってるってことはアルンガム区ではそれなりの立場だったんだ?」


徹底した情報統制下に置かれていた組織の存在について、その名を口にしたリリアーヌにリースが驚く。


「はい。どこの国にも区にも所属していない独立組織リベリオン。強大な蟲を狩る、正義側の組織だと思っていたんですが………」

「それは概ね間違ってない。実際、リベリオンは表向き、正義側の組織よ。蟲を殺し、多くの人を救ってきた。だけど、その内部は何処までも憎しみで染まっていた。蟲に対する憎しみでね。その結果生み出したのが、20人にも及ぶ人造英雄。彼らがどのような経緯で作られたかは知らないし、ジークも話そうとしない」


リースの言葉に、リリアーヌは口を閉ざす。人造英雄については何も知らなかったから、言えることがなかった。


「ジークは自分の意思で、蟲を狩ってるんですか?それとも、リベリオンからそのように思想を染められているんですか?」

「自分の意思よ。そもそも、ジークは夢を捨てた。この世界を蟲の世界から救うーー世界の夜明けを見るという人造英雄達の夢を、3年前に無残に打ち砕かれ、捨てた。今戦ってるのは、ジークが目の前で失われる命があることに、我慢できないから。自分の能力の1割も発揮できないのに、目の前の誰かを助ける為に、その拳を振るってる」


それからリースはリリアーヌを見る。


「ジークが貴方を連れてきた時は驚いた。誰かを助ける事に躊躇うことはなかった。だけど、1人の人間の肩を持つことはあんまりしてこなかったの。あまり深く関わると、その分別れが辛いから。ジークの武器はいくら強靭であろうとも生身であり、少しでも気を抜けば、蟲に殺される。ふざけてるように思えるけど、本当にいつもギリギリの戦いをしてる。だから相手を悲しませないよう、ジークは必要以上に誰かとかかわらない」


一拍おき、リースが続ける。


「なのにジークはあなたの肩を持った。あっさりしているように感じたかもしれない。だけど、人を近づかせなかったジークが、あなただけは近づけさせた。そこに何か理由があるかもしれない。けど、同時に私は期待した部分もある」


「あなたなら、ずっと1人で閉じこもってるジークを、光の元に出せるって」


その言葉を聞いたリリアーヌは天を仰ぐ。


「無理を言わないでください。私は今、自分のことだけで必死なんです。そこにリベリオンなんて都市伝説にも等しい話を聞き、他の人を気遣う余裕があると思いますか?」

「別に今とは言わないよ。今は自分のことで手一杯でいい。私もリリアーヌがこの区に残れるよう、全力を尽くす。だから余裕ができたら、私の言ったことを思い出して欲しい」

「………わかりました」


リリアーヌも席を立つ。そのまま扉を出て医務室も出る。


「あ、お姉さん!」


医務室の前で待っていたコッペが駆け寄ってくる。その腕の中には、ぐったりしているカーちゃんの姿があった。忘れていた自分の相棒の姿を見て、リリアーヌは苦笑する。


「ごめん、置いてって」

「きゅ〜」


カーちゃんを受け取って、リリアーヌはハンター本部を出る。コッペはその後を追う。そのため、リリアーヌはリーリャン公爵家に向かう事にした。その間、何か話す気力もなく、ただ足を進めた。コッペも何か悟ったのか、なにも言わない。


「さっきぶりですね、リリアーヌさん、コッペさん」


ーー道の途中、不自然に人がいない通路で、笑顔のリラと会うまでは。

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