間章 羽根の主
「まったく、想定外ですよ。あれがあれほどきたなーー強かったとは」
リラは一人、遠方からリリアーヌを見る。一度言葉を置き直したのは、流石に汚いと言うのはどうかと思ったからだ。実際、リリアーヌのあれは強い、というより汚いと言ったほうが正しい。なんの躊躇いもなく、目潰しを行う時点でどうかしている。そしておそらく、リリアーヌの防衛手段はあれだけじゃない。睾丸潰しくらい、平気でやりそうな雰囲気があった。
「人型として、できれば戦いたくありませんね。負けることはありえませんが、天族としての尊厳を汚されそうです」
何より問題なのが、あの手の攻撃は、人型であるリラにも十分通用することだ。近づけさせなければいいだけだが、それも難しい。
「まったく、使い魔契約は厄介です。これがあるから私は魔界に帰れず、直接人に手を下す事もできない」
リラは忌々しそうに自分と主との繋がりを見る。極限まで磨り減っているが、どうしても削りきれないそれを。再度それを潰そうとしたが、リラの中からそれを妨害する力が発せられる。結果、一切の干渉を許されず、何一つ結果が変わらない。その事実にリラは舌打ちした。
「そこまでしてこの世界に留まりたいのですか?」
リラは1人呟く。当然の如く、それに対する返事はなかった。
「この世界に呼ばれて1年、いい加減マナを補充しないときついですね」
リラはイライラしながら自分の現状を確認する。
「最初にたっぷりとマナを頂いてやりましたが、どんなに節約しても補充がない限り、減っていく一方です」
それは魔物たるリラの活動限界を示していた。魔物はマナを栄養とし、生きている。リラはその内に秘められるマナの量が莫大であるが故、最初に根こそぎ主からマナを奪い、そのマナを節制しながらこれまで生きながらえて来たが、それも限界がある。その上、魔法を使う度にマナを大量に消費していた。
さらに、この世界ではマナを補充する手段が1つしかなかった。それは主からマナを分けてもらうことだけ。人間側はマナをマナとして認識していないが、それでも分けてもらうことは可能だった。リラはその繋がりを完全に断ってしまっていたので、マナを補充する手段が皆無だった。
「正直、天族たるこの私がこのような節制生活を送ること自体が腹ただしいです」
そもそもの前提として、天族は大量のマナを扱い、放出することを得意としている種族である。このようにマナの消費を抑えている事自体が、天族としてのプライドを酷く傷つけていた。
「やはり制限のない魔界に帰るしかありませんが………それにはやはり、これが邪魔ですよね」
リラは自分のマナを補充する手段として、魔界への帰還以外考えていない。契約主の軍門に下れば簡単に補充できるのだが、天族であるが故のプライドが、その選択肢を排除していた。
「私の意思で契約の解除はできない。なら主の方を消すべきなんでしょうが、こいつのせいで私が直接手を下す事もできない」
再度、忌々しげに契約を見る。それはリラをこの世界に縛り付けるだけでなく、人間に対して直接手を下せない制約までももたらしていた。
だからこそ別の魔物に干渉し、間接的に契約主を殺すことを考えていたのだが、それもうまくいかない。カーバンクルの能力を利用しようとそれらの主に近づいてみたが、拘束する前に化物が現れ、機会を逃してしまった。本来ならうまく呼び寄せたナンパ野郎に捕らえさせる予定だったが、それも汚い手によって妨げられた。
計画を変更し、直接魔物の暴走に巻き込んでやり、攫うつもりで無関係の魔物の契約を破壊、さらに混乱させる魔法までを使用した。そこまでやると、さすがのリラも無視できないほどのマナを消費していた。そもそも暴走させた魔物の契約が強固であり、確かな信頼関係があったものだったのだ。それに干渉するのには、大量のマナが必要だった。さらに追い打ちをかけるように、逃走用に用意していた自身の欠片との座標入れ替えの魔法まで使わされた。
それ故に、リラの持つマナの残りはこの世界に来た当初と比べ1/4くらいまで減ってしまっていた。それでもそれだけ残っているのは、最上位種である天族であるが故。
最も、それだけのマナを瞬時に供給できた主も相当なものがある。リラ自身はそれに気付いていないが。
「………仕方ありません。もうこの世界で私を維持するのはやめましょう。失敗を考慮し、可能な限り節制していましたが、これでは拉致がありません。全力で私をこの世界に縛るものを、排除します」
だからリラは、節制をやめることにした。死ぬか、生きるかのギリギリにかけることにした。これ以上失敗を重ねると、施策を繰り返す前に力尽きてしまう。それなら、まだ余力のある今、全力で主を排除した方がいい、という判断だった。