表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/63

カーバンクルの好み

「それじゃ、今日はカーバンクルが何を好きなのか、町に出て確かめてみようか」


リリアーヌはコッペに視線を合わせ、ニコリと笑う。コッペの両腕には不貞腐れたように彼女の魔物たるカーバンクルが抱きしめられていた。昨日の暴れようが嘘のように大人しい。


「はい!今までバルちゃんを外に連れてってあげられなかったですし、色々見せてあげたいです!」

「きゅー」


コッペがバルに頬ずりする。バルは嫌そうに鳴き声を出した。


「ますばバルちゃんを解放してあげようか。あんまり抱きしめてると、嫌われるよ?」

「あ、はい!」


リリアーヌの言葉にコッペは素直に従い、バルを解放する。自由になったバルは、その場で自分の尻尾を追うように数回転する。


「それと1つ忠告だけど、カーバンクルが自分の尻尾を追いかける時は気を付けてね。ストレス溜めてる場合が多いから」

「きゅきゅい!」


リリアーヌの言葉にカーちゃんが反応する。自分の尻尾を追いかけるように、その場で激しく回転した。


「きゅい〜」


そして目を回し、ひっくり返った。


「………カーちゃんは例外ね。なんか慣れてきたら、よくわからない行動するようになったから。多分、カーバンクルとして幼いんだと思う」


リリアーヌは自分の相棒を無視し、話を進める。


「カーバンクルはストレスに弱い。これは本当の事だから、普段から行動には注意して。ある程度慣れてくると、ストレス溜めてるのがわかるようになるから、可能な限り発散させてあげて」

「はい!」


リリアーヌの言葉にコッペは大きく返事をする。すると、フン、とバルが鼻を鳴らす。


「きゅい〜」


カーちゃんは構って?みたいな表情でリリアーヌを見上げていた。


「まず食事ね。カーバンクルって、結構グルメだから美味しいもの食べると喜ぶよ」

「きゅい!」


リリアーヌの言葉にカーちゃんが起き上がる。結構現金だった。


「え、魔物って食事を必要としないんじゃないんですか?」


逆にコッペはリリアーヌの言葉に驚く。魔物は食事を必要としない。理由はわかっていないが、確固たる事実として知られている事だ。リリアーヌはその事実と異なる事を口にしたのである。


「あー、そうね。魔物はマーーとあるものを栄養としてるから基本的に食事を必要としない。だけど、嗜好品として食事を好む魔物もいるよ。カーバンクルなんかは特に食事を好むから、一緒に食事をしてあげるといいと思う。食べ物は私達と同じもので平気だから」

「きゅい!」


ご飯、と言わんばかりにカーちゃんがリリアーヌの周囲を走り回る。よく見ると、バルも期待するようにリリアーヌを見上げていた。


「わかりました!おとーさんにお願いして、バルちゃんの食事も毎回、用意してもらいます!」


コッペがリリアーヌの言葉を受け入れると、少しばかりバルが期待するようにコッペを見上げた。


「それじゃ、何が好きなのか探してみようか。ちなみにカーちゃんは果物類が好きだよね?」

「きゅ!」


リリアーヌがポケットからさくらんぼを取り出して投げると、カーちゃんは嬉しそうに齧り付いた。そのまま種ごと飲み込んでしまう。


「こればかりは個体によって差があるから、バルちゃんが何が好きなのかを確かめる必要があるわけ。後は魔物用の玩具で、どのような物に興味を示すかを確認する必要がある。目的はこの2つね」

「はい!」

「それじゃ、行こうか」


リリアーヌがコッペと手を繋ぎ、歩き出す。2匹のカーバンクルはその後を追いかけた。とてつもない問題を抱えているという事実に気付くことなく。




「………まずい、迷った」


街のカフェでリリアーヌががっくりと肩を落とす。


「あ、ははは………」


一緒に迷子になったコッペが乾いた笑い声を出す。笑い事ではないから、このような笑い声しか出なかった。


冷静に考えればわかったはずである。区に来たばかりのリリアーヌと子供であり、そこまで行動範囲の広くないコッペリア。知らない場所に繰り出せば、迷うのは必然だった。


最も、それに気付くまでに物凄い時間がかかっており、既にお昼を回っていた。その上、2人の周囲には幾つもの紙袋がある。リリアーヌとコッペの戦果である。区に来たばかりでジークに一文無しと思われているリリアーヌだが、実は1ヶ月は余裕で遊んで暮らせるだけのお金を手元に置いていた。そのため、必要経費として、このくらいの買い物は問題なかったりする。コッペも今回は父親から、魔物に関する経費として僅かばかりだが、軍資金を貰っていた。


ちなみにこの間にバルの好みがわかった。食事としては肉が好みで、玩具より服に興味を示した。今も魔物用の服を着て、ご満悦そうである。ちなみにカーちゃんは新しいボールを転がして遊んでいる。


「都合よく知り合いがいたりは………しないよねえ」


そもそもリリアーヌの知り合いは少ない。その殆どがハンター関連の人物であり、この場を通りかかる可能性は低い。


「ハンター本部への道を誰かに聞いてみるのはどうですか?」

「それが1番か………」


コッペの意見をリリアーヌは受け入れ、重い腰を上げる。直接リーリャン公爵家の場所を聞いてもいいのだが、それだと余計な事件に巻き込まれる可能性がある。それならハンター本部に行き、リースあたりに案内してもらった方がよかった。


「きゅ?」


リリアーヌが腰をあげると同時に、カーちゃんの遊んでいたボールが不自然な弾み方をし、転がっていく。それを見ていたのはカーちゃんのみで、他の誰も気付かなかった。カーちゃんは首を傾げていたが、特に問題なさそうなのでそのまま追いかける。


「あら?」


そのボールはカーちゃんが止めるより早く、1人の女性にぶつかる。


「これ、あなたの?」


女性は腰を下げ、カーちゃんにボールを示す。カーちゃんは素直にそれを受け取らず、警戒するようにその女性を見た。


綺麗な女性だった。軽くウェーブした金髪に、翡翠色の瞳。肌も白く、人形じみた美しさがあった。それ故に、カーちゃんは違和感を覚え、警戒してしまった。


「ちょっとカーちゃん!ごめんなさい、お怪我はないですか?」


会計を済ませたリリアーヌが、慌ててカーちゃんの側にやって来て謝る。


「いえ、お気になさらないでください。このボールが私の足に当たっただけです。カーバンクルはとても珍しいので、少し興味を持ちまして」


女性が立ち上がり、リリアーヌにボールを手渡す。リリアーヌはお礼と共にボールを受け取る。その際に、女性の容姿に息を飲みそうになった。


(凄い綺麗………。まるで人形じゃないみたい)


リリアーヌもそれなりに容姿は整っている方だが、この女性には決して敵わない。それがはっきりとわかった。


「きゅー」


カーちゃんが警戒するようにリリアーヌに縋る。だが、その意図をリリアーヌが察する前に女性が口を開いた。


「あら、随分とカーバンクルが懐いていられるんですね!とても懐きにくいとお話を聞いていましたので、驚きです!」

「ありがとうございます。私も最初はなかなか懐いてくれず、色々と苦労したんですが、今は仲良しなんです」


リリアーヌは女性のペースに巻き込まれ、会話を続ける。


「そうなんですか!あの、もしよかったら触らせて貰えませんか?」

「きゅ!?」


突然の女性の申し出にカーちゃんが驚く。


「カーちゃん、いい?」

「きゅきゅきゅ!」


必死にカーちゃんが首を横に振る。それを見た女性はおっとりと人差し指を頬に当てた。


「あら、残念です」

「カーちゃん?」


何時もと様子の違うカーちゃんに、リリアーヌが眉を顰めた。基本、カーちゃんは人に慣れているので、余程の事がない限り、簡単に触らせてくれる。それを今、明確に拒否した。


「あ、名乗るのが遅くなってしまいました。私はリラと申します」


女性ーーリラがリリアーヌが考えをまとめるより早く、名乗り出て握手を求めてきた。


「リリアーヌです。よろしくお願いします」


リリアーヌは思考を中断し、その手を握る。


(………?何?)


次の瞬間、何かが手を伝って流れ込んだ気がした。だがそれは、特に意味をなさず消滅する。そのことにリラの眉が一瞬、動いた。リリアーヌはそれに気付かなかった。


「わー、綺麗なお姉ちゃん!」


コッペもリラを見上げる。リラはにこりと笑いかけると、コッペに視線を合わせた。


「へえ、貴方もカーバンクルを連れているのね」


リラがコッペの後ろをご満悦そうについてきているバルを見る。


「はい!バルちゃんです!」


コッペの紹介に、バルはフンスと鼻を鳴らす。同じカーバンクルでもここまで違うのか、とリリアーヌはカーちゃんを見た。カーちゃんはずっとリラを睨んでいる。


「カーちゃん?」


やはり気のせいではない。リリアーヌは自分の相棒に声をかける。するとカーちゃんは少し俯き、その場をとことこ歩く。自分でもなんでリラをこんなに警戒しているのか、わかっていないらしい。


「きゅ〜」


しばらくして、カーちゃんがリラに鼻を押し付ける。


「あら、触らせて頂けるのですか?」


リラがカーちゃんに触れようと腰を下ろす。するとカーちゃんは何かに気付いたようにビクッ、と体を震わせる。


「きゅきゅう!きゅう!」


それからリラの手をすり抜け、リリアーヌの足元で何かを訴えるようにぐるぐるする。大きく尻尾を揺らし、その匂いを嗅ぐ真似をした。


「カーちゃん、さっきからどうしたの?」


リリアーヌは困惑する。自分の相棒がこのような行動をする理由がわからなかった。普段から好奇心旺盛で好き勝手やっているが、リリアーヌを困惑させるような行動は今までしたことがなかった。


「きゅ〜」


言いたいことが伝わらない事に、カーちゃんはしょんぼりした。


「こちらの子はいい子ですね」


リラはカーちゃんの代わりにバルを撫でていた。バルはご満悦そうである。


「お姉さん、凄いです!バルは普段から大人しくしていることないんですけど、凄く落ち着いてます!」


コッペも大人しくしているバルに喜ぶ。


「へえ、そうなんですか。こんなにいい子なのに」


瞬間、リラの目が見開かれる。


「まだ絆はできていないようですね」


その呟きは、誰にも聞き取れなかった。


「お二方はどうしてこのような場所にいらっしゃるのですか?普段、ここにいませんよね?」


十分にバルを愛でたリラは立ち上がり、リリアーヌに尋ねる。リリアーヌは頬をかく。


「あはは………。はい、恥ずかしながらここに来るのは初めてです。それで迷ってしまいまして」


渡りに船、とリリアーヌは現状を話し、周辺について詳しそうなリラに助けを求めることにした。するとリラは手を合わせる。


「まあ、そうなんですか!それは大変ですね!よろしかったら私がハンター本部まで案内しますよ」

「え、そこまでしていただくのは申し訳ないですよ」


リラの申し出にリリアーヌは遠慮する。道を聞ければいいので、わざわざ付き合ってもらう必要はない、という判断だ。


「いえ、大丈夫です。実は私もハンター本部にちょうど用がありまして、向かう途中だったんです。袖振り合うも多生の縁と言いますし、ご遠慮なさらずに」

「そういうことなら、お言葉に甘えます」


今度はリラの申し出をリリアーヌは素直に受け取る。本当にハンター本部に用があるのかは不明だが、わざわざそのような事を言ってくれたのだ。これ以上遠慮するのは無礼だと思った。


「きゅ〜」


それをカーちゃんは、心配そうに見上げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ