間章 翼の主
ソレは反応した。ずっと前に切り離された自身の断片が、動かされた事を察知して。最初に少しだけ動いただけだったので、そのまま放置していた断片だ。
最も、ソレが切り離した断片がまともに役立った事はない。簡単な動きしか察知できない上、数が多いと把握しきれなくなるからだ。その上、本来なら1週間ほどで追跡する機能が失われてしまう。
それなのに反応を示した断片に、ソレは疑問を呈する。ここ1週間は断片を切り離していない。反応を示す断片が存在しないのに、僅かに動いた事を示した断片に興味を示す。空を舞い、人に姿を見せないまま、反応があった工場を訪れる。そこには、多くの人が拘束され、連行されている場面があった。
「………これじゃ、何があったのかわかりませんね」
人の営みを妨害する気のないソレは、小さく呟く。その工場と、連行されている人物たちには見覚えがあった。ソレの同胞が、理不尽な扱いを受けていた場所だ。だからソレは、同胞に復讐する機会を与えた。それを活かせたのは一匹の同胞だけだったが、大きな打撃を与えることができた筈だ。
「ここで同胞を解放するのも良さそうですが………彼らは良き隣人のようです。あまり効果はないでしょうね」
警察と一緒に動いている魔物を見ると、相棒を信頼していることが何となくわかった。このような相手にソレは行動を起こさない。突き出していた右手をゆっくりと下げる。
「………またですか。反応は同じ断片からです」
それから宙を睨む。同じ断片がまた、反応を示した。ソレは即座にその反応を追いかける。その先にあったのは、一際大きな屋敷だった。近づくと流石に見つかると思い、少し離れた木の上に着地する。それから光を屈折させ、遠距離を監視するための魔法を使用した。視覚情報に入ってきたのは、1人の青年と1人の初老の男性が話している光景だった。その間に、ソレの断片が置かれていた。
「………反応を示したのはアレですか。それにこいつは………」
それが2人を睨む。その視線には、隠しきれない怒りが含まれている。
「厄介なのが動いているみたいですね。ですが、これは好都合です」
2人の元で、シャドウドックが必死に何かを説明する。おそらく、ソレの危険性を説いているのだ。
「失敬な。私達“天族”は、常に正しい者の味方であり、管理者です。日和見な麒麟族や、破壊の化身である龍族と同一視しないでもらいたいですね」
光を操り、シャドウドックが描いた絵を見たソレはその内容に憤慨する。最も、管理者たるそれが、それ如きで裁きを下す事はない。思想はそれぞれであり、天族に対する畏怖があるのは正しいことなのだ。十分に怯えているシャドウドックは罰するに値しない。
「そうですね………もう少し様子を見ましょうか。少し近づいてみるのもいいかもしれません。アレとか使いやすそうですし」
それは庭にいる2人に視線をあてる。その側で2匹のカーバンクルが一生懸命穴を掘っている。1匹はよくわからないが、もう1匹はその世界に無理矢理呼び出された事に隠しきれない苛立ちを秘めているようだ。使いやすい駒として、ソレは1匹のカーバンクルに狙いを定めた。
「アレの実態を知れば、アナタも諦められるでしょう?そうすれば、私も解放され、管理者として元の世界に戻れる」
ソレが何かに対して語りかける。だが、それに答える声はない。
「それに、アレは生かしておけません。人でありながら、私達に近づいた存在。とても許せるものではないです」
それが宙を睨む。その目には僅かに、自身を縛る線が見えていた。ソレがこの世界に留まっている、僅かに断ち切れないでいる、繋がりを。
「さあ、管理者たるこの私を、この世界に呼んだ神罰を与えましょう」
その繋がりの先を、ソレは睨んだ。