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得た情報

「それで、何か言い分はあるかね?」

「誠に申し訳ございませんでした」


リーリャン家に戻ったジークは、リーリャン公爵相手に土下座していた。あっちこっちの家の屋根を踏み砕いたのだ。謝って済む問題ではない。


「今回は減給として処理されて貰うが………次はないからな?」

「はい………」


ジークが縮こまる。ナディムあたりが側にいたら、騒いでいただろう光景だ。


「しかしまさか、これほど早く物的証拠を掴むとは………」


リーリャン公爵がテーブルの上に置かれた羽根を見る。


「ついでにギャングチーム1つ壊滅させました」

「そちらについてはノーコメントだ。区民に害を及ぼす存在を滅ぼして追求することはない。想定しなかったから報酬もないがな」


嘘つけ。ジークはそんな言葉が出かかる。ジークに依頼したのは、このような余波に期待した部分もあったことは理解している。ジーク自身、こんなに早く証拠が手に入らなければ、もう何件かギャングやヤクザを潰していたという自覚がある。


「しかし、翼の生えた人型の魔物、か」

「こっちは完全に想定外の想定外だよな」


土下座を止め、ジークが立ち上がる。ジークが行ったギャングの壊滅という、想定内の想定外とは異なる、完全なイレギュラーである。


「………ああ。人型の魔物までは想定していた。だが、異形の人型までは推測できなかった」

「普通の人型でも十分イレギュラーだと思うけど」


暗にジークがギャングを滅ぼす事を予想していたことを認めつつ、リーリャン公爵は唸る。


「しかし、空を飛ぶ魔物となると、一筋縄では行かなくなるぞ」

「だよな。木とか建物の被害を気にしなきゃある程度空中でも追従できるが、なんもない所まで逃げられると流石に追えんわ」

「まず周囲に何かあれば追える、という時点でおかしいのだが?」


ワイヤーと己の筋肉で、ある程度の空中機動ができるジークがしみじみ言うと、リーリャン公爵が唸る。


「けどそれも、その相手を発見できたら、の話だ。そもそも最大の特徴である翼は隠せるみたいだし」


完全に人に化けて隠れられたら、まず見つからない。美しい女であることくらいしか特徴がないのだから。


「ギャングの1人を借りることはできるか?できれば情報くれた奴。監視は俺がやる」


顔を覚えいるであろう人物を連れていくことで、識別しようとジークが1人の解放を望む。


「手続きに時間はかかるが、可能だと思う。それとこの羽根の本来の持ち主を魔物に追跡させよう」


リーリャン公爵は頷き、それから口笛を吹く。するとリーリャン公爵の影から1匹の犬が浮かんできた。


「シャドウドック。なかなか珍しい魔物だ。戦闘能力は低いが、隠密行動と探知能力に優れている」


リーリャン公爵がわしわしとシャドウドックの頭を撫でる。するとシャドウドックはわずわらしそうにその手を叩いた。


「相変わらず擦れた奴だ」


信頼されていないわけじゃないが、そこまで懐いている訳じゃないのだろう。シャドウドックはリーリャン公爵から離れ、ジークの匂いを嗅いでいた。


「ロン、こっちの魔物の羽根の持ち主を探してくれ」

「ウォン」


リーリャン公爵が指示を出すと、シャドウドックはテーブルの上の羽根を見る。それから鼻を近づけーー


「きゃいん!?」


何かに驚いたように飛び跳ねる。そのまま影の中に逃げ込んでしまった。


「ロン、どうした?」


驚いたリーリャン公爵がシャドウドックの逃げ込んだ影を見る。するとシャドウドックは顔だけ浮上し、激しく首を横に振る。


「追跡したくないのか?」


ジークがそう尋ねると、シャドウドックは必死に何度も首を縦に振る。


「………この羽根の持ち主が関係しているのか?」


リーリャン公爵が己の魔物に聞くと、シャドウドックは再度首を縦に振る。


「魔物から恐れられている魔物、なのか?」


ジークの呟きにシャドウドックは首を横に振る。恐れている、のとは違うらしい。それから体を全部浮上させると、影で絵を描き始めた。


「シャドウドックは得た情報を絵として伝えてくれるんだ。言葉を介したような正確なやり取りはできないが、知りたいことは知れる」


リーリャン公爵はジークにシャドウドックが何をしているのかを説明する。それを聞いたジークは食い入るように絵を見た。


「これは、翼の生えた人?それが頂点?」


シャドウドックは1人、翼の生えた人を描くと、その下に雑に生き物を描く。それを見たジークが呟くと、シャドウドックは肯定するように頷く。


「魔物の頂点に立つ存在、ということか?」


リーリャン公爵が驚いたようにシャドウドックに確認すると、今度は首を横に振る。それから追加で絵を書く。人の隣に翼の生えた蜥蜴、その反対側に馬とよく似た絵を示す。そしてそれらを矢印で繋ぐ。


「魔物の頂点にいる存在は3種類いるのか。そのうちの1種が、羽根の生えた人」


ジークの確認にシャドウドックは頷く。


「しかし、こんな話初めて聞いたぞ」

「それは私もだ。今まで魔物の世界の勢力なんて気にしたことなかったが、魔物にも階級があったのか」


ジークとリーリャン公爵が唸る。


「しかし、羽根の生えた人と羽根の生えた蜥蜴は聞いたことがない。馬の魔物は割といるが、あれが頂点なのか?」


リーリャン公爵の呟きにシャドウドックは首を横に振る。それから下側に馬の絵を追加し、上の絵の馬には鱗を追加した。


「鱗のある馬?それは聞いたことがないな」


リーリャン公爵が額を抑える。


「ロン、一応聞くが、私達はこの上位の3体と戦うことはできるのか?」


リーリャン公爵の言葉に、シャドウドックは新しい絵を書く。それは外から見た区の絵だ。それにバッテンを加えた。その上で区の上に羽根の生えた人を書き加え、そこから2本、線を書く。その線の間に区が入っていた。


「まさか、単体でこのアーガイヤ区を滅ぼせる、とでも言いたいのか?」

「ガウ!」


リーリャン公爵の驚きに、シャドウドックは吠える。それは肯定の意を示していた。


「………冗談だろ?俺は魔物暴走を起こしている犯人を追っているんだぞ?その正体が、区1つを簡単に破壊する化物だって言うのか?」


ジークも言葉を失う。そこまで強い相手を追っているとは考えてもみなかった。


「………ジーク、依頼は続行して貰えるか?依頼の内容を変えることはできないが、これは放置していい問題ではない。本当にそれほどの存在が紛れ混んでいるのなら、区として死活問題だ。別途、私から報酬を出そう」

「………わかった。俺も個人的にその魔物とは一度、話してみたいと思っていた。下手に刺激したらヤバいかもしれないが、半年以上活動してる割に大規模な破壊がないことを考えると、そこまで危険な存在ではないのかもしれない」


ジークとリーリャン公爵が深刻な顔をする。するとシャドウドックは最初の絵の鱗のある馬に○、翼の生えた人に△、翼の生えた蜥蜴に☓をつけた。それから翼の生えた蜥蜴の下にいた魔物をズダズタに引き裂く。


「これは危険度を示してくれたのか?翼の生えた蜥蜴は非常に危険、と」

「ガウ!」


ジークの確認にシャドウドックは吠える。今回現れているのは翼の生えた人であり、危険度は△。判断基準にはならなかった。だが、すぐに敵対関係、ということはなさそうだ。


「話し合いの結果次第、か。それとこの事件の犯人も、契約の制約に縛られている事を望みたい。他の契約に干渉できる事を考えると、自分の契約くらい既に破壊してそうだけど」


契約の制約に縛られていれば、主人の命令がない限り区の破壊、という暴虐の限りは尽くさないはずだ。だが、それは望み薄である。なんせ、相手は契約に干渉できるような存在なのだ。自分の契約くらい、既に破壊しているだろう。


「その線は薄いだろう」


それをリーリャン公爵が否定する。


「もし契約を破壊すれば、どんなに強大な魔物でもこの世界に顕現していられない。元の世界に戻ってしまうからな。弄ってはいるだろうが、完全に途切れてはいないと推測できる。最も、契約主の命令でこのような暴挙をしている可能性もあるが」

「契約主の命令に従ってりゃ、こちらとしても対処が楽なんだけどな。そっち押さえればお終いだ」


ジークが拳を構える。だが、それほど強大な存在が、人の指示に従うとは思えない。十中八九、契約による制約は解除している。


「厄介だな。ま、いい。俺も本気でこの依頼は取り組ませてもらう」


ジークが立ち上がり、羽根を持って部屋を後にする。この羽根は犯人探しの最大のヒントであり、これを見ることで反応する相手を探すつもりだ。


「思っていた以上に大物が引っかかったな。こりゃ、本当に世界の夜明けが来るかもな」


部屋を出る際、ジークがポツリと呟く。


「夜明けとはなんだ?」


その呟きが聞こえたのか、リーリャン公爵が聞き返す。


「秘密」


ジークはそれだけ言い残して部屋を後にした。





「うわー………見るも無残!」


リリアーヌと合流するため庭に出たジークが呟く。朝は綺麗な庭だったのだが、あっちこっちに穴が掘られていた。しかも、まだピンクのカーバンクルは穴を掘っている。カー坊は近くの井戸で、リリアーヌから冷水を被せられていた。


「カーちゃん、いくら何でもやりすぎ」

「プルプルプルプル」


リリアーヌがカー坊を叱る。肝心のカー坊は体を震わせて水気を弾き飛ばしていた。その際に近くにいたリリアーヌが盛大に水飛沫を浴びる。それに気付いたカー坊は逃走を始めた。


「きゅきゅい!」

「ほい」

「きゅっ!?」


たまたま走った先にいたジークがあっさりとカー坊の首根っこを掴む。そのままリリアーヌにカー坊をリリアーヌに手渡した。


「カーちゃん………?」

「キュイ………」


笑顔でリリアーヌがカー坊に凄むと、カー坊は小さく竦んだ。碌な事にならなそうなので、ジークは視線を外し、もう一匹のカーバンクルとその近くでオロオロしている少女の側に行く。


「バ、バルちゃん、そろそろ止めよう………?」

「シャー!」


少女が静止の声をかけても、カーバンクルは威嚇するだけ。止まる気配がない。


「随分と元気だな」


ジークはカーバンクルの側に膝をつく。カーバンクルは一瞬ジークを見ると、再び穴を掘り始めた。


「ほう、俺の筋肉を見ても何とも思わないか!」


ジークが謎のポージングをしたが、当然の如くカーバンクルは無反応。少女はちょっと引いていた。


「ならこれはどうだ!」


そこでジークは手に持っていた封筒に手を突っ込む。あまり汚したくはないが、ちょっとした悪戯心が働いた。魔物の羽根を取り出すと、その羽根で軽くカーバンクルの頭を叩く。


「ギュ!?」


するとどうだろうか。穴を掘っていたカーバンクルは文字通り飛び跳ねると、穴を掘るのを止めて逃げ出した。そのまま少女の足の間で縮こまる。


「………マジで力のある魔物の羽根なんだなあ」


ジークはしみじみとその羽根を光に翳す。見た感じ、大きいだけの変哲もない羽根でしかない。魔物避けのお守りになりそうだ。


「その羽根、凄いです!バルちゃんが穴掘るの止めてくれました!」


少女が物欲しそうにジークの手にある羽根を見る。


「悪いな。これは1枚しかないし、大切な物だから渡せない」


確かにこれがあれば、暴れるカーバンクルの抑止力にはなるだろう。だが、そんなポンポン渡せる物ではないし、何より根本的な解決にはならない。少女の目的の達成にはならない。


「へえ、綺麗な羽根ね」


ぐったりとしたカー坊を小脇に抱えたリリアーヌが、羽根を見る。


「俺が受けてる依頼に関する品だ。気軽には扱えないけどな」

「その割に扱いが雑な気がするけど………」


リリアーヌが羽根に触れてみる。それから目を見開く。


「え、ナニコレ?既に空っぽみたいだけど、これ一枚で力の弱い魔物より器が大きいんだけど………」

「器?」


リリアーヌが驚いたように口にした言葉に、ジークは反応する。その言葉にリリアーヌはハッとした。


「な、なんでもない」


露骨に視線を彷徨わせる。


「リリアーヌ、お前は何が見えてる?」


ジークはニコリともせず、リリアーヌを問い詰める。


「何も変わらない。見えてるのはジークと同じ、綺麗な白い羽根だけ。ね、カーちゃん?」

「きゅう………」


リリアーヌは露骨に誤魔化そうとした。それからカー坊を魔物の羽根に近づける。カー坊は暴れたりせず、興味深そうに匂いを嗅いでいた。


「きゅきゅ?」


それから首を捻る。もしかしたらカー坊は魔物として若いのかもしれない。だから畏怖の対象である、この魔物の羽根がわからない。ただ、まともな羽根じゃないことは理解しているようだ。


「ほれほれー」

「きゅきゅきゅい!」


目の前でゆさゆさと揺らすと、獣としての本能か、視線で追う。それから前足をブンブンと振り回す。


「大切な物なら玩具にするな」


リリアーヌが羽根を取り上げる。それからじっと羽根を見る。


「………私じゃ込められない、か」


ジークにも聞こえないくらい、小さく呟く。


「へいへい。ちゃんと保管するよ」


リリアーヌから羽根を取り上げ、ちゃんと封筒に仕舞う。それを確認した、ピンクのカーバンクルはホッとしたように体を起こす。いつの間にか、少女が嬉しそうにカーバンクルを撫でていた。


「バルちゃんがこんなに体を触らせてくれたの、初めてです………!」


肝心のカーバンクルは鬱陶しそうだ。だが、逃げようとはしなかった。


「落ち着いたみたいだし、今日はここまでにするね。明日、また来るから」


リリアーヌが少女に視線を合わせ、明日も来ることを約束した。


「はい、お願いします!」


少女は嬉しそうに笑った。

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