魔族を統べる魔王
ヴァイストルカー学園の裏門で奴らを待ち構えていると転移魔法の陣が出現した。
文を出したのはつい昨日だというのによく重い腰を上げたな。魔王とはいえ神子には興味があるということか。
陣から人影が見え始め俺は気を引き締める。相手は魔族だ。油断しているとこの国を侵略されてしまうかもしれない。協定によって侵略行為は禁止されているが、悪魔を信用する事など到底出来ない。
「皇子とあろう者が随分と憂い顔だな。例の人間に手を焼かされているのか?」
現れた魔王は嘲笑の笑みを浮かべて俺をじろじろと眺め回す。あからさまな態度が癪に障るが此方から協力を申し出た手前反抗的な態度は取れない。
「ああ。貴方がたの魔眼で彼を見つけてもらいたい」
魔族は総じて特殊な眼を持つ。能力は個々によって差はあるが魔力が高ければ高いほど真価をはっきりするらしい。
「人族なのに見つけられないなんて、ソイツ幽霊なんじゃねーの?それともお前らの探し方が悪いとか」
笑いながら言う魔王の側近の言葉にカチンと来る。ガルゥ、と低く唸り牙を見せると向こうはおちゃらけた様子で両手を上げる。
「おー、おっかねぇな。そんな怖い顔すんなよ、皇子サマ」
微塵もそう思ってないだろう悪魔を見て更にイライラが募る。切羽詰まって魔族を頼った事がもう既に悔やまれる。だが他に良い方法が思いつかなった。
「よせ、オリアス。ところでハロルド。貴様が捜して欲しい人間とは誰だ?」
「こいつです」
アディの写真が載っている書類を渡すと魔王は眉間にシワを寄せる。
「……何処にでも居そうな平凡な男に見えるが」
魔王の言いたい事は解る。こんな人間を本当に見つけられないのか疑われるのも無理はない。だが此処まで見つからないのなら魔法か魔術を使っているとしか思えない。
「彼の名はアディ。得意科目は魔学です」
そう言うと先程までバカにしていた魔族達の表情が変わる。
「人間で魔学が得意?それは誠か」
「はい。魔学の教師が一目置くほど優秀だとか」
最初に聞いた時は俺も不審に思ったが稀に霊力が強いまま産まれてくる人間も居ると聞いた事がある。アディもそういう人間なのではと考えた。
「ふむ。本当ならば私も少し興味があるな。良かろう、依頼は引き受けた。リック、捜しに行け」
魔王は側近のうちの鮮緑の髪で糸目の悪魔に写真を渡すと彼は一瞬面倒くさそうな顔をした。しかし魔王に睨まれ渋々といった感じに人間に変身し校舎内に入って行く。
「リックの眼は凡ゆる魔法や魔術を見破る能力を持っている。直ぐに見つけて来るだろう」
あの悪魔が戻るまで魔王達には応接室に待機してもらう事にした。魔族が学園を彷徨いたりしたらちょっとしたパニックになる。それくらい魔族は他の種族から恐れられている。
「宜しいのですか、殿下。魔族なんかに捜しに行かせて……」
護衛のアーノルドが警戒する様に応接室の扉を睨む。俺は大きなため息を吐きながら窓の外を見やる。
「魔王達にはこの学園に竜族の王太子が留学で来ている事を知らせてある。彼奴らも竜族との正面衝突は避けるだろう」
この世界で絶対的な支配者として君臨する竜族は魔族からすれば目の上のたんこぶだろうが、表立って闘いを仕掛ければ根絶やしにされる事くらい想像がつく。
数百年前、現在の竜王が即位する前に魔族を皆殺しにしようとした事があったらしく、その時の王太子の苛烈な攻撃に戦々恐々とした魔族は一も二もなく降伏し、それ以降魔族が竜族に逆らう事は無くなった。
何がそこまで王太子の逆鱗に触れたのかは判明していないが、魔族の事だ。卑劣な行為でもしたんじゃないかと思われる。
ふと覗いていた窓から竜族の王子と神子様の姿が見えた。アーノルドも窓を覗き、感心した様に呟く。
「ミリウス殿下はよくめげずに神子様へ声を掛けられますね。あんなに振られているのに」
狼獣人のアーノルドは己の耳をピクピクと動かし会話を盗み聞く。褒められた行為ではないが耳が良い獣人は対象と距離が離れていても声を拾う事が出来る。
「殿下はポジティブ思考なところがあるからな。それに竜族は何がなんでも神子を手に入れたいんだろ」
神子を迎え入れた種族には恩恵が与えられると専らの噂だ。彼らは神子様の恩恵により繁栄して来た種族なのだから欲しがる気持ちは強いみたいだな。
「ですが神子様はミリウス殿下を全く歯牙にも掛けないですよね。他の人間なら迷わず飛びつく美味しい話なのに」
「ふん。例え神子様以外の人間が選ばれたとしても竜の国へ行けば冷遇しかされないさ」
竜族はまだ人間を憎んでる。そんな憎しみの対象が王族の婚約者としてやって来ても冷たい目でしか見られない。どうして人間という生き物は過ちしか起こさないんだろうか。
もっと利口に生き、おとなしくしていれば変わらず庇護の対象にされていたはずなのに。差別だって受けずに済んだはずなのに。
人間という生き物と何回出会いを繰り返しても俺は彼らを理解する事なんてできなかった。