勧誘される
立ち話もなんですから。と長髪の男にそう言われ、空き部屋に通される。テーブルを挟んだソファーしか無いその部屋はやはり生活感が無く、勧められるままソファーに座った。向かい側に座った長髪の男とは違い、ここまで僕と一緒だった男は席に着く事なく壁側に佇んでいる。気になって男の方へ視線を向けたのに気付いたのか、長髪の男は柔らかい笑みを浮かべる。
「失礼、まだ名乗っていませんでしたね。私はアスタロト。壁に立つ男はアマイモン。ただの護衛ですので、お気になさらずに」
アスタロトと名乗った男はにこにこの笑顔でそう言った。相変わらず、敵意を感じない。それでも油断ならない相手ではあるから、どっちにしろ気が抜けない。
「力を貸してほしいって、具体的にどういう事なんですか? 知っているとは思いますが、僕は人間です。魔族の方達の力になれるとは思えないのですが……」
「そんな事はありませんよ。貴方であるからこそ意味があるのです」
謎の自信があるのか、アスタロトは迷いもなく言い切った。それでも二つの赤い瞳には暗い色が浮かんでいて。口元に浮かべている穏やかな笑みとは対照的なその様はひどく警戒心を募らせた。
アスタロトは僕とおしゃべりする気が無いのか、早速本題に入り始めた。
「貴方は私達魔族の間でとても有名なのですよ。魔王様側近であるあのリック様が気に入られた人間としてね」
やはり元凶はリックか。まあ周囲に隠す様子もなく人前で堂々と悪魔に話しかけられる人間なんて、確かに目立つか。つまり……僕が拐われた原因はリックにあるという訳で……
リックに対する怒りが殺気となって周りに溢れてしまい、目の前に座るアスタロトが一瞬引き攣った表情をする。それに気付き一度咳払いをし、アスタロトに先を促した。
「すみません。それで、アスタロトさんは僕に何をさせたいんですか?」
「難しい事を頼むつもりはありません。ただ、リック様を説得してもらえればそれで良いのです」
「……説得?」
リックを説得しろと言われて、常に何を考えているのか分からないあの飄々とした表情のリックを思い浮かべる。何を説得するのか知らないけど、心の深淵を覗かせない彼を上手く説得できる自信なんてない。でも、ここで出来ないと断ったら中庭に居たあのグロテスクな植物の餌食になるんだろうか。
……それは困るなぁ。
渋るような表情を隠そうとしない僕の反応を間近で見たアスタロトは、本当に難しく無いんですよ。と穏やかな口調のまま続ける。
「貴方がリック様に我々の味方をしてほしいと頼んでくれれば、リック様も無下に断ったりはしないでしょう。もちろんすぐに承諾するとも思えませんが、貴方からの頼みとなるとリック様も考えないわけにはいきませんから」
やけに『貴方』を強調するアスタロトは、リックが僕に対して雑な扱いをするはずがないと確信しているらしい。もしかして魔族の間では、リックが僕に甘いという認識が広まっているんだろうか。確かに出逢った時からリックはなぜか僕に良くしてくれる。お気に入りの人間だから、という理由もあるんだろう。でもそれは、あくまでリック個人の話だ。
アスタロトの話ぶりから察するに、メフィスト先生から聞いていた反乱軍というのが彼らの事なんだろう。なら、アスタロトが説得してほしいと願うリックは、魔王側近のリックだ。普段のリックならまだしも、側近としてのリックが人の子の話に耳を傾けるとは思えない。それどころか、僕が反乱軍に肩入れしたと思われて捕まる可能性の方が高そうだ。
……どうにかして断れないだろうか。正直魔族の問題に首を突っ込みたくない。
部屋に入った時からずっと笑みを絶やさないアスタロトをちらりと窺うと、彼の赤い瞳が窓の外に向けられる。明らかに外を気にするアスタロトに首を傾げていると、目の前の悪魔は急に立ち上がった。
驚いて彼を見上げる僕にアスタロトは貼り付けた笑みを浮かべる。
「失礼、客人がお見えの様ですので少しお待ちください」
そう言って足早に部屋を出て行ったアスタロトを見送るも、金髪の男━━アマイモンは未だに壁に寄りかかり部屋から出ようとしない。
「あの、あなたは行かないんですか?」
「俺様が行く必要はねェからな」
興味のかけらも無いと言わんばかりにあくびをするアマイモンの姿は、お世辞にも護衛とは言い難かった。彼の周りを漂う色からして、上級悪魔なのは確かなんだろうけど……上級悪魔が上級悪魔の護衛をする理由ってなんなんだろう。
考えてみるも想像には限界があるので、先程アスタロトが気にしていた窓に近付き外を見る。少し錆びた白い門のところにアスタロトと見知らぬ少年が向かい合っていた。何かを話し込んでいる雰囲気は伝わってくるものの、あの少年がなぜここを訪れたのか目的はわからない。わからない事だらけでモヤモヤしている僕に、アマイモンは座るように促した。
ただ座って待つのが性に合わない僕は、アマイモンに質問をぶつけてみる事にした。
「ここってどこなんですか?」
「魔界の最南端。数百年前に竜が焼き尽くした曰く付きの土地だから、俺様たち以外誰も住んでねェけどな」
「現魔王に不満があるんですか?」
「俺様はそうでもないが、アスタロトは不満たらたらみたいだなァ」
「僕を拐った理由はなんですか?」
「さっきアスタロトが言ったろ、リック様を説得するために……」
「それって表向きな理由ですよね? 本当は人間の契約者が欲しいから僕を拐ったんじゃないんですか」
悪魔は魔族の中で、唯一人間との『縁』を結ぶ事ができる。悪魔の間ではそれを契約と呼び、契約した人間は悪魔を使い魔として使役できると言われている。
実際の契約は悪魔の方が優位性を保てるため、人間を操り人形にできてしまう。しかし悪魔はひどく飽き性な性格が多いため、わざわざ縁を結んでまで人間と契約したがる悪魔はそうそう居ない。もし居るとすれば、目的を達成するために『力の強い人間』を欲している上級悪魔のみ。契約した悪魔は軒並み自身の魔力が大幅に強化されるので、力の強い人間は格好の餌なのだ。
アマイモンは口元に笑みを浮かべ、興味深そうに僕の顔を覗き込む。
「へぇ、随分と悪魔に詳しいんだな。同族に会った事あんのか?」
「ありますよ。悪魔と闘って勝った事も」
挑発するかのようにそう言えば、アマイモンの表情が好戦的に変わる。思った通りだ。アマイモンから闘いを好む色が視えたのでもしやと思っていたけど。この男、ただの護衛じゃない。そう感じたのはアマイモンが魔力を解き放ったからだ。膨れ上がる魔力量は上級悪魔の中でも格上だとわかるほどの圧をもたらし、一瞬呼吸が苦しくなる。
「俺様はなァ、強いヤツが好きなんだよ。魔王も、竜も、獣人も。もちろん人間だってそうだぜ? 強いヤツと闘って、下して、膝をつかせて━━嬲り殺す事に愉悦を感じるんだよ」
パチン。とアマイモンが指を鳴らす。瞬きをする間もなく景色が変わり、殺風景で荒蕪な場所に居た。あの一瞬で転移魔法を発動したのかと驚いていると、アマイモンがうっとしそうに長い前髪を後ろに撫でつける。現れた端正な顔立ちとは裏腹に狂気的な笑みを浮かべる男に、本当に悪魔は厄介だと海より深い青の双眸を睨みつけた。
「ああ、一つ確認なんだけどよ。ボウズ、魔王軍入る気ねェか?」
「……魔王軍? 反乱軍ではなく?」
「反乱軍はこの前リックの所為で壊滅に追い込まれちまったからなァ。せっかく魔王様と正面から殺り合えると思ってたのに余計な事しやがって……まァ、そのおかげで強ェ人間に出逢えたからチャラだけどな。で、入んのか?」
「お断りです」
「……残念だなァ。せいぜい簡単に殺されないよう足掻けよ?」
……ああ、本当に。魔剣を抜いてアマイモンに切先を向けながら、悪魔は好戦的な奴が多すぎる。と心の中で愚痴った。




