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誘拐される

「どういう事だ?」


 激おこなハロルド様に皇太子専用の執務室に通され、問答無用で詰め寄られた。約束を破られた事がよほど腹に据えかねたらしい。こちらにも言い分はあったがヒオネさんとのやり取りは話す事が出来ないし、同じ人間に襲われたとはもっと言いづらいし。

 困った表情を作りハロルド様を見上げるが、厳しい表情のハロルド様は重いため息を吐きながら数枚の報告書を僕に突き出した。


「人間保護地区に住む住人から苦情があった。保護区内で魔法が暴発したと。人間は基本魔法が使えない種族だから、保護区内で魔法を行使すれば当然目立つし魔力の残穢も残る。しかし捜査した騎士団の報告によれば、魔法が使われた痕跡は残っているものの、魔力の残穢どころか魔力を使った気配すらないという話だ。魔法に詳しい者の話によれば、魔力以外の何かしらの『力』を用いて魔法を使った場合、残穢などは一切残らないらしい。今の話を踏まえてもう一度訊こうか。一体どういう了見なんだ? アディ」


「……え。約束破ったことを怒ってるんじゃ無いんですか?」


「んな訳ねェだろ!! それよりもっと面倒なことが起きたから怒ってるんだろうがっ! あと少しは否定しろよ!」


「えー……」


 約束を破ったから怒っていたわけではないらしいけど、余計なことを言った所為でハロルド様の地雷を踏み抜いてしまった。というか保護地区の話が皇族の耳に入るの早くないか? 彼らが僕を襲撃した時間なんて十分にも満たなかったのに。不思議に思っていれば、たまたま人間保護地区の近くを通りかかったラビリンス所属の剣士が宮廷騎士団に通報して発覚したとハロルド様が言う。ヒオネさん通報していたのか。匿ってくれたからてっきり穏便に済ませたのかと思っていた。謎が解けた僕の横でハロルド様が自身の美しい金髪を掻き乱す。こんなところ騎士団長や忠臣に見せたら殿下のご乱心とかになるのかな。などとくだらない考えを巡らせていると、宝石のエメラルドを思わせる翡翠の両目がこちらを向く。


「……状況を考えるにお前が襲われそうになったのは一目瞭然だ。それなのに隠そうとするとか、俺はそんなに頼りねぇのか」


 静かな面持ちのままそう告げたハロルド様の顔を思わずまじまじと眺めていれば、皇子様とは思えないほどの鋭い眼力で此方を睨むものだから、視線をあらぬ方向に逸らしてしまう。どう言い訳しようか頭をフル回転させつつ口を開いた。


「ん〜、ハロルド様が頼りないというわけではなく……これはある意味人間同士の問題なので、ハロルド様の手を煩わせる事でも無いかなぁって」


「その言い分、俺に通用すると本気で思っているわけじゃない事を祈るよ」


 不満そうな表情を覗かせておきながら、執務室の扉をノックする音が聞こえた瞬間に『皇太子』の口調に戻ったハロルド様に冷や汗が背中を流れるのを実感した。

 入室を許可した後に、この話はまた後で。と全く目が笑っていないハロルド様に見送られつつ執務室から帰還した僕は、この後に起こるであろうハロルド様からの詰問をどう躱そうか必死に考えていた。

 とぼとぼとゼス様の執務室まで続いている長い廊下を歩いていれば、微かに魔力の歪みが身体に伝わるのを感じて、後ろを振り返る。()()が宮殿内に忍び込んだらしいが、ゼス様に報告している時間がない。

 しかも感じた歪みは真っ直ぐ僕の方に突き進んでくる。昼間の時のように僕を襲う事を目的としているのか、闖入者の気配はだんだん此方へと近くなっていく。この辺りにはハロルド様やゼス様、国の重鎮たちが構えるそれぞれの執務室がある。そんな所で暴れられたらたまったもんじゃない。

 即座に魔剣を抜こうとするが、それよりも早く視界が真っ黒に染まる。意識が微睡みに溶けていく中で、耳元に囁かれた言葉だけが鮮明に頭の奥に響いた。


『やっと逢えましたね、我らが救世主よ』



 **




(どこ、ここ……)


 気付けば見慣れないベッドに寝かされており、すぐさま上体を起こす。身体を触って何もされていないか確かめ、魔剣を取られていない事を確認する。どうやら僕を拐った犯人は何もせずこの部屋に放置して行ったらしい。まあ、部屋と言っていいものなのか迷うところだけど……

 うんざりした視線の先には、ごつい鉄格子が映っている。まるで牢屋みたいな所で寝かされていた僕の姿は、さながら罪を犯した罪人のように見えるだろう。


(頭が痛い……)


 どこかの城みたいだが、目を覚ましてからずっと気分が悪い。淀んだ空気が垂れ込めているみたいだから、人間の身体に毒として作用しているんだろう。にしても、僕を拐った奴はどこに行ったんだか。意識を失う前に聞こえた、救世主という言葉も気になるし……さっさと此処から出るか。そう思い立ち魔剣を使って鉄格子を溶かす。やっぱり炎系の魔法って便利だな。

 鉄格子を破壊して外に出たは良いが、帰る手段が分からない。ここがどこなのかも皆目見当が付かないし、そもそも空間魔法を使って転移出来るのか微妙だし。

 それに僕を拐った奴の詳細を掴んでおくのは悪くないかもしれない。溶けた鉄格子の前で突っ立っていた僕はようやく歩き出し城の中を探索する事にした。


 無駄に広い城の中を徘徊していると、中庭のようなところに出た。中庭には美しい花々……ではなく夥しいほどの植物が植えられている。しかも雰囲気的におどろおどろしい。

 紫の実を付けた葉から遠ざかるように歩いていると、足元の何かに躓き転びかける。咄嗟に踏みとどまると同時に誰かに腕を掴まれた。

 後ろを見れば、フードを軽く頭に被った体格のいい男が此方を見下ろしていた。金色の長い前髪の所為で目元がよく見えず、敵か味方なのかも判断がつかない。幸い腕を掴んでいる手に力は込められていないから、振り払って逃げる事は出来るだろう。そう判断し男の手を振り払おうとした瞬間、空いた片手で顎を掴まれた。


「っ!?」


 あまりに素早い行動で反応が遅れたが、何かまずい気がする。顎を掴まれている所為で顔を逸らす事も出来ず、視線を此方に向けているのか定かではない男と睨み合いが一分くらい続き、何か言われる前に焼き殺すか斬り殺すかと考え魔剣に手を掛けたのと、男が口を開いたのは同時だった。


「……お前、迷子か?」


「……へ?」


 男が発した言葉が理解の範疇に及ばず間抜けな声を上げてしまう。この男、僕を迷子か何かだと思ってる……? 今の僕って迷子に見えるんだろうか。しかしこの広大な城を彷徨っている身としては、確かに迷子と思われても仕方がない気がする。未だに僕の腕を掴みながら見下ろしている男に無言で小さく頷けば、男はぐいっと僕の腕を引き歩き出した。ぎょっとして抵抗しようと腕を振り払おうとするが、びくともしない。軽い力しか込められていないのにどうして男の手を振り払えないのか愕然としていると、男がこちらを振り返った。


「あんま暴れんなって。迷子なんだろ? 俺様と一緒に居ねェと魂喰われちまうぞ」


 真剣なトーンでそう話す男が見据える先を見やれば、先程まで居た中庭に植えられていた植物の葉が大きく口を開けていた。その禍々しい姿に背筋がぞっとする。男はくるっと前を向き、人の子が魔界を生きるのは厳しい。と呟いた。

 僕が人間だとバレてる。腕を掴まれた状態で歩き続け、道中誰かに出くわさないかヒヤヒヤしたが、相変わらず無駄に広い城は静まりかえっていた。やがて最初に僕が寝かされていた牢屋の前に着いたが、溶けた鉄格子の惨状に男はぽかん。と口を開け茫然としている。


「これ、ボウズがやったのか……?」


 ドン引きした様子でそう訊かれたので、またも小さく頷けば男は額に手を当てる。


「マジかよ……はぁ、将来有望な子供だな。魔王軍に欲しいくらいだぜ」


 そうぼやきつつ再度歩き出す男に黙って着いていくと、奥の通路に階段が現れた。階段を登り右へ曲がると複数の扉があった。どうやら居住スペースらしい。にしても、この男以外の気配が全くしない。もしかして誰も居ないんだろうか。廃墟の城とかだったらどうしよう。そんな想像を巡らせていると、目の前を歩いていた男がいきなり止まった。顔面に男の背中がぶつかる前に回避出来たが、なんだと思って男の後ろから顔を出せば、何もない空間から一人の男が出てきた。

 黒くて長い髪の男はこちらを一瞥すると、不愉快そうに眉を顰めて目の前の男を睨みつける。


「おや、勝手にその方を部屋から出されては困るのですが」


(あれって部屋なの……?)


「俺様が出したわけじゃねェよ。このボウズが一人で外を彷徨いてたから保護しただけだ。それに鉄格子なら溶かされてバラバラになってたぞ」


「ほう、さすがリック様が気に入った人の子。やはり我らの救世主に相応しい」


 急にリックの名前が出て内心焦る。この人たちはリックの知り合いなんだろうか。でもそれなら此処にリックが居てもいい筈なのに気配を感じなかった。

 それに長髪の男が言った、救世主という言葉。僕をここまで拐った犯人の仲間あるいは首謀者だとしたら、今すぐ距離を取った方が良いだろう。でも逃げ道がない……

 魔剣の柄を握ると呼応するかのように熱を帯びていく。まだ攻撃するタイミングじゃないけど、隙を見て逃げ出さないと。


「我らが救世主よ」


 長髪の男に呼びかけられ顔を上げれば、男は跪いて首を垂れた。


「突然御身を拐ったご無礼、お許しください。しかし我々には時間がないのです」


 そう言ってゆるりと顔を上げた男の二つの赤い眼差しからは、何も感じ取れなかった。感じ取られないようにしている。その様子から、何度も経験してきた感覚が脳に訴えかける。


 ーーこの悪魔は油断ならないと。


「どうか、我々に力をお貸しいただけませんか?」


 ──我らが救世主よ。悪魔はそう甘く囁き、何かを期待するかのように此方を見る。冷徹な赤の()を纏わせて。

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