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元騎士の償い

 ()は彼を知っていて、彼も()を知っている。数百年の時を超えた再会は、ただただ僕に恐怖を与えるものでしかなかった。前世の最期が否応なく思い出され、その時になってようやく前世の死が思っていた以上にトラウマになっていたことに気付く。

 美しく煌めく黄金の瞳で見つめてくれた彼の方に逢いたいと思うと同時に、もう二度と逢いたくないと思ってしまった。幼い頃は心の拠り所にするほど再会を願っていたというのに、随分と心変わりをしたなと自らを嘲笑う。

 赫い色を纏う混血の竜に目を向ければ、彼は未だに僕に対して跪く格好を崩さないでいた。本来であれば竜王陛下にしかしないであろう竜族最大の敬礼に、居た堪れなくなった僕はヒオネさんの肩を叩いて顔を上げさせた。けれど跪くのをやめてくれないので、仕方なくヒオネさんと同じ目線になるようにと僕も膝をつけば、普段平静である彼からは想像できないほどの慌てっぷりを披露した。ヒオネさんは僕に見下ろされていたいのだろうか、あいにくとこちらにはそんな下衆な趣味は無いんだけれど。

 このままじゃ話が出来ないと正直に伝えれば、渋々とヒオネさんはソファーに座ってくれた。しかしまだそわそわしている様子を見るに、数百年に渡る彼の方への忠誠心は凄まじいものだなと感心してしまう。さすが彼の方の側近だっただけの事はある。と、つらつら感想を頭の中で述べながら今ならなんでも答えてくれそうな雰囲気のヒオネさんに、一番気になった疑問をぶつけた。


「ヒオネさんは前世の記憶を持っているんですか?」


 リックと闘った時から……否、初めて会った時から抱いていた違和感。ヒオネさんは初めて会った時から僕にだけ敬語で接していた。周りとの態度に差がありすぎていたから、最初は人間蔑視なのかと思っていたけどそれにしては物言いが丁寧すぎた。

 もし、ヒオネさんが僕に会う前から前世の記憶を思い出していたなら。僕をメルレディスだと分かって声をかけてきたなら。

 すっと目を眇めて赫い竜の周りを漂う()を見つめる。


「そうなりますね。メルレディス様の護衛だった騎士は、もうこの世に居ませんから」


 自分の事の筈なのに、ヒオネさんはどこか他人事の様にそう言った。


「……メルレディス様が殺されたと聞いた時、傍を離れた事を強く後悔しました。彼の方から護衛騎士として任命されたにもかかわらず、貴方が殺されるのを防げなかった。この世で最も最強と言われる竜族が聞いて呆れるでしょう」


 そう言って平然と己を詰ったヒオネさんに息を呑む。彼は護れなかったというが、そもそも殺されたあの日にヒオネさんが僕から離れたのは竜騎士団の団長に呼び出されたからだ。上下関係に厳しい竜族の習性を考えれば、前世ではただの護衛騎士であったヒオネさんが王家直轄である竜騎士団の団長からの声掛けを無視できるはずがない。僕が死んだのはヒオネさんの所為じゃない、なのに未だに前世に囚われる彼を思うと何かがこみ上げてきた。


「役立たずな自分に絶望し自ら命を終わらせましたが、生まれ変わってまたこうして貴方に出逢ってしまった。運命だと感じました。だからメルレディス様、どうか僕に罪滅ぼしをさせてください」


 首を垂れるヒオネさんの周りに、どろりと青紫の()がペンキを塗りたくったかのように広がっていき、()がヒオネさんを包み込み姿を見えなくしていく。そんな事になってようやく彼が強い後悔に襲われているのだと悟り、今までどんな気持ちで僕に接してきたのかが少し分かった。

 分かった上で、どうしようもないほど怒りが込み上げてくる。自分の所為だと勝手に命を終わらせたヒオネさんにも、死んで尚無実の者を死に追いやってしまった前世の自分にも。

 ソファーから立ち上がりヒオネさんの顔を見下ろせば、彼は戸惑ったような表情を浮かべた。


「……竜の番に選ばれたと分かったとき、とても不安でした。当時は今以上に人間の扱いが悪く、番とは言え冷遇されるんだろうと覚悟していました。なのに彼の方は……殿下はずっと優しく接してくれた。侍女だったあの人も、護衛騎士だったあなたも。私の周りに居る人たちは優しい人ばかりでした」


「メルレディス様……」


 茫然としているヒオネさんの両手を取り強く握る。この手が常に悪意から護ってくれていた。非力でか弱い人間なんて、竜族からすれば護る価値がないのに。それでも、僕は味方ですよ。と言ってくれた彼の言葉が嬉しかった。竜族との距離の置き方が分からないでいた僕に味方が居ると教えてくれた。


「そんな優しい人たちに囲まれて、私は確かに幸せだった。過ごした時間が短くても、大切な貴方たちと過ごした日々はとても心地よいものでした。だから……彼の方を、ヒオネさんを怨んだことは一度もありません。罪滅ぼしなんてしなくていいです。今こうしてまたあなたと話せてるだけで、それだけでとても嬉しいですから」


 笑顔でそう伝えれば、ヒオネさんの瞳からぼろぼろといくつもの涙が零れ落ちた。そして同時に、ペンキで塗りたくったかの様な()がどんどん薄れていき、温かみのある()がヒオネさんの周りに広がっていく。


 涙で濡れる金色の瞳に強い意志を宿らせながら、ヒオネさんはゆっくりと口を開いた。


「今度こそ、貴方を護り抜くと誓います。それが前世の僕からの償いです」


 僕の前で力強く誓約をしたヒオネさんは、その後暗くなっていく空を見てまだ危ないからという理由で宮殿まで送ってくれた。住んでいる場所が宮殿と言った時はさすがに驚いてたけど。宮殿に向かう道すがら、なぜ出会ってからずっと殺気を向けたり睨んだりしたのか訊くと、ヒオネさんはこう答えた。


「メルレディス様に会えたのはとても嬉しかったんですが、他の竜族に目を付けられたら大変だと思い、ずっとあの様な態度を取ってきました。少なくとも竜騎士団団長が目の敵にする人間に興味を持つ者は居ないと考えて。長い間メルレディス様に失礼な態度を取り続けてしまい、申し訳ありませんでした」


 最後は竜族最大の敬礼で謝罪をされたので目立っていないか周囲を心配しなければならなかった。宮殿の入り口に着いたところでギルドにも顔を出すように言ったヒオネさんは帰って行った。遠くなるヒオネさんの背中を見送って、さてゼス様のところに行くか。と思って振り返れば、仁王立ちするハロルド様の姿が。

 その時になって、ようやくハロルド様と約束した夕方までには帰るという言いつけを破ってしまった事に気付いたのだった。

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