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詫びと菓子折り

 竜族の王子と勝負して以来、昼休みは基本的にハロルド様と過ごす事が多くなった。『見せしめ』と宣いながら食堂の二階部分をハロルド様が占拠しているのだから、他の生徒に僕が見えていないのは矛盾していると思う。それを指摘すれば、食事くらいゆっくりしたいだろ。と返された。ハロルド様なりの気遣いだったらしい。


 その心配りに感謝しつつ、ハロルド様と同じメニューの食事を食べられるのが毎日の幸せになっている。どれも高級な食べ物ばかりで美味しすぎる。毒見役が毒見する前に手を付けてしまうのでハロルド様にはよく怒られるが、僕の密かな楽しみなのだ。


 現在時計の針が十二時を指している。この時間帯はハロルド様と共に食堂へ向かい、美味しい食事に舌鼓を打っている最中なのだが、僕が居る場所は食堂ではなく薬学準備室だ。

 部屋にある棚には薬品類の瓶がぎっしりと詰め込まれていて、中には危険な薬品を示すマークが付いている瓶も置いてある。

 それらを棚からは出さず興味深げに眺めていると、準備室と繋がっている奥の扉が開き薬学の先生が顔を出した。奥の部屋は仮眠室になっているらしく、泊まり込みの時とかに使うらしい。


 何でそんな事を知っているかというと、食堂に向かう途中の廊下で薬学の先生に拉致された。そしてこの部屋に放り込まれ、普段どんな風に使っているのか先生自ら解説したのだ。唐突過ぎて面喰らっている僕を置き去りにして、お茶を淹れてくる。と奥の部屋に消えて行った先生は絶対にマイペースだと思う。

 そういえば中身が危険な薬品だと言いながら渡してきた時もマイペースだったなと思い出し、向こうが好き勝手に振る舞うなら僕もそうするかと半ば開き直って準備室を物色し始めたのだ。


 薬学の準備室だからか薬品の匂いが入り混じっていたが、意外な事に部屋自体は清潔だった。ホコリも落ちてないし、窓なんかピカピカに磨かれている。掃除用具でさえも手入れされている事に驚きを隠せない。薬学の先生は無気力というかいい加減な性格の人物だと思っていたのに。案外綺麗好きなのかな。と考えていると先生がテーブルに紅茶の入ったカップを置いた。


「紅茶しかなくて悪ぃな。だが味は保証するぞ」


 湯気が立ち上る紅茶を見ても怪しげな()は一切視えないので、そのまま紅茶に口を付ける。思いの外美味しいそれに感心しつつカップを置き、目の前に座る薬学の先生を見据えた。

 彼は口元に薄い笑みを浮かべ、此方に自分が何を考えているのか悟らせないようにしている様に見える。なんとなく彼が魔学のロイド先生と重なり、知らず知らずのうちに身体が強張った。


「今日はなんの用事ですか? ハロルド様が食堂で待っているんですが」


「あの皇子様には既に伝えてある。心配しなさんな、用事が済んだら返してやる」


 灰色の瞳を見ても嘘は付いていない。ならハロルド様に断りを入れているという話も本当なんだろう。姿が見えない僕をあの皇子様が捜さないはずがないし。そんな動きがあれば風の声や怪異たちが教えてくれる。


 納得していると、薬学の先生は菓子折りのような物を机の上に置いた。……何で菓子折り? 内心訝しみながらもそれを凝視していれば、先生は迷惑料だと言う。

 迷惑料と言われても全く心当たりのない僕からすればちんぷんかんな話だった。そもそも薬学の先生が僕に迷惑を掛けた事なんて有ったっけ?


 一つ思い当たるとすれば危険な薬品が入った段ボールを旧校舎の西棟まで運んだくらいだ。でも確かその時は先生が駄賃をくれたはず。あれから結構経ってるしその時のお礼とは考えにくい。


「先生に迷惑を掛けられた覚えが無いんですが」


「オレじゃねぇよ。この前リックがお前さんに会いに来ただろ? アイツがお前さんに迷惑を掛けたから渡してくれって頼まれたんだ」


 リックの名前が出て、自分の表情が強張ったのが判る。確かに数日前いきなり部屋に現れたリックにキスをされた挙句、それを同僚のエリオットさんに見られ恋人と勘違いされたという思い出したくもない様な迷惑を掛けられた。遊びか何なのか知らないがああいう人の心を弄ぶ様な真似はやめてほしい。けれどリックは悪魔だから聞き入れる事はしないだろうな。


「……で、何故菓子折りを当のリックではなく先生が? あ、美味しい」


 菓子折りの封を開け目で毒が入っていないのを確認し、お菓子を一つ手に取り食べると甘くてしっとりしている。

 詫びの品が菓子折りといい、中身が僕の好きなクッキーといい、いつの間にリックは僕の好みを把握したんだろう。

 彼の前でお菓子を食べた記憶が無い僕からすれば心底不思議だけど、追跡魔法で僕の行動把握しているらしいから好みも把握済みなのかも。


 ムシャムシャとクッキーを頬張る僕を片手で頬杖をつきながら見ていた薬学の先生は何かを得心したように頷いた。


「その眼、便利だな。誰から貰った?」


 突然薬学の先生に質問され、きょとんと首を傾げる。目? 目って言ったのか? 貰うって、そもそも目は元々人間に付いてるものですけど……


「目は元々人間の身体のパーツの一つですが……?」


「え? ああ、いや、その目じゃなくてな。こっちの事だ」


 そう言った薬学の先生の右目が赤く染まる。魔力の塊なのか右目から禍々しい()が視えて、咄嗟に顔を逸らす。見てはいけない類の物だと脳が判断した無意識のうちの行動だった。


「俺たち悪魔は一人につき一つ、魔眼と呼ばれる『眼』を持っていてな。能力は個人で違うが、大体強力な能力を持つ魔眼が多く、上級悪魔になると魔眼の質は更に良くなる。そして人間君が今菓子折りに使った眼は、魔眼に近い物だ」


 魔眼……悪魔にはそんな物があるのか。と話を聞いてる途中から、明後日な方へ飛んだんですが? 僕の目が魔眼?? 薬学の先生は近い物だと言ったが、魔眼同然なのは確かだろう。だって薬学の先生の表情が生き生きしてるもん。普段は無気力を具現化した様な表情なのに。

 ただ、僕の目が魔眼という推測は間違っている。自分の瞳が特殊なのは理解しているが、実はこの目は神様の嫌がらせオプション能力の一つに過ぎない。まあ便利っちゃ便利だから目に関しては有り難く使わせてもらっているけど、その事を薬学の先生に説明するのは……ちょっとしんどい。どこから話せばいいのか全く分からない。


「えっと……この目は生まれつきなので、魔眼とは違うかと……」


 神様の嫌がらせオプション能力について言うのは簡単。けれどその場合根掘り葉掘り訊かれてうっかり前世の事まで話してしまったら目も当てられない。だから此処は生まれつきだと言って乗り切る事にする。あながち嘘でも無いし。


「ほぉ、そうなのか。それでリックが来ない理由だったか? アイツは今多忙でな。お前さんに会いに行く余裕が無いんだと」


 意外にも薬学の先生は今の説明で納得したらしく、リック自身が来れない理由を語ってくれた。

 しかしリックが多忙って、この前会った時は全然そんな素振りじゃなかったけど。

 その事を伝えると、薬学の先生は何故かニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら現在の魔界の状況を話し始める。


「今、魔界には反魔王派の反乱軍が現れてうちの軍とどんぱちやってんだよ。まあ敵さんの方は余力が少ねぇみたいだから、後一ヶ月くらいで蹴りが付くだろうが」


 そういえば魔王の私室で、炎を吐く女性の悪魔が西軍の陣頭指揮がどうのと騒いでいたのを思い出す。あの時はその事を訊ける空気では無かったし、僕には全く関係のない事だからスルーしてたけど……


「どんぱちって……それにリックも参加してるんですか?」


「それが今回はちょっと複雑でなぁ。反乱軍の要求は魔王様の側近であるリックを魔王に即位させる事なんだよ」


 薬学の先生が、面倒だよなぁ……と呟き空中を見据えているのを横目で見ながら、リックの魔界での立場が相当悪くなっている事を考える。


「魔王は基本的に下剋上する事でなれるが、現魔王が指名する事で魔王になる事もできる。後者は滅多に無いが、反乱軍のヤツらが魔王様にそれを要求した所為でリックがな……」


「牢に入れられでもしましたか?」


 あの魔王様なら例え側近相手でも反乱分子かもしれない奴は容赦なく地下牢とかに繋ぎそう……。あ、だからリックはこっちに来れないのかな。ヒオネさんと闘ったのを見た時はかなり強い悪魔だと思ったんだが、魔王には敵わないんだろうか?


 色々な考えを巡らしていたが、薬学の先生の発言により自分の認識が甘かったと知る事になる。


「いんや、リックのヤツは反乱軍の要求を聞くや否や『俺面倒事とかご免だから〜』と笑って反乱軍のヤツらに極大魔法をぶっ放したんだ」


「極大魔法!?」


 極大魔法とは魔法の中でも最上級に位置付けされる魔法であり、魔力の消費量がえげつないため滅多に使われない。僕も魔剣を媒介にして使った事があるが扱いがムズいし使ったら一日寝込む事になるし、威力が強すぎてターゲットどころかあわや近隣の土地を焼き尽くすところだった。

 そんな強力な魔法を面倒だからという理由で使ったリックは、先生の話じゃ使い終わったあともけろりとしていたらしく、周囲の悪魔達を恐怖に陥れたようだ。ニコニコ笑っているリックと悪魔達の怯えた顔が瞬時に想像できた僕は乾いた笑い声しか出せなかった。


「まあその所為で敵さん達は勢力を削がれ一気に劣勢に立たされたんだけどな」


「それで一ヶ月で片付きそうだと……」


「ああ。だからすぐにリックに会えると思うぞ」


 危うく紅茶のカップを取り落としそうになり、その勢いでガチャンッとカップがけたたましい音を立てる。

 けれど先生の言葉が信じられなかった僕はそれを気にする余裕もなく、ただ茫然と薬学の先生の顔を凝視した。


 僕の反応を見てニヤニヤと笑う薬学の先生に、してやられたと気付き思いっきり睨んだ。が、大した効果はない様で先生は怯える素振りもなく僕から視線を外そうとしない。


「そう怒りなさんな。それにしても、お前さんといいリックといい、他人に興味無さげな奴らが惹かれ合うとは。運命ってのはほんと不思議なもんだ」


 薬学の先生の言い草に納得出来ない僕は眉を顰めた。僕とリックが惹かれ合ってる? どこをどう見たらそんな考えに至るのだろう。胡乱げな眼差しに気付いた薬学の先生は、口元に笑みを浮かべただけで何も言わない。そして立ち上がると窓を開け、そこに寄りかかった。

 胸元からタバコを取り出し火を付けて吸い始める先生の行動をじっと見つめていると、灰色の両目が僕に視線を向ける。瞳の奥には隠しきれない愉の感情が露われていて、やはりこの人はリックと同じ悪魔なのだと思った。


 紫煙をくゆらす薬学の先生は暫く僕の顔を眺めた後、こう訊いてきた。


「人間君、お前さんの故郷はどこだ?」

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