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サロンで謁見

 学校が終わって靴箱まで行くと中に手紙が入っていた。禍々しい()を纏ったそれに触れる事なく風魔法でゴミ箱に捨てて門に向かう。門の前には物凄く目立つ豪奢な馬車と難しい顔で立っているハロルド様。

 僕が近付くとハロルド様の強張っていた表情が嘘の様に笑顔になったので、あ。猫被った。と瞬時に思う。気持ち悪い程にニコニコするハロルド様に恐怖を覚えながらも色んな意味で目立つ馬車に乗り込んだ。


 車内でもハロルド様はニコニコしている。皇太子というのは何かと忙しいみたいだしとうとう気でも遣ったのかと失礼な事を考えながら、いい加減痺れを切らし僕の方から沈黙を破った。


「さっきから気持ち悪いくらいニコニコしてますけど、何でそんなに緊張してるんですか?」


 人と会うだけだというのに、ハロルド様は朝から様子が可笑しかった。そもそもそんなに僕を会わせたくないのなら断れば良いだけの話だと思う。皇太子の立場であるハロルド様なら断るのは簡単な筈なのに。それとも政治絡み? もしくはハロルド様が断れない程の相手とか……


「もしかして、これから会うのってハロルド様のお父さんとか?」


 うぐっ。と途端に顔色を悪くしたハロルド様を見て、僕は大きく目を見開いた。適当に言っただけだが、ハロルド様の蒼ざめた様子から正解とみえる。


「陛下が人間の僕に会いたがってるんですか? その場で殺されたりしませんよね?」


「いや、父上はそんな事する様な獣人じゃねぇよ。それに会いたがってるのは父上じゃなくて母上で……」


 そこまで言いかけて口を噤んでしまったハロルド様。どうも母親が苦手らしい。


 学園に入学する前はゼス様の下で働いていたから、宮廷内で皇后を見かけた事はある。美しい金色の髪が特徴的で、いつも皇帝陛下の横で嫋やかに微笑んでいた。その微笑みから滲み出る慈愛は見る者の心を癒すという事で、国民から圧倒的な支持を得ている。


 あの女神を思わせる風貌の皇后に対して、息子のハロルド様がここまで緊張するなんて……

 民には優しくても息子には厳しいとか? 皇后様も家族の前では素で振る舞っているのかもしれない。


 と、あれこれ邪推しているとハロルド様が大きなため息を吐いた。右足を左の太腿へ乗せ、その上に右肘を置いて頬杖を付く。サラリと前髪が流れて翡翠の目に掛かり、その動作が妙に色っぽくて一瞬息を吸う事を忘れてしまった。


 綺麗な緑色の瞳をじっと見つめていれば、その目がニヤリと笑う。


「見惚れるほどカッコいいだろ、俺は」


 自信満々にそう宣う姿があまりにも面白くて。相手が皇太子だという事も忘れてゲラゲラ笑うとハロルド様は不満そうに唇を尖らせる。


「……んな笑うかよ?」


「ふっ、普通、自分で……っ! 言いませんよ……っ」


 ツボに入ってしまって中々笑いが収まらない。それでもなんとか返事をして笑うのを止めようとするが、ハロルド様を見る度に笑ってしまう。


「す、すみませっ……ふふ、ははっ!」


 謝ろうとして途中で我慢出来なくなり再び笑う僕を見て、ハロルド様は付き合いきれんと言わんばかりに顔を逸らした。その横顔が拗ねているみたいで、まるで小さな子供に見える。


 さすがにこれ以上笑うのは可哀想なので、なんとか笑うのを堪えた。

 あー、笑った笑った。こんなに笑ったのって生まれて初めてかもしれないと気付き、ふとハロルド様にお礼を言いたくなった。


 けれどすっかりヘソを曲げてしまったハロルド様は此方を見ようとしないので、僕は思った事をそのまま言った。


「ハロルド様はかっこいいですよ」


「なっ……!?」


 僕の言葉を聞いたハロルド様は一気に頬が赤くなり、しかしその事実を隠すかの様に僕を睨めつけた。でも赤くなった表情が可愛くて、あんまり怖くない。僕はにっこりと笑顔を貼り付けて、もう一度ハロルド様に言う。


「聞こえませんでしたか? ハロルド様はかっこいいですよ」


「もういいっ! 分かったからっ!!」


 更に顔を赤くするハロルド様。耳と尻尾が忙しなく動き、せっかく笑いが収まったというのにまたツボにハマってゲラゲラ笑い続けた。


「アディって時々Sな性格になるよな……」


 疲れ切った様子のハロルド様は馬車に乗る前よりぐったりしていたので、降りた時に騎士団長が口をぽかんと開けて驚いていた。何があったのかと訊く騎士団長に対してハロルド様は何も訊くな。と釘を刺した。それに従順に従う騎士団長は忠犬だなと思ったのは内緒だ。


 皇后様が待っているというサロンまで従者の人が案内してくれたのに、なぜか扉の前で動かなくなるハロルド様。一向に動きのない背中を眺めながら業を煮やした僕は、彼の顔を覗き込んだ。

 ハロルド様は険しい表情で扉を睨みつけていた。よもやそんな顔をしているとは思いもしなかったので、軽く息を吞む。


「……殿下。そろそろお入りになっては如何でしょうか? 約束の時間を五分も過ぎていらっしゃいます」


 騎士団長がハロルド様を促すと彼はようやく動き出し、ノロノロと扉を三回ノックした。顔色は相変わらず悪い。馬車の中では生き生きとしていたから、大丈夫だと思ったんだけどなぁ。


「母上、ハロルドです。言われた通りアディを連れて━━」


「よく来てくれましたねっ!」


 バンッといきなりドアが大きな音を立てて開き、その向こうから金色の髪を高く結い上げた女神だと思わせる美女が立っているのが見えた。突然の皇后様の登場に唖然としていれば、ハロルド様の怒声が響く。


「母上! 急にドアを開けないでください! というか何でそんなに興奮して……」


「まあまあ、ハロルド。話は座ってからにしましょう。あ、貴方がアディさんですか! ハロルドから話は聞いています。今日は私のお茶会に応じてくださり、ありがとうございます」


 あの慈愛たっぷりの笑顔を向けられ、しばしの間見惚れてしまう。そのご尊顔を間近で見られるのも奇跡と言っていいくらいなのに、話しかけてもらえた。今までは宮廷に居ながら姿を見かけるだけだったからか、変に緊張してきた。


「いえ、こちらこそ。皇后様に直接お目見え出来るなんて、光栄です」


 緊張しきった様子に気付いた騎士団長が、席まで案内して座らせてくれる。僕の右隣にハロルド様が腰を下ろし皇后様はハロルド様の隣ーー僕の真正面に座った。


「アーノルド、申し訳ありませんが貴方は外で待機してもらえますか?」


「承知致しました」


 軽く騎士の礼を取った騎士団長は身を翻させサロンから出て行く。その背中を見送った皇后様は僕の方を向いて。


「ずっと貴方に会いたかったんです。ずっと」


 榛色の瞳を柔らかく細めた皇后様はそう言った。けれど彼女の言う事が予想を遥かに超えていたので、どうしてもフリーズしてしまう。美しい笑顔を浮かべる皇后様を直視する事が出来ず、視線を彷徨わせているとハロルド様が助け船を出してくれた。


「母上、一応断っておきますがアディは女の子です」


「あら、知っていますよ。ハロルドが教えてくれたでしょう?」


 不思議そうに首を傾げる皇后様を見て、ハロルド様はゲンナリとした顔つきになった。先程から彼は母親の皇后様の前でコロコロ表情を変えている。これも素の一部なんだろうか。


 新しい一面を見たなぁ。と思いながら皇后様に視線を戻す。

 あの美しい笑顔を浮かべたままだったけれど、彼女が僕に会いたがる理由を知りたかった。

 皇后ともあろう立場の方が、人間の僕をどうして……


「なぜ、僕に会いたいと……?」


 そう問うと、皇后様は榛色の瞳に優しい眼差しを含ませ此方を真っ直ぐに見つめた。


「以前、私のドレスに付いたシミを落としてくれましたわよね。そのお礼を言いたかったんです」


 皇后の着るドレスにシミ。それを聞いて一年前の記憶が蘇る。

 ゼス様の仕事部屋に向かう途中、泣き崩れる一人のメイドに会った。ひどく落ち込んでいたのでどうしたのかと声を掛ければ、皇后様が一番大切にしているドレスをダメにしてしまったらしい。

 件のドレスを見せてもらうと、メイドが号泣するのも無理ないと思うほど汚れている。色が純白だからか余計に目立っていた。

 このままでは首を刎ねられるどころじゃない。と更に泣き出すメイドを前にして、まあこれくらいのシミなら落とせるか。と厨房から大根を貰い、それをシミが付いたドレスに塗りたくっていく。

 最初は泣き崩れていたメイドは唖然とした状態でフリーズした。そりゃ食べ物を服に塗りたくれば当然の反応だろう。

 大根と一緒に貰った重曹を水に溶かし、ドレスに水を含ませる。風魔法でドレスを乾かすと汚れは綺麗に落ちていた。それを見て更に涙が引っ込んだメイドに渡すと彼女は大喜びで受け取り、お礼を言って去った。


 あの出来事はドレスをダメにしたメイドしか知らないはずなのに、どうして皇后様が知ってるんだろう?


「彼女が正直に全てを話してくれたのですよ。ドレスを汚した事、ゼス殿の部下が助けてくれた事。本当ならいち早くお礼がしたかったのですが、ゼス殿に知らぬ存ぜぬを突き通されてしまいまして」


 皇后様は困った様に笑う。

 あの時は宮廷ではなくゼス様直々に雇われていたから、宮殿で働いている人達とは滅多に会わない様にしていた。

 ゼス様も皇族には近付くなと言っていたから、皇后様にその様な対応をしたんだろう。


「……でも、その時の人が僕だとなぜ分かったんですか?」


 素朴な疑問だった。メイドに名前は名乗らなかったし、獣人の振りをしていたから同一人物だなんて普通は思わないはずだ。それにゼス様の部下というだけなら候補はいくらでも居るだろうに。


「分かりますよ。ゼス殿の部下は総じて()()()ですから。それにあの冷淡家がわざわざ人間の監視役を申し出た。何か裏があると思うでしょう?」


 二つの榛色は爛々と輝き目の前の真実一つ一つを暴こうとする。物腰柔らかな皇后様という印象はこの時音を立てて崩れ去った。


「それに、他人に対して猜疑心の強いハロルドが唯一と言って良いほど庇おうとした人間ですから」


 榛色の強烈な輝きは色を失い、代わりに慈愛の色を浮かべた。

 ああ、この人はハロルド様のお母さんだと今更に思う。


「答えとしてはアディさんだから、になってしまうのだけれど。ハロルドが連れてくる人間です。きっと、とても良い子なんだろうと思っていましたの。当たりで良かったです」


 そう笑った皇后様の笑顔は、太陽の様で。キラキラと眩しいそれに一瞬目を奪われ、瞬時に国民からの支持が厚い事に納得した。

 本当は少し不安だった。嫌な顔をされたらどうしようかと。ハロルド様の親とはいえ、遠くからしか見た事がなく、話した事も無い。雲の上のような存在の相手は果たして国民のイメージ通りだろうか。それを確かめる術もなく、のこのこと来て。


 ()()じゃない人間に理解を示す者も居れば、不快感を露わにし攻撃する者や自分には全く関係がないと素通りする者も居た。共通しているのは全員受け入れる事は無かったという事だけ。


 なのに。眼前に座っているこの国一貴い身分の皇后様は受け入れてくれた。ハロルド様と同じ、心が温かくなる笑顔を向けてくれた。


「ありがとうございます、皇后様」


 自然と出た地声にハロルド様と皇后様は目を見開いたが、何も言う事なくただただ優しい笑みを浮かべるだけだった。


「アディさんの事、もっと話してくださいな。貴方の事をもっと知りたいのです」


 そう言ってくれた皇后様に内心照れながらも、学園で過ごす日々を語っていく。本当のお茶会はこれから幕を上げようとしていた。

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