最強とは2
目を開けると知らない場所に居て、おまけに椅子に座っていた。
唖然としたまま目の前に居る魔王を見ると、彼は口元に笑みを浮かべる。
「何を驚いている? 転移魔法は初めてではなかろう?」
「こ、こは……」
「魔王城の私の私室だ。邪魔をされない様に扉には施錠をしている」
テーブルの上に現れた紅茶を魔王は優雅に飲み出す。
「貴様も飲め。むろん毒など入っていないぞ」
魔王の言葉通り、紅茶を見ても何の色も視えない。恐る恐る口を付けると優しい味がした。それはまるで、レイモンドが淹れてくれた紅茶のように思えた。
紅茶のおかげでやっと魔王の顔をしっかりと見る事が出来た。
「どうして、僕の前世の名を知っているんですか」
「その前に、その口調はどうした? まるで別人のようだな」
指摘を受け、思わず目を逸らしてしまう。この口調は前世と同じ事が起こらないように変えただけだが、彼にその事を話しても大丈夫なのか。
顔見知りの雰囲気で名前を呼ばれたけど、魔族の王に会った事など一度もない。
彼の方は、僕が彼以外の異性と会うことをひどく嫌がっていたから。
「男装をするのに、口調がそのままではいけないと思って」
「そうか。ならば話し方を戻せ。寒気がする」
ひ、酷い言い様だな……いや、今まで受け入れられていた方が奇跡だったのかな。
「……分かりました。それで、私の質問に答えてくださいますか?」
敬語なのだからたいして変わらないんじゃないかと思いつつ、話し方を戻して声も高くすると魔王は表情を緩めた。
まるで懐かしむかのようなその表情に、どうしても府に落ちなかった。
「一目見て分かったのだ。貴様があの竜の番であったメルレディスだと。魂が良く似ていた」
「私は、前世で貴方に出会った記憶が無いのですが……」
「直接会った事は無かったからな。私が一方的に知っていただけのこと」
一方的、という言葉に違和感を覚える。
魔王はどうして、前世の僕に興味を持ったんだろう。たかが竜族の番なのに。
「竜の王妃に成る人間に、興味があった」
目を細めながら静かに語る彼の言葉に耳を傾け、思い出す。
あの時死ななければ王妃になっていたかもしれないという事実を。けれど他の竜族達は認めなかっただろう。人間が自分たちの上に立つことを彼らはとても嫌っていた。
そんな理由で殺された。
「……私が竜族に殺されたことは」
「知っている。表向きには病死扱いだが、あの竜が暴れた所為で番に何かあったのではないかと噂が立ち、竜族が火消しに躍起になっていたな」
「魔界が焼かれたと聞きました。なぜですか? 私を殺したのは竜族です。貴方がたに罪をなすりつけたのですか」
殺された時のことは、今でもはっきりと覚えている。だから竜族にだけは正体がバレたくない。
また殺されるなんて冗談じゃない。その為に男装をしているようなものなんだから。
「……そうか。貴様は知らないのであったな。確かにメルレディスを殺したのは竜族だ。しかし心を操っていたのは魔族だ」
衝撃の事実に息を呑む。
「待ってください。魔族は竜の国に入れないはずです。それに竜族が簡単に操られるとは……」
「ほう。貴様は奴らを過大評価しているようだが、実際は心など脆いものだぞ。現に、メルレディスへの憎悪が心に巣食っていたから付け込まれたも同然だ」
憎悪。それはある程度予想出来る理由だった。前世で私に優しくしてくれたのは、彼の方と護衛だった竜騎士、それに侍女だけ。
三人も居れば恵まれていた方かもしれない。彼の方と護衛の彼はともかく、侍女はどうしているだろう。
「暗殺を実行したのは竜族だが、黒幕は魔族。それを知った王子は、なんの躊躇いもなく魔界を焼き払ったのだ」
その時の彼の方の気持ちを想像して、胸がつかえる想いだった。
「……狡猾な魔族がやりそうなことですね」
皮肉った言い方にも拘らず、魔王は笑みを浮かべる。僕の嫌悪など一切気にしていない。
「それが魔族だ。貴様には悪い事をしたと思っているが、私も魔族の身であるからな。同胞の気持ちも分かるのだ」
「なら、どうしてその魔族は私を殺そうとしたんですか?」
僕の問いに、魔王は少し考える素振りをしてから話し出した。
「我々魔族が信条としているのは、己の感情だ。感情の赴くままに行動する。面白いと思った事は全力で愉しみ、殺すと決めた奴は徹底的に滅ぼす。貴様を殺した竜族を操っていた魔族は、単に面白そうという理由で行動していた。殺すつもりなど無かったのだろう」
次の瞬間、部屋中が氷漬けになった。冷たい冷気を放つ僕を魔王は冷静に見つめている。
腹の底からムカつきが起きて、考えが纏まらない。
魔王を囲むように氷を張り巡らせ、逃げないようにした。
「ふざけるな。だったら僕は何のために……彼の方が優しく迎えてくれたから、僕は……」
竜族がメルレディスを憎く思っていたのは知っていた。けれど彼の方が守ると約束してくれて、護衛の竜騎士と侍女も協力してくれるというから安心しきっていた。
しかし彼らが留守にしている間に殺された。前世では今のように不思議な力を使えなかったから、抗うことすら出来なかった。
あの時は竜族の仕業だと思ってたのに、魔族も一枚噛んでたなんて。しかもふざけた理由で……!
「面白いから!? だからなに!? 僕がどんな気持ちで嫁いだと思ってるんだ!」
ありったけの声量で叫び、拳をテーブルに叩きつける。
「殺すつもりがなかった? でも実際僕は死んだ! 理不尽に殺された挙句、その理由が面白いからだって? あんたらは人の命をなんだと思ってんの!」
パキパキと氷にヒビが入り、崩れ落ちる。
魔王は一瞬顔を顰め、手を伸ばしてきた。
「一度落ち着け。貴様の身が持たんぞ」
言うに事欠いて落ち着け? 出来るわけないだろそんなこと。
そう思っていると、魔王の手が僕の手首を掴んだ。驚くほど熱い体温に呆気にとられる。
「落ち着けと言っただろう。魔剣の氷に呑まれる気か」
ハッと自分の身体を見ると、半分以上氷に覆われている。魔王の体温が異常に熱いわけではなく、僕の皮膚の熱が冷え切って体温を奪っていた。
呼吸を整えると氷は消え去り、椅子に深く腰掛ける。
「心を操ったことで憎悪が肥大化し、殺意にまで変わった。そして心を操っていた魔族にとっては想定外の出来事だった……そういうわけですか」
「ああ。メルレディスが死んだあと竜族に憑依していた悪魔が逃げ帰って来てな。竜の王子の番を殺してしまったと私に泣きついてきたのだ」
「……その悪魔は」
「あの竜に引き渡したが?」
顔も名前も知らない悪魔の末路を想像する。生きてたら文句を言ってやりたかったのに、死んでるなんて。
「そうですか……」
「会いたくはないのか? 己の仇に」
魔王の言葉に耳を疑った。
あれから数百年ぐらい経っている。今も生き続けているとは思えなかった。
「その悪魔は竜族に引き渡されたんですよね? なら生きてるはずが……」
「それはどうであろうな。あの竜は大変憤って居ったし、死よりも凄惨な生き地獄を味わせてやると宣言して連れて行ったからな」
優しかった彼の方の言葉とは思えない言い方にゾッとする。やっぱり、番を喪って変わってしまったんだろうか。
「……いえ。もう竜族に関わりたくありませんので」
「そうか。ならば先日の一件はさぞ堪えたことだろう。なにせ結ばれるはずだった男の血を引く子に出会ってしまったのだからな」
思い出したくもない感情が蘇る。竜族の王子を見た途端、一瞬で心が凍りついた。彼の方と再会しても無駄なのだと思い知らされた。
本気で倒してやろうと思ったのも、竜族への当てつけに過ぎない。
俯いたまま黙り込む僕を見兼ねてか、魔王は先ほどよりも優しい声で語りかける。
「落ち込むこと無かろう。最強の種族と呼ばれているとは言え、竜族は完璧では無い。そもそも奴らは最強の定義に当てはまらんしな」
「最強の定義……?」
魔王は軽く息を吐き出すと、分厚い本を本棚から取り出した。とあるページを開いて見せてくれたが、それには竜と思しき真っ黒い生物の不気味な絵が描かれていた。
「竜は古の時代から、魔神の一人として存在し絶大な魔力でこの世界を牛耳っていた。とある人間たちに祓われるまではな」
その話には、聞き覚えがあった。実家に居たころ、何度も教え込まれた先祖の武勇伝。そして人間神話として広く知られている伝説。
「その一族は、魔神の魔力に匹敵するほどの霊力を身に宿していた。自然の力を操り、妖怪と呼ばれる者たちを使役する伝説の人間──」
「ルーチェ……」
思わず口から溢れたその名前に、魔王は目を見開いた。
「なぜその名を知っているのだ?」
「……教本で読んだことがあります。人間の間では唄などで語り継がれていますから」
尤も、それを他種族の前で唄うことは禁忌とされてるけど。
「ルーチェと呼ばれた人間たちは、悪しき魔物を祓いこの世界を救った。……ずっとお伽話だと思っていました」
「確かにルーチェは伝説上の扱いになってはいるが、それは竜族による隠蔽だ」
どうして竜族が隠蔽をする必要があるのか。そんな思いが魔王に伝わったのか、彼は次のページを捲った。
手の内に真っ白い光を宿す人間と、口から黒い炎を放とうとする竜。
「殆どの黒い竜と思しき魔神はルーチェによって祓われた。しかし二、三匹取り逃してしまった。その黒き竜から生まれ出し者たちが、今の竜族だ」
ある程度予想のつく話ではあった。この前ミリウス王子と闘った時、真っ黒い色を視たのだから。
「今の竜族は、魔神の末裔……」
「ここまで話せば、貴様も大方の予想はついておるのだろう? 竜族はルーチェに敗れ去った。だから人間を目の敵にし、敵とならないよう世界の支配者として君臨しながら人間を日陰に追いやったのだ。竜族からしてみれば、ルーチェの末裔が再び現れれば自分たちの地位を脅かされる事になるからな」
そこで一旦区切り、魔王は真剣な表情で僕を見据えた。
「よいか、メルレディス。ルーチェは魔神以上に強い力を持っている。この世界での最強とは、ルーチェ一族だ。しかし竜族はそれを認めはしないだろう。もし竜族を倒すほどの人間が現れたなら、それはルーチェの血を引く者」
ああ、魔王は全て知っていてこの事を話したのか。そりゃそうだ。僕は先日その竜族をこてんぱんに倒してしまったから。
「だから竜族は最強の定義に当てはまらないんですね……」
竜族を上回るくらい強い種族が存在するから。ふと、僕より早く実家を出た兄たちが心配になった。
彼らも十分強い力に恵まれていたから、余計に。
「メルレディスよ、竜族には気を付けろ」
魔王の忠告に、僕は力なく笑った。
「分かりました。ところで、この話は誰がどこまで知っているんでしょうか?」
人間神話は教本としていくつか残っているけれど、それらは全て獣人が人間を憎く思うように利用されている。
先祖であるルーチェ一族の話に関しては口頭でしか伝えられず、それを知るのはルーチェの血を引く子孫とおそらく竜族のみ。
でも、魔王はこの伝説を知っていた。しかもただの伝説ではなく、現実に起こったことまで。
「長寿の種族や王族・皇族は口頭のみで伝えられているだろうな。かなり捻じ曲げられているかもしれんが」
つまり、竜族の先祖が魔神だということは知らされてないかもしれないってことか。
納得していると強い魔力がこの部屋に近づいて来ているのが分かった。魔王を見れば呆れたように呟いた。
「彼奴は少し待つことすら出来ぬのか」
ガンッと扉に衝撃が走ったが、開くことはなく。扉の外で殺気を放つ彼を想像して、苦笑するほかなかった。




