吸血鬼と仲良くなりました
茹だるような暑さの中、水を求めて三千里。とは言い過ぎだけどなんなのこの暑さ。やってられない。最近はベルティナも忙しそうにしてるし。(理由は知らない。)
ガーデンテラスまであとどのくらいだっけ?と考えた矢先、何かが足にぶつかって危うく転びそうになる。なんとかバランスを取って転ぶ事は避けた。……てか今のなに?
先程の転けかけた場所をよく見ると誰かが倒れている。慌てて傍に寄ると顔色がほぼ真っ白だった。こ、この場合保健室に連れて行くべき?と悩んでいると同じ学年と思われる少年の口元が光った。目を凝らすと鋭い牙の様なモノが見えた。
……あー、うん。成る程。この少年、一見人間に見えるけど種族はヴァンパイアか。太陽に弱い吸血鬼がこんな陽光差し込む場所に居たらそりゃ倒れるよな。
おまけに吸血鬼はその名の通り人間の身体の血液を吸い取る。吸血には二度と体験出来ないほどの快感が伴うらしい。まあ吸血されたが最期死んじゃうもんね。
ふむ。さて、僕は彼を救うべきか否か。僕が見捨てて死なれたら寝覚めが悪いし罪悪感半端ないし、かと言って助けたら逆に吸血される羽目になるんじゃ……うん、どっちも嫌だ。
仕方なく同じ吸血鬼の奴を呼んでこようかと考える。仲間が瀕死の状態だって伝えれば助けにくらい来るだろう。待てよ、少年をこんな目に遭わせたと言い掛かりを付けられたら?人間の言うことを聞く獣人なんかいない。
吸血鬼の少年は未だ衰弱し切ってる。僕は覚悟を決めて少年の身体を日陰まで引っ張り、誰も居ない事を確認して手を翳す。必死に祈りを込めるとぶわりと霊力が少年の身体を包み、癒していく。
これも神様の嫌がらせオプション能力で出来る技だ。人以外の種族ならどんな怪我でも治せる。死んだら治せないけど、目の前の彼は徐々に彩度を上げていく。
本来の色に戻ったところで手を離す。疲れた、物凄く。意外に体力居るんだよなぁ、これ。吸血鬼君を見ると穏やかに眠ってるし、あとは自力で目覚めるか。
そう思ってその場を去った。この時は完璧だと思ってたのに……
「飲まないの?」
そう言って彼は自分の分のアールグレイを飲む。その動作を目だけで追いかけ、どうしてこうなったのかあの日の自分の行動を呪う僕。
気紛れで吸血鬼君を助けた次の日、人目のないところで彼に拐われた。やっぱり恩を仇で返す気かと身構えたものの彼はお礼がしたいだけだと言う。
「あんたは気まぐれだったのかもしれないけど、俺は死んでも可笑しくない状況だった。救ってくれたあんたに感謝こそすれ、襲おうだなんて考えないよ」
笑って言う吸血鬼君、もといレイモンドは本気で吸血する気がないらしい。それなら安全かと紅茶に手を付けるとかなり美味しかった。それを見透かされたのかレイモンドは微笑んで。
「俺が淹れる紅茶は同族の間でも評判なんだよ。アディもでしょ?」
因みに既に名前は知られてた。拐う前に一度調べたらしい。そして僕の耳にレイモンドがヴァンパイアの中で上位の吸血鬼という情報は入ってこなかった。
本当になんで助けちゃったんだろ。あのまま灰にしてやれば良かった。後悔の念に囚われているとレイモンドは更に追い討ちをかける。
「例えあの場でアディが俺を見捨てても最終的には報復の対象だったよ?」
「はぁっ!?」
驚いて大声を上げてしまうが、構ってられない。あの場には誰も居なかったのになんで一緒に居たのが僕だって判るわけ?
「獣には劣るけど俺らも人間の臭いくらい追えるし。それに吸血鬼は魔術の使い手だからどっち道アディは見つかってたんだよ」
……ヴァンパイアを甘く身過ぎていた。ガンッと額をテーブルに叩きつけうぅ、と唸る。なんかレイモンドが大笑いしてるけど、僕は知らん。
「でも安心してよ。今回はアディの霊力を追って見つけただけだし、この事は帝王にも報告してないから」
帝王とはヴァンパイアの頂点に君臨する長の名称だけど、瀕死になった事を伝えなくて良いのかと心配になる。けれどレイモンドは笑い飛ばして。
「だって伝えればアディ見せ物になると思うよ?俺がしたいのはお礼だから」
黙ってる代わりに、またお茶会しようね。と満面の笑みで言うレイモンドに僕は折れる他なかった。