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確執

 昼の十二時を知らせる鐘が鳴ると、ハロルド皇子は立ち上がった。


「もう飯時か。アディは弁当派? 食堂派?」


 この学園には東側の棟に巨大な食堂が設置されている。種類も豊富で尚且つ低価格で頼めるので主な利用者は一般生徒だ。

 対して家からお弁当持参の人は、貴族階級の人達が多い。


「食堂派です」


 そう答えるとハロルド皇子は、よし。と扉の方へ歩き出す。


「んじゃ食堂行くか」


「ハロルド皇子はお弁当じゃないんですか?」


「いっつも食堂だぞ」


 へぇ、気付かなかった。そう思いながら彼の後ろを着いていくと、急に此方を振り返った。何だろうと翡翠の瞳を見返せば、不満そうに唇を尖らせる。


「ハロルド皇子って呼ぶの、やめてくれ」


 なぜそう言うのか分からず、首を傾げる。


「ハロルド、様……?」


「ん……まあそれでも良いか」


 納得したように笑うハロルド様は機嫌が良いのか鼻歌を歌い出す。彼の周りも明るい()に包まれて、なんだかこっちまで和ませられる。


 食堂に着き、空いている席に座ろうとしたらハロルド様に腕を引かれる。


 二階部分の開放的なカフェテリアに行くと、そこにハロルド様は腰を下ろした。僕も隣に座ると飛び込んできた光景に目を細める。


 此処からでは一階全体が余すところなく見渡せる。更に此方の姿は見えていないのか、誰も気にする素振りが無い。

 これなら例え刺客が襲い掛かろうとしても対処しやすいだろう。


(皇族であるハロルド様が食堂を使えるのは、建物の構造が関係しているのか)


 貴族階級の人達が食堂を使えないのは、命を狙われる危険が高まるから。白昼堂々と、それも学校という場で暗殺が行われるなんて身の毛もよだつが、そういう事が起きないように建物の構造も考えて造られている。


(ゼス様に聞いていた通りだな)


 おそらく一階は一般用、二階は貴族用といったところかな。

 そう考えてふと気付く。

 貴族でもない僕が、此処を使って良いんだろうか?


「あの、ハロルド様」


 運ばれてきた料理を眺めていたハロルド様が、ん? と僕に視線を向ける。というかカフェテリアなのに何で料理が運ばれてくるんだ。


「どうした? ああ、嫌いな料理でもあったか? 食べられない物があれば俺かアーノルドが食べるから、気にしなくて良い」


 山盛りに積まれた料理も圧巻だが、僕が気にしてるのはそこじゃない。


「このカフェテリア、僕が使っても良いんでしょうか」


 彼はなんだそんな事か。と呟きながら肯定する。


「構わない。言っただろう、知らしめると。一緒に行動していた方が分かりやすい」


 ハロルド様が言うなら大丈夫だろうけど。口を閉じた僕は料理の皿に手を触れる。料理からは禍々しい()は視えないから、毒は入っていないだろう。


 肉を口に入れようとして、ハロルド様の叫び声が上がった。驚いて肉が落ちたけど皿の上だからセーフ。


「どうしました」


「どうしましたもあるか! 毒味もせず料理に手を付けるな」


「毒なんか入ってませんよ」


 否定したのに疑う()を纏わせるから、ハロルド様の前でお肉を食べる。咀嚼し終えて飲み込むと、ハロルド様はテーブルに突っ伏した。


「行儀が悪いですよ」


 注意したが彼はぶつぶつと何かを呟いている。

 放って置いても大丈夫そうだな。

 そう結論付けた僕は食事を再開した。


(このお肉美味しいな。なんの肉だろ)


 黙々と食べ進めていたら、背後から声を掛けられた。


「アディ、ハル。二人揃ってお昼?」


 振り向くと、黒いフードを深く被ったレイモンドが立っていた。


「やあ、レイ。珍しいな、この時間帯にお前が北の校舎から出てくるなんて」


 親しげに話しかけたハロルド様は直ぐに分厚いカーテンを掛けて、レイモンドを空いている席に座らせる。

 けれどハロルド様の表情は心なしか強張っていた。


「ちょっと医務室に用があって。アディは何でハルと?」


「見せしめだってさ」


 たった短い説明なのに、聡い彼はそれだけで状況を把握したらしい。黒曜石を連想する黒い瞳が揺れて、不愉快そうに細められる。


 レイモンドが何かを言おうと口を開いた、その時。


 一階の方で悲鳴と何かが倒れる音が聞こえた。

 音の方へ視線を向けると人間の生徒が叫んで、近くにいる床に座り込んだ獣人に罵声を浴びせている。


(人間が獣人に強気? どういう事?)


 戸惑いながら人間の生徒をじっと見つめていると、ハロルド様が一階に続く階段を駆け下りて行った。その後を騎士団長も追う。


 僕も行こうと立ち上がり、ふと違和感を覚える。


 人間の生徒から、真っ黒な()が視える。悪意に塗れた、ドス黒い()。対して責められている様に見える獣人の生徒からは、怯えた()しか視えない。


(……そういう事か)


 どうして人間の生徒が嘘を付くのか解らないけど、見ていて胸糞が悪い。


 顔を歪めたまま下の階に降りる。

 既にハロルド様が二人の間に入って事情を聞いているようだった。


 ハロルド様の傍に近寄ると、彼は険しい顔をした僕に気付いて驚いた。ハロルド様の前で人間の生徒の方へ訝しげな視線を送った事に気づき、ハロルド様は再び生徒に向き直った。


「本当に彼が、君を襲ったのか?」


 人間の生徒はハロルド様に訊かれ、頷いた。


「はい。イライラしているから殴らせろと、いきなり頬を殴られて……」


 目の前に居る男子生徒の左側の頬は大きく腫れ、痛々しい。まあ、()()()()()()()と言うには不自然だけれど。


 僕は未だに蹲っている獣人の方に目を向けた。


 狼獣人のようで、立派な耳が後ろにペタリと倒れ込んでいる。おまけに尻尾まで丸めて、怯えきっている。おそらく臆病な性格なのだろう。


(だから『真実』も言えない、か……)


「っ、あの!」


 急に人間の生徒が大きな声を出したので、ビクッと肩が跳ねる。そんな様子の僕に構わず、男子生徒は僕との距離を詰めてきた。


「貴方は、昨日魔剣勝負であの竜族に勝った人ですよね? 俺たち見ていて感動しました! あんなに強い人間が居るんだって。今まで獣人達に虐げられていた俺たちだけど、貴方が居れば怖い物無しです! どうか、俺たちを助けてください。凶悪な獣人たちに暴力を振るわれるのは、もう嫌なんです。それを解らせるために、まずは俺を殴ったこの獣人を成敗してください」


 人間の生徒が言い切ると狼獣人の顔色が更に悪くなった。


 僕は僕でイライラしていた。彼の言い分は、何一つ()()が無かった。一体どういうつもりか知らないけど、僕はこの人間を助ける気なんて無い。寧ろ助けたいのは嵌められた狼獣人の方だ。


 狼獣人に向き直ると、彼は俯いたまま微動だにしない。纏う()は諦めきっており、静かに断罪されるのを待っていた。


 ゆっくりと狼獣人を眺めて、右手首に腕時計を付けているのが見えた。

 彼が座っていたであろうテーブルを見ても、ナイフは左、フォークは右に置かれていた。


 決定的な証拠を見つけた僕は、狼獣人の前に屈み込んだ。


 銀色の瞳が驚いたみたいに大きく見開く。その瞳に向けて笑いかければ、彼は瞳を揺らした。


「訊きたい事があるのですが、貴方の利き手はどちらでしょうか?」


 僕の質問に困惑した()を見せる狼獣人。そして苛立ったような人間の生徒は悪意を纏わせたまま声を荒げる。


「利き手がなんだっていうんですか? 早く彼を貴方の魔剣で倒してください。そいつは悪い奴なんですよ」


「黙っててくれる?」


 強い口調で殺気を飛ばしながら言うと、男子生徒は口を閉じた。代わりに狼獣人が口を開く。


「ーー左だ」


 彼がそう答えた瞬間、男子生徒の顔色が真っ青になった。

 やっと自分のミスに気付いたらしい彼は一歩後退るが、背後にはハロルド様が居て男子生徒の肩を掴む。


「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」


 真相を見極めているくせに、ハロルド様は首を傾げる。


「アディ、彼は一体どうしたというんだ?」


 ハロルド様が視線でさっさと話せと急かしてくるので、お望み通り真実を告げる。


「狼獣人の彼に殴られたなんて、嘘ですよね」


 僕の指摘に、男子生徒は明らかに狼狽だした。


「ち、違う! 俺は本当にその男に殴られて──」


「左の頬」


 指で男子生徒の腫れた頬と同じ場所をつつく。


「基本的に左の頬を殴られたなら、殴った相手は右利き。狼獣人は左利きだから、彼は犯人じゃありません」


 僕が明確に否定すると狼獣人の彼は安堵の息を吐いた。

 対照的に人間の男子生徒はワナワナと肩を震わせている。


「そんなのそいつが嘘を言っているに決まって……!」


「テーブルの上のナイフとフォークが逆なので、左利きで間違い無いでしょう。それから……」


 未だに自分の非を認めない男子生徒へ顔を寄せる。


「君は獣人に殴られたと言っているのに、随分ピンピンしてるんだね」


 男子生徒は僕の言う事が理解できないのか、困惑の表情を見せた。


「知らないの? 人間が獣人に殴られたりしたら普通は意識なんか保ってられないんだよ」


「え……?」


 茫然とする男子生徒は、今まで獣人に殴られた事なんて無いんだろう。なら何で嵌めるような真似をしたのか、それも聞き出さないと。


「知っての通り獣人は力が強い。力のある獣人に顔面を殴られたのなら、君の顔は頬が腫れるどころか骨折して歯も数本抜けてるだろうね。それにさっきからまるで怯える素振りがない。普通は突然襲われたりすれば恐怖心を抱くだろうに、君は平然としてハロルド様と話していた」


「そ、それは……ハロルド皇子なら助けてくれると……」


「ハロルド様は狼獣人の彼と同じ獣人なのに? 獣人同士ならともかく、人間が相手なら殴った事すら無かった事にされるとは考えつかなかったの?」


 キッと僕を睨みつけた男子生徒の瞳は怒りを宿らせていた。


「お前どっちの味方なんだよ! 獣人は俺たち人間をずっとこき下ろしてきた! 虐殺された過去だってある! これは報復だ! 今まで散々人間をコケにしてきた報いを、こいつらは受けるべきなんだ!」


 食堂のど真ん中でそう叫んだ彼に、獣人の彼らは暫く口を閉じていた。


 沈黙が支配する場で男子生徒はせせら嗤う。


「獣人は悪だ。俺たち人間を虐げる奴は全員悪だ! ……だというのに、何でお前は獣人どもに認められてんだよ」


 彼の怒りの矛先が、今度は僕に向いた。


「魔剣の持ち主? 竜族に勝った? そんな理由で優遇されるなんて意味分かんねぇんだよっ!! お前だって獣人に酷い扱い受けたくせに、何で復讐しねぇんだよ? お前の力があれば此処に居る獣人どもを全員ぶっ殺せるのに、何でそうしねぇんだよ? ただ力を持ってるだけで使わねぇなら、俺に寄越せっ!!」


 そう言って魔剣に手を伸ばした彼は、魔剣の事を何も知らない。

 魔剣に触れた男子生徒は絶叫する。


 右手を押さえて泣き喚く彼の手は、真っ黒に焼け焦げていた。


「魔剣は、自分の主以外が己に触れるのを快く思わない」


「っ……んだよ、なんだよそれっ!!」


 男子生徒は目を釣り上げ、僕に罵詈雑言を投げかける。


「悪魔野郎、どうせその力で獣人側に取り入ったんだろ。人間の恥晒し! お前なんか地獄に落ちろ! なんでお前みたいな力の強い人間が生まれてくんだよ! 余計に俺たち人間への風当たりが酷くなっただろーが!」


 殆ど謂れのない誹謗中傷と言い掛かりだ。僕が眉を顰めると男子生徒が何かを投げつけた。


(小型の魔道具……火薬の匂いがする)


 手榴弾だと判断した直後、僕の顔の前でそれは爆発した。


「アディ!?」


「ハッ、ざまぁみろ!」


 悲鳴と怒号が飛び交う食堂はパニックと化していた。


「その男子生徒を取り押さえろ! 誰か担架を持ってきてくれ!」


 ハロルド様の的確な指示で動いた人達には大変申し訳ない。

 だって、僕は全く()()()()()()()()から。


 煙が晴れるとハロルド様の驚いた表情が目に飛び込んできた。


「あ、アディ……? 無傷、なのか……?」


 ハロルド様の言う通り、僕は至って無傷だ。

 防御壁を創って爆発の被害はないし、火傷を負ったわけでもない。でも絶対びっくりさせたよね。


 僕が無事と知ると男子生徒は顔を大きく歪め、舌打ちする。


「くそっ、なんで、なんで……!」


 拳を床に打ち付ける男子生徒に、騎士団長が拘束する。


「貴方の身柄は宮殿騎士団が預かります」


「ふん、どうせ私刑だろ?」


「……は?」


 騎士団長の顔が困惑に満ちる。それを馬鹿にしたように嗤う男子生徒は、僕を睨みつけた。だから僕は、昔読んだ本の内容を教えてあげた。


「現世を生きる君が知らなくて当たり前だけど、今より遥か昔は、獣人は人間の奴隷だったんだよ」


「な、何言って……」


 衝撃の事実に口を開けたまま閉じる事はない男子生徒は、視線を彷徨わせた。


「虐殺もあったし、理不尽な扱いだって受けていた。今の人間のようにね。結局のところ、お互い様じゃない?」


「どこがお互い様だ! なら何で今は……!」


「昔は人間も当たり前のように魔法を使えた。それこそえげつないほどの魔力持ちなんて普通だった。けれどこの世界の神が人間を野蛮だと決めて、力を根こそぎ奪った。力を奪われた人間は獣人と立場が逆転し、最弱となった。だから僕らの今の状況は、有り体に言えば罰なんだよ。どう? 一番恨むべきは僕ら人類のご先祖様だと思わないか?」


 ()()の話をそれっぽく聞かせると、とうとう男子生徒は黙り込んだ。

 抵抗しないと判断した騎士団長に連れて行かれた男子生徒を見送った僕は、二階に行く。


「……どうして人間の黄金期を知ってるんだ?」


 食事を再開した僕にハロルド様が硬い表情でそう訊くから、正直に答えた。


「人間神話が書かれている本を読んだ事があるからですよ。ただの伝説でしょう?」


 そう話を振ったのに、ハロルド様は表情を崩さなかった。隣で聞いていたレイモンドも何も言わない。それが人間神話の話は実話だと証明している事に、二人は気付いているだろうか。


「レイモンド、紅茶淹れてほしいな」


 そう頼むとレイモンドは分かったと苦笑を洩らして紅茶を淹れてくれた。


 紅茶を飲みながら、ふと男子生徒の言葉を思い出す。


『なんでお前みたいな力の強い人間が生まれてくんだよ! 余計に俺たち人間への風当たりが酷くなっただろーが!』


(……そんなの、僕の知ったこっちゃない)


 望んで強く生まれてきたわけでもない。他人の風評被害など僕には関係ない。


 それでも、その言葉は僕の心の奥深くに突き刺さったままだった。

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