皇子の思惑と契約2
昨日の約束通りアディは生徒会室に姿を現した。
俺の隣にいるアランに一瞬顔が強張っていたが、大人しくソファーに座る彼女に呼び出した内容を話そうとしたところで、アランの冷ややかな声が音を発する。
「……本当にこの人間が、竜族に勝ったのかい?」
不機嫌も露わなアランを横目で睨んでも、効果はない。どうしても竜族を打ち負かした人間を見たいというから同席させたというのに、なんだこの態度は。
「ああ。だから昨日見に来いと言っただろう」
なのに来なかったのはコイツの方だ。
「貴様の戯言に付き合うつもりは無かっただけさ。ぼくは君と違って物事の本質を見極める能力が高い」
「その割にはアディが竜族に勝つなんてこれっぽっちも信じていなかったじゃないか」
「……普通は誰も予想しないだろ」
アランの言い分も理解できるが、あの時のアディの闘いぶりをコイツにも見せてやりたい。
正直圧巻だったからな。
と、二人で話を進めていたからか、アーノルドが咎めるように俺を呼ぶ。
「ああ、済まない。紹介しよう、生徒会副会長のアラン・モルギアスだ。彼の父は宮殿で魔術師団の団長をしている」
「……はぁ」
紹介してもアディの警戒心は解かれないのか、曖昧な返事をする。
(まあ予想通りだわな)
俺は実感しながらもアディの今後について話していくが、本人のリアクションが薄い事に気付く。単に感情表現がヘタなのか、それとも興味がないのか。
どちらかを見分ける目を持っていない俺では測りきれない。
魔探知機の説明に加え、必要性もかいつまんで話す。
するとアランが横からちゃちゃを入れてきた。
「……この子、全然自分の待遇に納得していない様だけど?」
アディを慮った発言のはずなのに、コイツが言うとなぜここまで不満を言っているように聞こえんだろーな。
「だろうな。俺だって監視されるなんて言われたら納得しない」
「説得力なさ過ぎだね」
馬鹿にしたように鼻で笑うアラン。コイツはいつも俺を目の敵にしてくる。
(遊び相手が居てちょうど良いが)
俺がそんな事を考えている間に、アランがアディを魔術師団にスカウトしようとしていた。アランにはアランで、アディに対し思う所があったらしい。
だがいくらアランが勧誘しようと、アディは頷かないだろう。事情を知っている俺でさえ、今は魔術師団にはあまり関わりたくない。
アディは当然の如く拒否していて、しかしアランは諦めない。尚も食い下がろうとする。
「宮殿の魔術師団は入団出来る者が限られており、籍を置けるだけでも名誉な事だと言われています」
「ふぅん? なかなか良く知ってるじゃん。なのに入団するのを断るって?」
アディの言葉に気を良くしたアランは、次の瞬間凍りついた。
「はい。だいたい、魔術師団は獣人やエルフには寛容ですが、人間には残酷だと聞いています。例え優秀な人間が魔術師になろうとも、戦の最前線に送られ魔力が枯渇するまで戦わされる。そんな師団に誰が入りたいと思うでしょうか」
茫然としているアランを見て困惑するアディに説明すると、身元保証人について話していない事を知る。
やがて自身が所属する魔術師団の黒い噂を知ったアランはその事実を確かめに行く為に部屋を出て行った。唖然としてアランを見送るアディにそれらしい理由を言う。
「済まない。魔術師は総じて自分本位な奴らが多いから、気にしないでくれ」
納得したようなアディは此方に向き直った。
「話を戻すが、アディはこの魔道具を付けて生活してくれ。それからなるべく宮殿にも居てほしい」
「宮殿に滞在しなければならない理由は何ですか?」
「……言い方が悪くなるが。皇族が力の強い人間を飼い慣らしていると他の獣人に知らしめる為だ」
本当はそんな事をすれば人権侵害もいいところだが、表向きの理由はどうしてもそうなってしまう。
下手にアディを保護しようとすれば、多くの人間嫌いな獣人たちが反発するのは目に見えている。他の種族たちも直ぐには頷かない。
(難しいな……)
アディの責めるような視線に耐えながら口を開く。
「お前みたいな人間を放って置く事は出来ない。アディは既に竜族であるミリウス殿下を負かしている。そしてそれは全獣人のプライドをへし折ったも同じだ。必ずアディを害そうとする者たちが出てくる」
「……それで監視という訳ですか」
アディは話の終着点が見えたらしく、妙に納得している。理解が早くて助かるが、やはりどこか他人事だ。
「勘違いしないでほしいのは、これはあくまで形だけだ。アディを縛り付けておくつもりはないし、今まで通りの生活を送ってくれて構わない」
誤解を与えたくはないので敢えて言ったが、アディは考え込む。
その後はゼス様が宮殿からの監視役を買って出た事や、アディのアルバイトを考慮して通常ではありえないほどの金額で雇った。というか三十五とか多すぎだろ。
「アディはいつ迷宮ダンジョンを攻略したんだ?」
気になっていた質問を投げかける。
「ん〜、九歳くらいでしょうか……」
「一人でか?」
「いえ。一人で迷宮を攻略しようとしたんですが、一人じゃ危ないと親切な獣人の男性が一緒に来てくれたんです」
へぇ、珍しい獣人も居たもんだな。俺もソイツの事言えないが。
「ふーん、珍しいな。獣人が人間を助けるなんて」
「貴方だって十分珍しいでしょう」
珍しいと言われる事があまりない俺は小首を傾げ、そうか? と訊く。
「普通は僕みたいな人間、見捨てませんか?」
「なんだそういう事か。民が困っているのに放って置くわけないだろう」
アディだからという理由もあるが、基本的に民は誰であろうと見捨てたくない。もちろん全員救えるわけじゃないのは分かっているが。
「そう、ですか。失礼な事を言ってすみません」
頭を下げるアディを見て、ふとミリウス殿下の事が頭を過った。アディはミリウス殿下が宮殿に居ることを知らない。
先に伝えておくか。
「言うのを忘れていたが、宮殿にはミリウス殿下も滞在している。なるべく鉢合わせない様に配慮するが、大丈夫か?」
「僕は大丈夫ですが……王子の方は?」
問われてつい、俺は遠くを見る。なんというか……あまりにも悲惨だった。昨日の事が鮮明に蘇り、知らぬうちに尻尾を丸めていた。
『だから言っただろう、私に話を通せと。お前はこの失態をどう竜王に説明する気だ? 油断して負けましたとでも言うのか?』
アルフレッド様の怒りは凄まじく、容赦のない言葉でミリウス殿下を責める。対して彼は俯き何も言わず、ただその言葉を受け止めているように思えた。
『アディの実力を見誤ったお前の自業自得だが、自分の身勝手で他人を巻き込むのは金輪際やめろ。またあの子に手を出したら、今度こそ竜王の息子だろうが迷わず血を吸い尽くす』
『……はい』
そんな脅しを言われてもミリウス殿下は耳元に届くか届かないかのか細い声で、返事をする。
あそこまでアルフレッド様が怒っているのにも驚いたが、ミリウス殿下の潮らしい態度にも驚愕した。あの竜は言われっぱなしが大嫌いで、自分に歯向かう奴は例えヴァンパイアの帝王だろうとお構いなしに噛み付くというのに。
(一体どんな心境の変化だよ)
それか、とうとうプライドがずたずたにへし折られたのか? あまり想像できないが、ミリウス殿下でも傷つく時くらいあるよな。
それを実行したアディはほんと凄いわけだが。
『ま、いくら竜族とは言えあれだけ派手に騒ぎを起こしたんだから、なんの処罰も無しじゃ私達学園側の立場も危うくなるし、ミリウス王子は一週間の謹慎ね』
なんとも軽い口調でそう告げたロイド先生。この人は基本興味のない相手にはこんな感じで適当なところがある。教師として如何なものか。
『あとハロルドは、アディを保護する事で騒ぎの件はチャラね』
『……分かりました。しかしなぜアディを……?』
『あれぇ、解んない? この世界最強と謳われる竜族が、小娘如きに負けたんだよ? 人間嫌いな獣人はきっとそう考える。そして、その人間を害そうと躍起になるだろうねぇ。アディは強いけど不死でもなければ馬鹿力でもない。大勢に囲まれたら嬲り殺しに遭うのは火を見るより明らかだ』
私は優秀な逸材を手放したくないんだよ。とロイド先生に脅さ……説得され、承知した。
もともと俺の方でもアディを保護しようと思っていたし、まだ気になることもあった。
なのにどこの馬の骨とも知らない奴に横取りされるのは我慢ならん。
「ああ、殿下は……な、アルフレッド様とロイド先生に……」
沈黙を通した俺を見て、頬を引き攣らせたアディはそれ以上何も訊くことはなかった。
「まあでも、宮殿内はとても広い。そうそう会う事もないだろうし、心配するな。何かあれば俺に相談してくれれば、ある程度対処するから」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を告げるアディに思わず目を眇めた。
励ますつもりで言った言葉の意味の裏を、アディはきっと知らない。
(そもそも皇太子である俺が直接関わるなんてあり得ねぇのに)
皇族が一市民に対して手厚い優遇をすれば、あらぬ疑いを掛ける者も出てくる。俺はそんなの面倒だしごめんだから、愚かな事をしないと心の中で誓っていた。
けれどその誓いは今日、自ら破ってしまった。
アディは知らないだろ。皇族がたった一人の人間を気にかけて情を与えるのが、どれだけ特別な意味を持つか。そして周りの奴らの瞳にどう映るか。
本来、皇族が手を貸すなんて無いんだよ。まして人間相手に。
それでも俺はアディの力になりたかった。もっと知りたいと思ってしまった。
(願わくば、俺の友人になってほしい)
獣の本能を、好奇心を刺激する目の前の人間に。
ーー俺ハコノ人間ガ欲シイ。
こんな高揚感、生まれて初めてだった。本能に呑まれる前に、ずっと訊きたかった質問をする。
「それと、もう一つ質問があるんだ。ーーどうして、性別を偽っているんだ?」
おそらくアディが一番触れられたくないであろう話題を出すと、彼女は優雅に微笑んだ。
その瞳に氷のような冷たさを宿らせて。
(最高だな)
アディに悟られないように笑いそうになるのを堪える。
「おや、僕の性別がどちらであろうと追及しないはずでは?」
「個人的な興味だ。答えたくないのなら答えなくて良い」
まあ答えないなら答えないで、裏から理由を探るだけだが。
「大した理由ではないですよ。男装が趣味なだけです」
「……趣味?」
気のせいか。今一瞬趣味だと聞こえたような。
「はい、趣味です」
もう一度同じ言葉を繰り返したアディに、脱力してソファーに身体が沈み込み、額に手のひらを当てる。
(完璧に誤魔化された)
趣味なら最初に会った時に言えば良いだけの話だ。なのに答えられた所為で俺はこれ以上の追及ができなくなった。
もう話を合わせるしかねーじゃねぇか。
「マジか……そりゃ予想外だわ」
「殿下」
口調を戻した俺を止めるようにアーノルドが口を開くが、俺は無視した。
「別にいーだろ。勘のいいアディは気づいてたみてぇだし」
ソファーの上に行儀悪く胡座をかいて座ると、アディから少しの驚きを含んだ視線を受ける。
「それが本来の貴方の性格ですか」
「ああ。俺は本来の自分で過ごしてぇんだけど、仮にも皇太子の立場なんだからそれらしく振る舞えって、周りがうるせーのよ」
小さい頃から粗暴さが目立っていた俺は、大いに父の頭を悩ませた。だから陛下は必死に俺を上品に振る舞わせようとしていた。
結果はこの通りだけどな。
「普段は口調に気を付けてるだけで、中身は俺そのまんまなのにな」
本当の俺と、偽りの俺。どっちも俺なのに、片方しか受け入れてもらえない。それがどれほど屈辱な事か。
「お言葉ですが、ハロルド様は将来この国を背負って立つ皇帝となられるのです。その様なお方が粗野な口調で振る舞われると、皇族の品位が疑われます」
「その小言は耳にタコができるくらい聞き飽きたっての」
アーノルドの説教に嫌気が差してそっぽを向くと、ふいに笑い声が正面から聞こえた。
何故か、嫌な気持ちが込み上げた。
「俺の性格、他人に話すか?」
気付けば口が勝手に言葉を紡いでいた。
「……なぜ?」
アディは心底から不思議そうな顔をする。
「普通は弱み握ってやろうとか思わねぇの?」
昔された仕打ちを思い出し、拳をグッと握り込む。信じて打ち明けたのに、結局最期は悲惨な末路だった。
俺じゃなく、相手だけど。
「僕がそんな事をする必要はないので」
アディのきっぱりとした声が耳に届く。
俺は己の考えを恥じた。アディはアイツと違ぇのに、何最低な事考えてんだか。
「疑って悪かった。アディはんな事する様な奴じゃねーよな」
「大切な事でしょう、貴方にとっては」
アディの方へ目を向ければ、彼女は眉を寄せていた。俺が思うよりずっと、アディは皇族の暮らしを知っているらしい。
(……駄目だな、余計欲しくなる)
こいつが傍に居るだけで、俺の敵は何人消えんだろうな。
その光景を思い浮かべて、今度こそ笑いが止まらなかった。
「ありがとな。お前ってやっぱすげーよ」
「はぁ……?」
何で褒められてるのか分かっていないアディは、気の抜けた返事をする。
俺はその様子を眺めながら、暫く腹を抱えて笑い転げていると。背後でアーノルドの盛大なため息が吐かれたのだった。




