剣士vs悪魔
ヒオネさんの帰還を知ると、それまで静まり返っていたラビリンス内は大盛り上がり。デア・ロギルウスの首を持ってるのも理由の一つだろう。
その盛り上がりにどうしても不快感が隠せない僕は、フードを引っ張って周囲に顔が歪められたのを悟られないようにする。
こんな事でいちいち文句を言う奴も中には居るから。
依頼書を持って受付のおじさんに渡すと、報酬を受け取る。金貨が詰まった袋を持ってヒオネさんとアメリアさんの元へ戻り、袋を差し出すと二人は不思議そうに首を傾げる。
「分け前」
そう言うとアメリアさんは困ったように笑う。
「あら、いいのよぉ。私は勝手に着いて行っただけだし、アディちゃんが全額もらって」
「僕も辞退させて頂きます。本当は貴方一人で倒す予定でしたから」
「でも……」
僕一人で討伐に行っていたら、あんなに最短でデア・ロギルウスを倒す事は出来なかった。それだけ二人の実力に助けられたというのに、びた一文渡さないというのは礼儀に欠く。
困っている事が二人に伝わったのか、ヒオネさんとアメリアさんは一瞬顔を見合わせてから、袋に手を伸ばす。
それぞれが金貨一枚を取ったのを確認して、金貨の袋を空間魔法で作った収納ボックスに入れる。
アメリアさんはじっと僕の一連の行動を見守っていたが、途端に不満そうな表情を見せた。
「本当は、自立している私達が苦学生からお金をもらっちゃいけないのよぉ〜」
「ギルドではそんな事関係ないでしょう」
「ですが実際、貴方はお金に困っていますよね」
ヒオネさんの鋭い指摘に思わずあらぬ方向に視線を向けてしまう。彼は大きなため息を吐いたが、アメリアさんはヒオネさんの顔を覗き込み。
「ねぇ、前から気になってたんだけど〜、何でヒオネちゃんはアディちゃんの前ではそんなに性格変わるのよ?」
「お前には関係ない」
アメリアさんの追及にヒオネさんはつんっと顔を逸らし、素っ気なく言い放つ。すると彼女は大きな胸をヒオネさんに押し付け始める。
「うっ、やめろ!痴女かお前は!?」
「はぁ?聖魔術師の私が痴女ですってぇ!?ヒオネちゃんが教えてくれないからでしょ〜!」
「知るかそんな事!だいたいお前みたいな直ぐに人を誘惑する身体を持つ奴が、何で聖魔術師になれるんだよ!」
「あら、お生憎様。そこは凡人と違い、私が天才で才気溢れる御仁だからに決まってるじゃな〜い!」
「世も末だな……」
二人のやり取りに笑い出しそうになった時、何か温かいモノが腹に巻きついた。ギュッと抱きしめられ、背後から息づかいが聞こえる。
この気配には覚えがあった。
「やあ、アディ。こんなところで会えるなんて偶然だね〜?」
どうやら僕に抱きついて来たのは学園で別れたはずのリックらしい。
振り返って彼を見上げると、リックは甘さを含んだ笑みを浮かべた。
その笑顔が何故か心に引っかかり、内心首を傾げる。
ーーどうして彼の笑顔が気になるんだろうか。
今のリックは嘘笑いをしていない。なのに引っかかりを覚えるのはおかしい。
ギュッと眉根を寄せた僕を見てリックは何かを考えた後、その手を僕に伸ばす。彼の手が行く先をぼんやりと眺めていたら、急に肩を掴まれる。
自分の方に僕を引き寄せたヒオネさんは険しい顔のまま、目の前にいるリックを睥睨する。
リックはヒオネさんに目を向け、僅かに瞠目した。彼の美しい天色の瞳が垣間見えたが、直ぐにその瞳は面白そうに細められた。
「へえ、こんなところで『赫騎士の竜』に出会えるなんてね」
(赫騎士の竜……?)
その名前には聞き覚えがあった。竜の国に嫁いだ時、竜族の中でも特に武勇に優れた竜の騎士団が存在し、彼らは竜騎士と呼ばれていた。
その中でも騎士団長は別格であり、歴代の騎士団長が赤色の竜だったこともあって『赫騎士の竜』と呼ばれるようになったという。
ただそれは現役の騎士団長の呼び名だったはず……
ヒオネさんが『赫騎士の竜』なら、ギルドに身を置く必要なんてない。竜族にとって竜騎士になることは誇り高い役職なのだから。
それを手放してまで地上に居続ける酔狂な竜にも見えない。
戸惑いの目をヒオネさんに向けると、彼はリックではなく僕を凝視していた。
黄金の瞳から責めるような眼差しを感じ取り、居た堪れず目を逸らす。
「貴方は……」
今まで一番低い声を出すヒオネさんは何かを堪える様に拳を握り、やがて大きな息を吐いた。
「貴方は、本当に何も覚えてないんですね」
彼の諦めた声色に弾かれたかのように顔を上げると、もうヒオネさんの目に色は宿っていなかった。
ーー失望させた。
何が彼の琴線に触れたかは分からないけど、僕が覚えていないという事に関係しているのかもしれない。だが、ヒオネさんと会った事など無いはずだ。
だってこんなに美しい竜に出会ったら、記憶に残ってる。おまけに『赫騎士の竜』なら尚更。
「覚えてるも何も、僕とヒオネさんは初対面のはずです」
そう伝えるとヒオネさんは表情を強張らせ、いきなり剣を抜いた。ラビリンスの建物内で武器を使用するのはご法度なのに、彼が掟を破ったのが信じられない。
彼は百八十メートルの大剣を肩に乗せると、氷の視線をリックに向ける。
「お前、剣は?」
問われたリックは口元を笑みで歪めさせ、同じように冷え切った視線を返す。
「扱えるよ。なんなら空間魔法もお手の物」
リックの答えを聞いたヒオネさんは薄らと笑みを浮かべ、僕に向き直る。
金色の瞳が一瞬優しく細められたように見えた。
けれど瞬きの間にそれは消え去ったので、見間違いだろう。
そう思う僕の前でヒオネさんはぽつりと言葉を零す。
「見ていてください」
彼の懇願するような、切ない声が脳を支配する。咄嗟に彼へ手を伸ばすが、見えない壁によって阻まれた。
否、壁というより空間だ。
リックが魔法を使ったらしいが、本人は面白くなさそうに唇を尖らせている。目が合うと不満そうにされ、訳もわからず首を傾げてしまう。そんな僕を見て諦めたのか、リックは何も言わずに目を逸らした。
それになぜか、傷付けられたような気分を味わう。胸がチリチリと焦げ付いた痛みを訴える。
一瞬目を伏せてしまいそうになり、けれど己の腕を引く手に意識を持っていかれた。見れば、アメリアさんが緊張した面持ちで二人を見つめている。
この人がこんなに真剣な顔をしているところを見るのは、初めてかもしれない。
「彼、凄いわね。詠唱無しに異空間を作り出し、魔力の底も視えない。アディちゃんの知り合いらしいけど、何者なの?」
普段の語尾を伸ばす口調ではないアメリアさんの質問に対して、どう答えるか迷ってしまう。
(悪魔だって言っていいのかな……)
思わず躊躇していると、それに気付いたリックが口を開いた。
「挨拶がまだだったね。俺の名前はリック。上級悪魔だよ、よろしくね〜」
悪魔だと名乗ったリックに二人は驚愕を隠せないらしく、驚きを露わにする。
「貴様が悪魔?しかも上級だと?……あの方とどの様な関係だ?」
ショックからいち早く立ち直ったヒオネさんの問いに、リックは答えずに剣を抜いた。
水色と紫色の刀身に、剣先はラベンダー色。魔剣だと証明する証拠だった。
二つの属性を持つ魔剣だと気付いたヒオネさんは苦々しい顔になったが、構わず己の剣の柄を握りしめる。
二人の殺気がぶつかり合い、空気を揺らす。どちらからともなく床を蹴り、次には姿が見えなくなっていた。
彼らは人の目で追えないほどの速さで動き、剣と魔法を駆使して闘う。
リックが渦状の水を魔剣から放つと、ヒオネさんは風力で迎撃した。
その威力は凄まじく、魔法で作った空間を抜けて此方まで衝撃波が伝わって来る。
(これが、悪魔と竜の本気の闘い……)
現竜王は以前、魔界に攻め入って魔族を滅ぼそうとした。その際、魔界の半分が焦土と化したという話だったけど……この闘いを見ればそれも頷ける。
リックとヒオネさんの実力はほぼ互角。優勢なのは意外にもリックだが、ヒオネさんも遅れを取るような真似はしない。
二つの同等な力が拮抗し合えばどうなるか。
異空間の中じゃなければ、この辺り一帯は甚大な被害を被っていたに違いない。
ハラハラと二人の闘いを見ていたけれど、唐突に勝負は着いた。
いきなりヒオネさんが空中でバランスを崩し、竜翼で飛んでいるにも関わらず床に墜落した。大きな音ともに倒れ込んだヒオネさんは、口から血を吐いた。
それを見たアメリアさんは表情を険しくする。
「まさか、毒……!?」
ハッとしてリックの魔剣を見ると、刀身が紫色の光を放っていた。
あの紫は、毒を表していたの……?
「猛毒ヒュドゥ。人間なら即死だけど、竜族は毒耐性が強いから死んだりしないよ」
異空間を壊しながらそう言うリック。慌ててヒオネさんのところまで駆け寄り、彼の身体に霊力を込めた手を翳す。
霊力がヒオネさんを包み込み、苦しんでいた彼の呼吸が落ち着く。
安堵の息を吐くと、リックから鋭い視線が刺さる。何かと思って彼を見上げれば、戸惑ったような彼の表情があった。
(……この力を使ったのは軽率だったかも)
しかし、ヒオネさんを放って置く事は出来ない。
死なないと言っても、命を脅かした事に変わりないのだから。
そう考える者達が僕以外にも居たのか、先の闘いを見ていた人達が怒鳴り出す。
「毒を使うだと! 卑怯なやり方じゃねーか!」
「どうせ剣術や魔法で敵わないからそんな手段に出たんだろ? この臆病者!」
「ああ〜、これだから魔族はよぉ」
「みっともねぇよな〜、恥ずかしくないのかよ」
悪意ある言葉が、空気が、この場を支配する。
彼らは竜族であるヒオネさんを侮辱されたと思っているらしい。言葉の攻撃が止まない。
段々とイライラして来て、僕は右手に雷を宿して彼らに放とうとした。けれども、その手を掴まれて打ち消された。
振り返るとリックが僕を満面の笑みで見下ろしていて、口元が『大丈夫』だと動いている。
渋々手を下ろすと、リックは未だ暴言を吐く男たちに向き直った。




