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リックの正体

 ドタドタと走る音が聞こえる。どうせまた家の者が忙しなく動いているんだろう。うちはもう随分と昔に廃れたと言うのに。けれど人は希望を求める。過去の栄光に情けなくとも縋ろうとする。


 彼ら彼女らは悪夢に取り憑かれている。あの時の名声をもう一度得ようと、そればかりに執着する。

 そんな時に()()が生まれたんだ。彼ら彼女らが血迷ってもなんら可笑しくない。


 きっと()()はそういう運命だった。この家に生まれてしまった者の宿命なんだ。


 ずっとそう思い込んできた。でも僕にはもう無理だ。僕は、誰も救えない。救う力がない。兄さん達なんてとっくにこの家から去ってしまった。生まれた家に愛想を尽かして。


 僕も。()も。いっそ何処か遠くへ行ってしまおうか?そうしたらこの苦しみから解放される。私達の所為で母さんも父さんも狂ってしまった。口を開けば金か権力の事しか言わなくなった。私も兄さん達もそれが嫌だった。


 私達を金の成る木にしか見ていない、最低最悪な人間達。それでも家族の為だと我慢して来た。なのに彼ら彼女らはその期待を裏切り、とんでもない計画を立てた。


 ()()は絶対にしてはいけない事。国どころか、この世界に生きる全ての生物の在り方を変えてしまうような恐ろしい事。とうとう、()は耐えられなくなった。


 もう限界だった。身体も心も文字通り千切れてしまう鋭い痛みが何度も僕を襲った。

 こんな事を続ける我が一族は、きっと近いうちにそれ相応の罰を受ける。

 だから、僕は家から逃げ出した。


 追手を躱すのは難しくなかった。彼ら彼女らは僕らの様に力を使えない。


 逃げ切る事に成功したが、僕は何もかも失った事に気付いた。力が使えても、これが誰かの役に立つとは思えない。この力は誰かを傷つける力だから。


(だったら、こんな力要らないでしょう?)


 ーーそう思うのに。


 生まれた時から記憶に焼き付けられたものが、死を拒む。まだ出逢えていないと。浅ましい自分に笑ってしまう。

 誰に逢うつもりなのだろう。獣?鬼?竜?


 もう誰とも逢えない。だって彼らは()の存在を知らない。なのに何時か出逢う為に生きろと?その何時かは本当に来るの?


 未来が視えない僕には全てどうでもいい事だ。先の事なんかより今の方がずっと大事だというのに。

 ーーきっと。彼ら彼女らは僕を見つけ出し、連れ戻すことを諦めていないはず。ならば身を隠さないと。


 けれど疲れ切った僕の身体は上手く動かない。動いてくれない。誰にも見つかってはいけないのに。脳は非常時でも睡眠を求めていた。


 僕は眠気に抗えず、ゆっくりと瞼を閉じた。




 目が覚めると、何故か学園の保健室で寝ていた。はて、僕はどうしたんだっけ?


 意識を失う前の事を思い出し、項垂れる。そうだ、僕はあのポンコツ王子に決闘で勝って。それで性別を偽っていたことがバレたんだ。そしたらロイド先生に変な薬を飲まされて……


(僕が気を失ったのはあの先生の仕業か……!)


 ん?待てよ今何時!?


「バイト!」


 そうだよ、今日だってバイトがあるのに眠りこけてる場合じゃない。

 ベットから飛び起きてカーテンを開け放つと目の前に誰かが立っていた。


 え。と思う前に僕は走り出す体勢を取っていて。勢い余って誰かの胸に突っ込んだ。


 相手は危なげなく僕を受け止める。慌てて顔をあげれば、驚いた表情のリックが居る。この人何で居るんだろうと思ったが、僕には気にしている余裕が無かった。


「あ、リックごめん。急いでるから退いてほしいんだけど」


 そう言ったのに、彼は中々退かない。彼の横を突っ切ろうとしても邪魔をされる。段々とイライラしてきて、つい突っかかってしまう。


「あのさ、君が僕に何の用が有るのか知らないけど。僕は急いでいるんだ。今が何時なのか知りたいし、ベルティナの事や処遇についても───」


「今は午後二時。神子様は安全。アディの処遇に関しては保留が決まった」


 リックがペラペラと言い募る内容に唖然とする。

 何で今の内容をリックが知っているのか。僕を引き止める事と関係があるんだろうか。


 じっと彼を見つめても、リックは何も言わずに胡散臭い笑みを浮かべた。


「にしても凄いね。あの竜族に楯突いた挙句、性別を偽って入学していたのにバレてもお咎めなし。職員会議で殆どの先生が庇い、更には帝王・アルフレッド様までもが擁護した。君は人間なのに、彼らはどうして君を庇うんだろうね。ねぇ、隠してあることがこれ以上あるなら早く言ったほうが良いよ?」


 突然早口でそう言われ、しかもどこか刺を含む言い方に困惑する。それが思わず顔に出てしまったのか、リックは考える様に顎に手を添えるとニヤリと笑った。


「あ、そーだ。ハロルド様が君に聞きたいことがあるんだって」


 ハロルド皇子が僕に?

 訝しげに目の前の男を見ると、彼は優しく微笑んだ。


(あ……)


 なぜかその笑顔が嘘っぽく見えてしまい、視線を逸らす。逸らした先にはカーテンで覆われて見えないけど、誰かの気配がした。


 もう一度リックの方へ目を向けると先程と変わらない彼の姿がそこに在る。


『在るものを無いものとし、無いものを在るものにする』


 昔、兄の一人がそう言っていた。そういう事が得意な種族が居ると。

 普段の冷めた態度が嘘のように熱く語る姿が珍しくて、その時の事ははっきりと覚えていた。


『無いものは、触れれば簡単に分かる』


 兄の教えをなぞる様に手の内に霊力を宿し、リックの頬に触れる。すると彼の身体はゆらゆらと揺らぎ、そのまま消えてしまった。


 驚いて目を見開いたが、カーテンの先の気配の方がよほど驚いたのか此方にまで動揺が伝わってくる。

 カーテンの先へ出ると見知った面が何人か居た。


 さっき霧のように消えたリックは笑い転げており、まず彼の下まで歩み寄り胸倉を掴み上げる。


「えっ!?」


 笑っていたリックは焦った表情を見せる。そんな彼に貼り付けた笑みでにっこりと笑えば、リックも冷や汗を流しながら笑顔を貼り付けた。


「や、やあアディ。すっかり体調も治ったみたいだね?で、何で俺の胸倉を掴んでるの?」


「ん……本物みたいだね」


 触っても消えたりしない。

 何で確かめたくなったのか分からないけど、僕はリックから手を離した。


「……話がしたいんだが」


 今まで無言でいた皇太子がやっと口を開いた。表情は険しい……というより疲れてる?彼の虎を連想させる耳はだらりと後ろに倒れていた。何でハロルド皇子がそんな状態になってるんだろ。


「先ほど幻覚のそいつが言っていたが、君が性別を偽って入学した件については保留……否、不問となった」


「……おや」


 さすがになんらかの罰があると思っていただけに、少し驚いてしまう。僕の反応が意外だったのかハロルド皇子は一瞬目を細める。


 また何か言われるのかと身構えたが、会話を再開したのはハロルド皇子の護衛である騎士団長だった。


「理由としては、貴方の学園での成績がとても優秀で、稀に見る逸材であること。教師陣からの信頼が十二分に厚いこと。それに竜王様から恩赦の意を伝える使徒が学園に来たのです」


「……」


 水を打ったような静けさが辺りを包み、騎士団長が言い終わった後は誰かが口を開く事は無かった。

 その代わり、他の人達は僕の反応を見るかのように此方を穴が空くほど見つめてくる。

 けれど僕はあまりの衝撃に言葉を紡げない。


 だって。


(竜王……聞き間違い……? え、なんで、や、それ、って)


 瑠璃色の髪が風によって揺れ、黄金の瞳に柔らかい眼差しを浮かべる彼の方の姿が思い起こされる。


「竜王っ?!え、は、なんで!?」


 動揺しすぎて震える僕の肩をハロルド皇子が掴み、落ち着け。と諭してきた。

 もう訳がわからない。何で竜王が出てくるんだ。


(彼の方は僕が番だなんて知らないはずなのに)


「竜王様曰く、愚息の卑劣な行為は許されるものではなく、全種族を支配する竜に相応しくない行動であった為に、巻き込まれた人間に関しては寛大な処置を施せ。という意向を示した。よって、君の性別がどっちだろうとこれ以上追及はしない」


 ……ほぼ、彼の方の(ことば)を尊重しているようにしか思えない。でもこれで首の皮一枚繋がった。退学させられたらどうしようかと。


 安堵する僕の前でハロルド皇子は言いにくそうに口を開き、唸った。


「……それから、竜王様が謝意の気持ちも伝えてくれと」


「え……?」


 謝意って、謝罪?竜王が人間に?


 情報の多さに頭がパンクしそうだった。息子がヘマをやらかしたとは言え、世界の支配者である竜王が頭を下げるなど滅多にない。


 しかも謝罪の相手は人間。普通は捨て置くかもみ消すかのどちらかだろうに。


(バレてはいないんだろうけど……)


 だから竜族には関わりたく無かった。関わればその分、僕が番だったことを気付かれる恐れがある。

 一度死んだのに生まれ変わってるなんて竜族に知られたら、大混乱だろう。

 もしくはまた殺されるかも……


 嫌な考えをどうにかして外へ追い出す。


「とにかく、アディの今後についてはもう一度話したいから、明日生徒会室に来てくれ。聞きたいこともいくつかあるからな」


 ハロルド皇子にそう言われ、渋々頷いた。すると彼はリックに目を留め、忌々しそうにため息を吐き出した。


「リックはアディが魔剣の持ち主だと知ってたんだな」


「まあ俺魔力強いからね。君と違って」


 嘲笑うリックの背後で何かが揺れるのが見えた。気になって彼の後ろに回り鷲掴むと、ぎゃあっ。とリックが短い悲鳴を上げる。


「う、っ、あ、アディ?なにして……!」


「……なにこれ」


 僕が掴んだのは、先が矢印のように尖っている尻尾だった。それはリックの身体から生えている。


(この尻尾の形、どっかで見たような……)


 実家にあった教本の中に、確かイラスト付きで……

 不意に誰かの手が僕の手から尻尾を取り上げた。


 その人物は今の今まで事の成り行きを静かに見守っていたレイモンドだった。


「アディ、悪魔の尻尾を長く触らないほうがいいよ」


「あっ、思い出した!これって悪魔の尻尾か……って」


 この尻尾はリックのもので。となればリックの正体は……

 僕の方へ振り返ったリックは悪戯な笑みを浮かべた。


「うん、俺悪魔だよ〜。どう、驚いた?」


「いや、寧ろスッキリした」


「……え?」


 笑顔のまま固まったリックを無視して一人で納得する。


「アディ……コイツが悪魔だって知ってたの?」


 レイモンドの驚愕の表情を見て、肯く。


「獣人じゃないと自分で言っていたし、エルフや妖精でもないなら魔族かなって。んで人間に変身するから悪魔だって見当をつけてた」


 悪魔を見たのはリックが初めてというわけでもないから驚く必要はないし。単に、僕の中の疑念が確信に変わっただけだ。


 けれど彼らはそれでは納得しないらしく。


「悪魔だって分かってたのに何で警戒心ないわけ!?」


「お前は魔族がどれだけ危険な奴らか分かってるのか!」


「お言葉ですが、もう少し危機感を持った方がよろしいかと……」


 上からレイモンド、ハロルド皇子、騎士団長が言う。


 彼らの言葉にリックはムッと唇を尖らせ不機嫌を露わにした。


「失礼だな〜。俺は人間を襲ったりしないよ」


 そう言ったリックの()からは嘘の()が視えない。

 本心から言っていることは大抵信じられる。


 けれど()()を他人に言う必要はないだろう。


 僕が黙ったままでいるからか、リックは此方に視線を寄越してにっこりと微笑む。いつもの、何を考えているのか悟らせない飄々とした笑みだった。


「アディも、獣と同じ考え?」


 声色はとても明るいのに、昨日の夜に話した時と同じくどこか冷たい雰囲気を持つリック。

 少しでも返答を間違えたら、そのまま喰われてしまいそうな予感をさせる。


 だから僕はうーん。と首を捻らせ、真っ直ぐに彼だけを見つめた。


「さぁ、君と知り合ってまだ日が浅いし、なんとも言えないかな」


 そう伝えるとリックから微かでしか感じなかった嫌な雰囲気が消え去り、穏やかな空気が流れ出す。


(なんだろ、あの妙な威圧感。悟られないようにギリギリ出してるって感じだっただけど)


『普段ニコニコ笑っているのは、自分の感情を悟らせないためだよ』


 一番上の兄が小さい頃、そんな事を言っていた。笑顔を貼り付ける事で自分の感情を相手に知られないようにすると。


 リックの()は不思議で、会う度に色んな()を内に宿している。そこから感情と結びつけるのはとんでもなく難しくて。


(今まで会った悪魔の中でもかなり上級の悪魔みたいだし……)


 正体が判明しても、彼に対するモヤモヤが晴れない。

 心が騒ついて、思考が纏まらない。


 ーーこの気持ちは、なんなのだろう。

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