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皇太子の考察

 晴れ渡った青空を見れば、誰しもが天気が良い日だと暢気に思う事だろう。あるいは変わり映えのしない日常だと片付けるかもしれない。


 そんな穏やかな日常から一転、竜族と闘う事を強制されたアディにとっては青空すら憎い存在なのだろうか。


 約束通りグラウンドにやってきたアディの表情は死んでいた。

 おまけにギャラリーも居た事で彼から恨めしそうな目で見られてしまった。


 彼らを集めたのはミリウス殿下で、俺じゃねーのに。そう思いながらも関係のない獣人が居る理由をアディに話す。


「ミリウス殿下が決闘すると学園内で触れ回ってな。生徒達がその雄姿を一目見ようと集まったんだ」


 アディは一瞬ヒマなの?と言いたげにしたが思い留まった様で、代わりにミリウス殿下に呆れた様な視線を向ける。

 その視線を感じたミリウス殿下は腕を組みツンと顎を逸らす。


「よく逃げずに来たな。その心意気は褒めてやろう」


 昨日アルフレッド様に殴られたにも拘わらず上から目線のミリウス殿下。本当に何でこんなポンコツに育ってしまったんだ。


(俺が言える立場じゃないが、その物言いはまずいだろ)


 しかも脅して勝負を受け入れさせたのはミリウス殿下だというのにその反省はないらしい。


「ハロルドから聞いたが、勝負の際魔法や魔術を使うことを禁じたらしいな。ああ、責めているわけじゃない。人間からすれば竜族と素手で殺り合うなんて到底無理だからな。俺はお前のハンデを認めようじゃないか」


 どこまでも上から目線な物言い。竜族だからこそ許される傲慢な態度だがアディは笑って受け流していた。


(……彼奴の目は全然笑っちゃいねーけど)


 やはり昨日感じたとおりアディには何か奥の手があり、それは勝利に繋がるもの。だがそれとはなんだ?

 彼を見ても剣以外のものは所持していない。


 人間が竜族に素手で勝てるはずはないし、となると魔法か?いや、でもアディからは強い魔力を感じられない。


 妙に余裕のある態度。絶対に勝つ自信がないとあんなにも堂々としていないだろう。

 そこまで考え、あとは勝負の行方を見るしかないと思い至った。


「審判は公平性を保つために、俺がやる」


 俺が審判だと知った時のアディの心底安心した表情。

 どうやらミリウス殿下に有利な判定をしないか心配していたらしい。


 両者とも向かい合ったところで開始宣言をしようとしたが、先にミリウス殿下が口を開く。


「この勝負、勝った方がベルティナを手に入れるというのはどうだ?負けた方は金輪際彼女に近づかない」


 彼の言い分には流石に眉が寄った。ミリウス殿下の発言はまるで物の取り合いをすると言っている様なものだ。


(この方は神子様を一人の人間だと認識していないのか?)


 あまりにも神子様が不憫すぎる。

 そしてアディも信じられないと言わんばかりに顔を歪ませる。


 止めるべきだと思いミリウス殿下に話しかけた。


「殿下。お言葉ながら勝負に賭け事を用いるのは……」


「ハロルド、お前はどちらの味方なんだ?このままでは神子が不幸になるに決まっている」


(なんの根拠があるんだよっ!?)


 可笑しい。いくらなんでも無茶苦茶だ。なのに他の竜族は止める気配がないし唯一のストッパーであるアルフレッド様は日差しの強い日光の下には出て来られない。


 どうすれば良いか思案しているとピリッと肌を刺す様な鋭い殺気に気付く。

 微量だが確かに感じるソレは無表情のアディが出しているものだ。


 これほどの怒りを抱いているというのに彼は何一つ反論しない。その理由が分からず首を傾げていると、ミリウス殿下は了承と取ったのか剣を抜く。


 アディも同じ様に剣を抜いたので仕方なく開始宣言する。


「これより魔剣勝負を行う。勝敗は相手の剣を奪うのみとする。では始めよ!!」


 始まって直ぐにミリウス殿下が動く。一切容赦のない剣捌きは見ている者を圧倒するが俺は違和感を感じていた。


(竜の動きってあんな感じだったか……?)


 確かにミリウス殿下の攻撃は早く、アディも逃げるか防戦するのみ。


 しかし何故かアディの方が余裕があるように見えた。おまけにミリウス殿下の繰り出す攻撃は全て防がれている。


 そこでようやく違和感の正体が判明する。


 そもそも竜族の力は世界最強で、最弱といわれる人間がずっと攻撃を防ぐなんて出来っこない。

 それが出来ているということは竜族であるミリウス殿下が本気を出していないからだ。


 けれどあの方が人間とはいえ恋敵に手を抜くとは考えにくい。とすればミリウス殿下本人に原因がある。

 例えば力の出し方をコントロール出来ないとか。


(なんでだ?あの方は竜族だっていうのに)


 まるで竜族の闘い方すら知らない子供みたいな……


 すると何を思ったのかアディは逃げるのをやめて立ち止まった。

 剣を構え直し真っ直ぐにミリウス殿下だけを見つめる瞳からは決意の焔が垣間見える。


(奥の手を使うのか)


 一瞬も目を離さないようにアディの動きに目を光らせる。


「ふん、ようやく負ける覚悟が出来たか。ベルティナは俺のものだ。お前には釣り合わん」


「その言葉、そっくりそのままお返しします」


「なんだと?」


 ミリウス殿下が眉根を寄せた、その瞬間。


 俺の魔剣が()()に反応したかのように鼓動を鳴らす。


(これは……共鳴?)


 魔剣はお互いの存在を認識し合うと共鳴する能力を持つ。俺が攻略した迷宮の主によると威嚇らしい……が。


(どこが威嚇だ……まるっきり警戒を示してるじゃねーか)


 ドクドクと脈打ち俺の頭の中で警鐘を鳴らす魔剣は一刻も早く離れろと言っている。


(まさか……アディの奥の手ってのは……)


 アディが持つ剣に魔剣だと示す紋章が浮かび上がるのを目撃し無意識に毛が逆立った。


「氷結と獄炎の魔神よ。我が剣に纏いその大いなる力を示せ!」


 ゴオオオオオッ!!と氷と炎が辺りを包み込む。熱いやら冷たいやらで感覚がおかしくなりそうだがどうにか踏ん張る。


 もう一度アディの方を見ると、彼が持っていた剣が刀身は赤と青の色を宿し、剣先は紫色に変わっていた。


(彼奴……迷宮攻略者だったのか……)


 だがこれでアディがただの人間じゃないと分かった。しかしどうやってアディは迷宮を攻略したんだ?人間である彼だけとは考えにくい。


 それに魔剣を使う際は少なくとも魔力が必要なはずで。

 魔力を感じないアディが本当に魔剣を操れるのか。


 そんな心配をものともせず、アディは当たり前の様に炎と氷の魔法を使う。しかも詠唱なしでだ。これには流石に驚いた。

 普通は呪文を詠唱してから魔法を発動させるのが一般的で、詠唱なしの場合はよほどの使い手でなければ出来ない。


 それこそ魔王やヴァンパイアの帝王が得意とするものだが、人間で出来る奴は初めて見る。


 このまま行けばおそらく────ミリウス殿下は負けてしまう。ただでさえ優勢から劣勢に立たされたんだ。持ち直すには時間がかかる。


 それにアディの動きを見ればやり手なのが分かる。身体強化の魔法を使っているらしいがあの動きは獣人と大差ない。


 アディが身体を引き剣を突くとミリウス殿下の手から剣が弾き飛ばされる。


 地面に倒れた殿下を見て暫く言葉を失くす。

 確かにアディが勝つと確信していた節はある。けれどいざ本当に竜族が負ける光景を見て、何を言えば良いのか分からない。


 騒いでいた他の獣人達までも息を呑み、ミリウス殿下を見ている。ーーその目に動揺や困惑を宿して。


 俺はなんとか硬直している身体を動かして二人の側に行き、終わりを告げる。


「ミリウス殿下の手から剣を奪ったため、勝者はアディとする!」


 高らかと言われる言葉に竜族が顔を歪ませる。

 そんな顔するくらいなら、初めから王子を正していればよかったものを。


(色んなやつ巻き込んでおいて、結局アレかよ)


 俺の中で竜族の評価はゼロどころかマイナスを振り切っていた。どうしても竜族に対する不信感が否めない。


 彼奴らは、ミリウス殿下が未熟な竜である事に気付いていた筈なのに。

 ずっとそれを放置していた。見て見ぬ振りをしていたと言った方が正しいんだろうが。


(その所為でこの国の民を危険な目に合わせた)


 今回の魔剣勝負はアディじゃない別の人間だったら確実に死んでいた。その事を竜族の奴らは分かっていたのか。


 ーー或いは分かっていてわざと生贄にしようとしたのか。あの竜の怒りを鎮めるために。


 ギリッと拳を握り込んだ、その時。

 ぞくりとイヤなものが背中を走り抜けた。


 そして怒号が飛ぶ。


「なぜ俺をそんな目で見る!?」


 振り返れば、怒りを露わにしたミリウス殿下がアディを詰っていた。他の竜族も止めようとするが聞こえていないらしい。

 そんな殿下の姿を、アディは冷たい目で見据えている。


「このポンコツ王子」


 低い声で目の前の少年は言い捨てた。一瞬、すべての時間が止まったかのような錯覚を覚える。


(……アディは今、なんつった?)


 茫然としていると、またもアディが口を開く。


「聞こえませんでしたか?ポンコツ、と言ったんです」


 アディはミリウス殿下を見下ろしながら再度言い放った。


(ま、マジか……)


 笑いそうになるのを寸でのところで堪える。ここで笑ったら流石に命がない。

 しかし護衛であるアーノルドは気づいたようで呆れた顔をしている。


 いやだって仕方ないだろ。()()竜族に対して、まして王子に面と向かって『ポンコツ』と言ったんだからよ。


(あー、声出して笑いてぇ……)


 本当は笑っている場合じゃないが兎に角可笑しかった。次はアディはどんな行動に出るだろうか。と、様子を見守っていると。

 とうとう我慢出来なくなったミリウス殿下は剣を取りアディに振りかざした。


 当然アディは避けるものだとばかり思っていた。彼にとってこの攻撃は躱せるはずだったからだ。


 ザシュッと肉が斬り裂かれ、血が飛び散る。戦場でしか嗅いだことのない臭いに反応が遅れた。

 唖然としてアディを見るが、彼は顔色を一切変えていない。


「これで満足ですか」


 冷めた表情で冷たく言うアディからは()()感じない。

 怒りも、悲しみも、痛みさえ。

 ミリウス殿下も険しい表情を浮かべていた。


「どうしました?ご自分で為さった事でしょう。驚く必要はありません」


 ドクリと心臓が音を立てる。別に俺が言われたわけじゃないのに、なんだこの圧迫感。人が到底出せないような、威圧感。思わず跪きそうになるこの感覚。


 今、この場を支配しているのは間違いなくアディだ。


「王子。貴方は協定というものをご存知ですか?」


「? 知ってるに決まってるだろう」


 淡々と話すアディに当たり前だと言わんばかりに頷くミリウス殿下。


(一体アディは何を言うつもりだ?)


「ずっと不思議に思っていたんですが、よく竜族はそんなまどろっこしい約束なんかをしましたね」


「……何が言いたい」


「だって目障りなら一人残らず殺してしまえば良いじゃないですか。王子である貴方がしたように」


 彼の言葉にハッとする。そうか、アディが言いたいのは……!


「アディ、誤解しないでくれ。いくら獣人が人間より強くても命を奪う行為が許されるわけじゃないんだ」


 俺は獣人を擁護する言い方をしながらも、アディが望んでいる言葉を紡ぐ。


「……そうですね。ハロルド皇子の言う通りです。ならば竜族にも生殺与奪の権は有りませんよね」


 核心に触れないアディにイライラしていたミリウス殿下も次の言葉に顔色を悪くした。


「竜族は人間を庇護対象から外した。しかしこれは見方を変えれば、竜族は人間を護る気はないが危害を加えるつもりもないとも取れますよね」


 ……やっと、竜は己の過ちに気付いたらしい。

 顔色を蒼ざめさせるミリウス殿下と、諦めたような他の竜族たち。

 その姿を見て更に怒りが増す。


(ほんっと、茶番だな)


 そもそも竜族がミリウス殿下を放置していたからこんな事になったんだ。なのにいざ竜が負けると責任を負うことすら出来ないとは。


(認めたくはねーが魔王の方がまだマシだな)


 ミリウス殿下は少し反省したらしい。が、アディはそれだけじゃ許せないのかにっこりと笑い。


「ベルティナは諦めてください。まあもとより貴方に渡すつもりはありませんでしたが」


 そこで区切ると途端に真剣な表情に変わる。


「絶対に渡さない」


 藤紫の瞳が強い意志を宿し輝く。

 その瞳に魅せられたのは俺だけじゃないだろう。


 他人の瞳を美しいと思ったのは初めてだった。


(アディはほんと、何者なんだろうな)


 感情の起伏が乏しい人間だと思っていたが、神子様が絡むとなり振り構っていられないと言わんばかりに竜族を挑発する。

 そんなに神子様を大事に想っているのか。


 なら、神子様がこの事態を知れば────




 俺の杞憂は現実と成った。


 誰が報せたのか、神子様がグラウンドに姿を現した。神子の登場を想定していなかった俺たちは動揺して言葉を紡ぐことが出来ない。


 それが不誠実に見えたのか。神子様は責めるような目で俺とミリウス殿下を睨み、俺の説明を聞くとアディの腕の怪我をいとも簡単に治してしまった。


 やはり彼女は本物の神子だ。

 疑っていたわけではないが、神子の力を目の当たりにして本当にこの国に神子様が存在するのだと実感する。


 しかし神子様の次の一言にこの場に居た者は凍り付く。


「だってアディは()()()なんだよ。傷痕が残ったらどうするの?」


「……え?」


 誰かが驚きの混じった声を漏らし、神子様が登場した時以上に動揺が獣人たちの間を駆け巡る。

 神子様は自分の失言に気付いていないようだが、アディは天を仰いだ。


 それだけで神子様の言葉は真実なのだと告げている。


 ヒクリと頬が引き攣った。どういうことだ、と。

 今回の魔剣勝負は……否、アディを生徒会室に呼んだときから茶番劇は始まっていたのだ。

 そもそもミリウス殿下がアディを目の敵にしていた理由は、神子様の想い人だと勘違いしたから。


 それで二人を引き離そうと俺も画策したし、忠告だってした。アディが死なないために。


 けれど前提条件が間違っていたのだ。

 あくまでアディが()として話が進んでいたが、アディが()ではなく()()だったなら。


 一言そう言ってくれたなら、今回の茶番劇どころか悲劇は誕生しなかった。ただの神子様の女友達で済んだのだ。


(アディもそれが分からないほどバカじゃねーだろうに)


 どうして男と偽っていたのかはともかく、この状況の整理に当たらなければいけない。皆が皆動揺と戸惑いが渦巻いている中、皇太子の俺が話をつければ誰も文句など言うまい。


「おいアディ。君は女性なのか?」


 敢えて厳しい口調で問いかければ、憶測を口にしていた奴らは黙った。

 それでいい。今は断罪するフリをしてアディをこの場から連れ出すのが俺の目的なのだから。

 他の奴に余計なことを言われたらたまったもんじゃねぇ。


「アディ、答えろ」


 一歩詰め寄ろうとした、その時。


「はーい。そこまで〜」


 間延びした楽観的な声が耳に届き、背筋が凍る。バッと後ろを振り返れば、この学園で最強の変人奇人と言われている魔学担当のロイド先生が立っていた。


(げっ、何であの人がここに!)


 この人が現れたのなら、もう俺に出来ることなどないだろう。

 場を引っ掻き回すことが憎らしいほど上手いロイド先生。


 多分、アディのこともこのままじゃ有耶無耶にされる。


 変人だろうが奇人だろうが、あの先生はかなり頭が回る。頭脳が天才の域なのだから今からこの場は先生の独壇場だ。


「やあハロルド。ミリウス王子も。随分と派手に暴れたもんだねぇ、私達教師の立場がないよ」


 先生の声は低く冷え切っており、思わず顔が引きつるのを抑えられない。


「おまけに神子まで連れ出すとは……確かに学園は生徒達の意思が尊重されるとは言ってもねぇ。限度ってもんがあるでしょうが」


 そう言った先生は、目にも止まらぬ速さで俺とミリウス殿下の頭を殴りつけた。というか竜族の王子を殴れるなんてロイド先生は相変わらず命知らずだ。


 そして矛先はアディにも向き容赦なくデコピンされた。

 アディも蹲り痛みに耐えているが、ロイド先生はその姿が目に入らないと言わんばかりにベラベラと話していく。


 会話の内容だけ聞けば二人は仲がよさそうに思える。

 この学園の教師は人間であっても差別しないから驚きはしないが、相手はあのロイド先生だ。


(あの変人野郎が人間を可愛がってるなんてな……)


 ああ、でも。アディは魔学が優秀なのだからあの男が生徒として気に入ってても不思議ではないか。だがロイド先生がアディに向かって特別だなんだと言い始めたのに気付き、慌てて声を上げる。


「待ってください、アディには訊きたい事が……!」


 そう言ったのに、ロイド先生は全く取り次いでくれない。終いには……


「まあまあ、ハロルド。話は後でいくらでも出来るだろう?取り敢えずアディはこれ飲んで〜」


 と、いかにもヤバそうな緑色の液体を躊躇なくアディに飲ませた。

 必死に抵抗していたアディも力では敵わないのか、飲んだ瞬間気絶する。


「先生、なに飲ませたんですか!」


「失礼だねぇ。睡眠薬を飲ませただけなのに」


「アレのどこが睡眠薬なんですか!?」


 詰問しようとすれば、レイモンドが当たり前のようにアディを抱き上げたので更に困惑が広がっていく。


(駄目だ。文字通りカオスだ。意味わかんねぇ)


 もう自分には手に負えないと悟り、俺も保健室に向かうかと足を向ければ竜族の鋭い視線が届く。

 振り返ってにっこり笑ってやれば、竜族の息を呑んだ間抜け顔が視界に映る。


(バーカ。俺はお前らが思ってるような優しいだけの皇太子じゃねぇんだよ)


 父である陛下になんて報告するか楽しく考えながら、今度こそアディが眠っているであろう保健室に向かうのだった。

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