俺を救ってくれたのは
初めて人間の友達が出来た。
その子は俺に全く怯える事なく、しっかり目を見て会話してくれた。
俺はただそれが嬉しくて。
周りから恐れられるだけの存在だった俺は、あの日憎い太陽の光によって焼かれて死ぬと思った。吸血鬼は闇夜の支配者と呼ばれてるけど、太陽の下では最弱だ。
朦朧とした意識の中、誰かが俺の身体を引っ張り木陰に連れて行く。
ヴァンパイアの俺を恐がらないなんて、どんな奴なんだろう。
臭いを嗅げば側に居る者が人間だと知った。
(……嘘でしょ?)
どうして人間が?いや、そもそも人間が吸血鬼を助けるなんて有り得ない。余程の物好きじゃない限り人間に親しく接する者なんか居ないのだから。
吸血鬼も例に漏れず、人間が嫌いな種族だ。せいぜい栄養のあるエサとしか考えていない。
俺はそこまで人間を嫌っているわけじゃない。でも無闇に近付いたりはしない。あっちだって近付きたくないはずなのに。
(なのに……何でアンタは俺を助けようとしてくれるの?)
瀕死のヴァンパイアを救おうだなんて考えるのはよっぽどのバカか、恐れを知らぬ命知らず。
その子が手を翳す気配がし、次の瞬間俺の身体は温かく優しいモノに包まれた。灼熱の太陽に焼かれた身体が癒され再生していく。
吐き気も頭痛も殆ど収まった。
それよりこの子が使った力はなんなの?魔法?その割に魔力を感じない……
暫くすると近くにあった気配が遠のいていく事に気が付いた。
(待ってよ……!)
俺はまだ助けてもらったお礼を言えてない。なのにあの子はまるでここに居たくないと言わんばかりに足早に遠ざかって行く。
吸血鬼にとって猛毒といっても過言ではない太陽を長時間浴びた俺の身体は思うように動かなかった。早く、あの子を追い掛けたいのに。
せめて匂いだけは忘れないよう、目一杯吸い込んだ。
次の日、体調が良くなった俺は日光に気を付けながら例の人間を捜した。捜し人は案外早く見つかった。
しかし。
(あれ……?)
てっきり女だと思っていたのに、その子は男だった。
けれど俺は気にせずアディを連れ去った。ただ、あの時助けてくれたお礼をこの子に言いたくて。
お気に入りのガーデンテラスで日陰になっている所を陣取りアディに得意の紅茶を振る舞う。
始めは警戒を示していたアディも徐々に態度を軟化させて、笑顔も見せてくれるようになる。半ば脅す形で約束を取り付けたのに、アディは毎回このガーデンテラスを訪れた。
お茶を飲んだりお菓子を食べたり。今日あった事を話すだけなのにとても楽しかった。
アディとの秘密のお茶会は誰にも知られたくない。だってアディは俺がどういうヴァンパイアなのか知らない。
故に怯えたり恐がったりしない。
誰かに嫌われたくないと思ったのは初めてだった。同族からも両親からも遠巻きにされ他の獣人から忌み嫌われてもある程度は受け入れられたのに。
ヴァンパイアと知って俺と仲良くしてくれるアディが離れていくのを想像するだけで悲しくなる。
『嫌わないで』
その言葉を口にする前に何度呑み込んだか。
きっとアディも真実を知れば恐がって俺から離れて行く。ならずっと黙っていよう。
こんなに人間と仲良くしていたいと思ったのはアディが初めてなんだ。
この感情を大事にしたいんだよ。
だからこそ帝王に、アルに見つかった時は本当に焦った。折角友達が出来たのに引き離されるかもしれない。
アルはヴァンパイアの中でも特に人間を嫌っている吸血鬼だ。問答無用でアディに襲いかかる可能性は充分にある。
やめてよ。もう俺から大事なものを取らないで。
けれどアルはアディに手を出す事なく、友好的な態度を貫いた。
どうやら杞憂で終わったらしい。
安堵したのも束の間、今度は竜族の王子であるミリウス様に目を付けられた挙句、卑怯なやり方で決闘をさせられる羽目になったと言う。
俺は今度こそアディを失うかもと心配した。人間が竜族に勝てるはずがない。
それにアディは現竜王の元番だった。前世からの因縁を絶ち切れず竜族の問題に巻き込まれるアディは竜王の息子であるミリウス様をどう思ったんだろう。
決闘中、幾度となく心底軽蔑しきったアディの冷たい目を見て、アレが俺に向けられたら暫く立ち直れないと感じた。
アディは俺が思っている以上に強かった。魔力を殆ど感じないのに当たり前のように魔法を使う。
俺を助けてくれた時も魔法を使っていたけど、本当に魔法だったんだろうか。治癒魔法にしてはやけに温もりを感じたし。
少し疑いの目で見たら、ミリウス様が倒れているところだった。流石に俺達も驚く。
人間が、竜族に勝った。
本来ならあり得ない現実に皆が黙り込み、誰もなにも言わない。間を置いてハルがアディの勝利宣言をする。
俺の心配はまたも杞憂で終わりそうになった。
けれどもミリウス様がアディの腕を斬り裂いたり、神子様が登場したり。終いには教師達までもが乱入する事態となった。
教師についてはアルが呼んだらしい。
止めに入ったのは教師陣の中でも変人奇人と言われている魔学担当のロイド先生だった。
あの人が人間を気に入ってるなんて初めて知った。
バタンッと倒れ込んだアディを見て居ても立ってもいられなくなった俺は、二階の部屋から飛び降りアディに駆け寄る。
「ちょ、大丈夫!?」
周りの驚いた雰囲気を無視してアディの頬に触れる。どうやら眠っているだけみたい。
「失礼だねぇ。睡眠薬を飲ませただけなのに」
「アレのどこが睡眠薬なんですか!?」
ハルのツッコミも尤もだ。そう思いながらアディを腕に抱き抱える。
心配そうにアディを見つめる神子様に声を掛けた。
「保健室に運ぶから、気になるなら神子様も付いてくれば?」
神子様は一瞬息を呑んだが、黙って俺についてきた。
遠巻きに俺達を見つめる獣人達の呟きは、はっきりと俺の耳に届いていた。
「なあ、あいつレイモンドだよな?」
「ああ、信じらんねぇ。あのレイモンドが人間を助けるなんて……」
まあその驚きは分かるよ。俺も同じ気持ちを味わったからね。
だからこそ、次は俺が助けてあげたいと思った。
だって恐がられるだけの存在だった俺を救ってくれたのは────




