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神子の癒し

 ミリウス殿下の顔色が変わった。やっと色んなことを理解したらしい。これで竜族は大丈夫そうかな。


 安堵した所為か気にならなかった腕の痛みがぶり返して来た。ズキズキと痛み出し、思わず顔を顰める。


 いくらミリウス殿下に話を聞いてもらう為とは言え、少し無理をし過ぎた。バイトに支障が出ないように後で軽く縫わなきゃ。


(まあでも、ベルティナに見られるよりはマシか……)


 突如、グラウンドの入り口でどよめきが起こった。

 何かと思いそちらに目を向けたところで僕は凍り付く。


「ベルティナ……?」


 浅葱色の髪を揺らしながら駆け寄って来る少女は顔色を失い、今にも儚くなってしまいそうだ。

 突然の神子の登場により、誰も動くことは出来なかった。皆が彼女の動向を見守り息を潜めている。


「ハロルド様、ミリウス様……これは何ですか?」


 沈痛な面持ちを隠そうともせず、二人の獣人に問い掛ける神子は傍から見るとどのように映っているのか。


 ハロルド皇子もミリウス殿下も罰が悪いと言ったように目を逸らす。しかしいつまでも黙りを続ける事は叶わず、重苦しい空気の中ハロルド皇子が説明を始めた。


「実はアディが貴方の恋人ではないかとミリウス殿下に疑われ、決闘する事になったんです」


 皇子の説明にベルティナは目を見開き、虹色に見える瞳が未だ血を流す腕に留められる。口元に手を当て震え出す彼女に手を伸ばす。


 ゆっくりとベルティナの頭を撫でれば彼女の美しい瞳から一粒の涙が溢れた。穢れを知らない無垢な乙女の涙は、どうしてこんなにも心奪われるのか。


「泣かないで」


 お願いだよ、ベル。


 君にそんな顔は似合わない。なのにそんな顔をさせてしまってごめんね。でもね、君には知られたくなかったんだよ。

 僕も、竜族も、獣人も。


 本当は分かっていた。ベルティナに誤解を解いてもらえばこの茶番は直ぐに終わったことなんて。

 ミリウス殿下はベルティナの言葉ならきっと聴いてくれる。けれど僕はそうしなかった。


 ベルティナを巡ってトラブルが起きたことなんて彼女の耳に入れたくなかった。その事を知ればベルティナは心を痛めるだろうから。


 だから決闘の事は内緒にするはずだった。黙っているつもりだった。その結果、君を泣かせてしまった。


 僕にとってとても、大切な友人を。


「ごめん」


 謝罪をした声は掠れ、相手に届いたかも分からない。彼女の涙を指で拭えば虹色の瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。


「なんでアディが謝るの?謝るのは私の方だよ。私の所為でアディが、怪我を!」


「これくらい大したことないよ」


 そう言ってもベルティナは心配そうな眼差しで僕を見て─────爆弾を投下した。


「だってアディは()()()なんだよ。傷痕が残ったらどうするの?」


「……え?」


 ベルティナの言葉に誰かが戸惑った様な声を上げた。


 僕は天を仰ぎ、一瞬目を瞑る。ああ、どうしようか。逃げる?

 かなりまずい状況なのに妙に心は冷静で落ち着いていた。頭に逃走の二文字が過ぎる。


 爆弾発言をしたベルティナは己の失態に気づいていない様で、白い手が傷口に触れる。汚れるからとその手を離そうとすると、彼女の手から白い光が放たれた。


 光が傷を包み込む。この感覚を、僕は知っている。前にレイモンドに同じ事をしたのだから。


 だとしたらこれは、治癒魔法?それも最上級の。

 ベルティナが魔法を使うところは初めて見る。だから彼女の魔力の多さに驚いた。


(神子と呼ばれるに相応しいほどの魔力。これが神の子の力……)


 あっという間に傷口は塞がり、見る影もない。痛みすらなくて、ミリウス殿下に斬られたのは夢だったんじゃないかと思うくらい。


 目の前にいる少女は不安げに僕を見つめ何か言いたそうにしている。

 黙ってベルティナが口を開くのを待っていると横から邪魔が入った。


「おいアディ。君は女性なのか?」


 ハロルド皇子は厳しい目で僕を見据える。さっきの治癒魔法で誤魔化されてはくれないかと期待したが無理だった様だ。

 さてこの場を切り抜けるにはどうすればいいか。


 と、ここでようやく自分の失言に気付いたベルティナが顔を蒼ざめさせる。

 もともとベルティナにだけは性別が女性だと伝え、他の人には他言無用だと約束していた。


 だが僕の怪我と決闘の事実を知り動揺した彼女はつい言ってしまったんだろう。別にベルティナを責める気はないけれど少し厄介だ。


「アディ、答えろ」


 場を支配する様な厳粛な声。

 思わず苦笑いを洩らせばハロルド皇子の瞳に感情が走った。


 なんの感情か見極めようとしたその時。


「はーい。そこまで〜」


 静かな空気をぶち壊すかのような愉快な声が響き渡る。

 次から次へとなんなんだと思い声のする方を見遣ると一人の男性が立っていた。


「ロイド先生……!」


「やあハロルド。ミリウス王子も。随分と派手に暴れたもんだねぇ、私達教師の立場がないよ」


 魔学の先生の言葉にハロルド皇子もミリウス殿下も顔を引きつらせる。


「おまけに神子まで連れ出すとは……確かに学園は生徒達の意思が尊重されるとは言ってもねぇ。限度ってもんがあるでしょうが」


 そう言うや否やロイド先生は目にも止まらぬ速さでハロルド皇子とミリウス殿下の頭を殴った。それに驚く暇もなく、気付けば先生が目の前に立っていて容赦なくデコピンされた。


「……っ!」


 痛い。めちゃくちゃ痛い。声なき悲鳴を上げ蹲ればロイド先生の呆れた声が降ってくる。


「全くさぁ。アディも何で決闘なんて受けるかな?私に言えば呪いくらい解いてあげたのに」


「はぁっ……?なにそれ聞いてないです……!」


「うん、言ってないからねぇ。たださぁ、今回は竜族側が卑劣なやり方で無理矢理魔剣勝負をさせたってアルフレッドさんに聞いたから。君へのお咎めは殆どないよ」


 殆どって、むしろ咎められる事なんてあるわけ?


「君は他の人間と違って才能が有るからねぇ。特別だよ」


 とかなんとか言って、本当は先生が強引に推したんじゃ……


「待ってください、アディには訊きたい事が……!」


 殴られた痛みから解放されたハロルド皇子は言い募るがロイド先生は意にも介さない。


「まあまあ、ハロルド。話は後でいくらでも出来るだろう?取り敢えずアディはこれ飲んで〜」


 そう言われ無理矢理飲まされた液体はドロドロした緑色。絶対口になんか入れたくないと抵抗したが飲んだ瞬間意識が飛んだ。


「アディ!?」


「ちょ、大丈夫!?」


「先生、なに飲ませたんですか!」


 意識が途切れる前に聞こえたのは皆の焦った声。それを最後に、もうなにも聞こえなかった。

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