アディの反撃
魔剣とは迷宮攻略者に与えられる最強の剣と言われている。魔剣を持つ者は迷宮攻略の証であり皆の憧れの対象だ。
しかし迷宮はレベルが高いほど攻略が難しい。身体能力の高い獣人でも。人間なら尚更だ。
僕の魔剣は氷と炎の二属性。一般的な魔剣は属性が一つしかないけど二属性は迷宮の中でも最難関と呼ばれる一〜十の迷宮だけ。
だから最初に僕の魔剣を見た時は皆が驚愕する。次には───
「お前……迷宮攻略者なのか?」
疑惑の目で見る竜族の王子。
そう。始めは驚いていた獣人も直ぐに疑問を持つ。
人間如きが迷宮を攻略出来るのか?と。
魔剣を使う際は魔力が要る。けれど僕は魔力を殆ど持たない。そんな奴が魔剣を扱えるのか疑うのは当然だと思う。
でも迷宮の主である魔神は云った。
『アディは魔力が無い代わりに膨大な霊力と妖力を有している。その力を魔力に変換してやるから俺を使いこなしてみよ』
ああ、上等だ。魔剣を上手く操って目の前に居る竜に目にもの見せてやる。
ぐっと柄を握りしめ、頭の中で炎を思い浮かべる。
ゴオオオッと炎が剣に纏いゆらゆらと空気を揺らめかす。
「……」
多分。今の状態で突っ込んでも僕は負ける。身体能力を比べると遥かに王子の方が優っている。追い付くには身体強化の魔法を使うしかない。
「……!?」
竜族の王子が声なき声を上げ、ガキンッと刃同士がぶつかり合う。
「なにもそこまで驚かなくても良いいじゃないですか」
「貴様……っ!」
身体強化の魔法を使い、一瞬で王子との間合いを詰めた。反応しきれなかった王子は咄嗟に本能で刃を受け止めたらしいが、さぞ屈辱だろう。
人間が動いたのを見えなかったなんて。
ゴオオオオオッと炎の勢いが強まり周囲を焼け焦がす。ミリウス殿下は後退し溢れんばかりの殺気を放つ。
それを笑顔で受け止める。ーー絶対、ベルティナを渡してなるものか。
「勝利を確信していたならすみません。僕は負けるつもりが無いので」
ピキッとミリウス殿下は青筋を立てブルブルと剣を小刻みに揺らす。
あー、竜族をからかうのって愉しいな。そう思った時。
───ぶわっとミリウス殿下の色が変わった。怒った様な赤からドスの利いた真っ黒へ。
彼の中で心境の変化があったらしい。
真っ黒い色を見て疑惑が確信に変わる。
(そっか。そうだったのか)
僕は思い違いをしていた。つくづく竜は厄介だな。と心の中でごちると気配が近付いた。気付いた時には刃が首元まで迫っている。
金色の瞳には殺意の色しか視えない。
(──どうして)
どうしてこんなになるまで放って置いたんですか。
(───様)
あの方の姿が思い浮かび上がり、身体をしゃがませてギリギリ避ける。バランスを崩した王子の腹を足で蹴り怯んだところを狙って剣を突く。
(ちっ、浅い……)
王子に話を聞いてもらう為にはボロボロに負かす他ない。それ以外のやり方を、僕は知らない。
頑固者を納得させるには地に沈ませる方が早い。
次に攻撃を繰り出そうとして炎を強める。それを察したのか守りの姿勢に入った彼の足元を氷の鎖で縛った。突然の事に動揺した王子が此方から視線を外した時を狙って炎の球を幾つか投げつける。
氷の戒めをものともせず避けた彼はさすが竜族と言うべきか。
彼の懐に突っ込み振り下ろされた剣を躱し、王子の肩を足で踏み付け跳躍する。そのまま剣で斬ろうとしたが腕を掴まれ投げ飛ばされた。
受け身を取って体勢を立て直す。
真っ直ぐにこっちへ走ってくる竜族の王子を見て、勝つのはここだと腹を括る。
僕も走り出し剣を振るうフリをし、一歩後ろへ下がる。そうするとミリウス殿下の剣は空を斬り隙が生まれる。
しまったという表情の王子は状況を把握してももう遅い。剣を下から掬い上げ寸分狂わず彼が持つ剣へ突き込んだ。
衝突音がしたあと、ミリウス殿下の手から剣が離れ王子自身も地に倒れた。
いつしか歓声を上げていたギャラリーが静かになって息を呑んだまま僕らを見ている。
剣を持って堂々と立つ僕と地に伏した竜族の王子。
誰が見ても結果は変わらない。けれど皆信じたくないんだ。
この世で最も最強と謳われる竜族が、一人の人間に負けた事実を。
ましてただの竜族じゃない。王子が、だ。
でもこれでベルティナは護れた。ミリウス殿下には悪いけど初恋は諦めてくれ。
ショックを隠せないでいる竜族を見ながら、ただの不毛な勝負だったなとため息を吐く。
凍りついた状態のハロルド皇子が漸く解凍され、高々と宣言する。
「ミリウス殿下の手から剣を奪ったため、勝者はアディとする!」
ざわざわと騒つくギャラリーを見ながら、まあ所詮そんなもんだよなと割り切る。それよりずっと起き上がらない王子の方が心配になる。
ちらりと彼を見るとぶつぶつと何かを呟いていた。
やれこんなはずじゃないだの負けるわけがないだのと。
いい加減鬱陶しく思えて来たので王子のもとに歩み寄るとピタリと彼は呟くのをやめ、僕を濁った金の瞳で見上げた。