決闘
澄み渡った青色の空を眺めながら、口から重苦しいため息が吐き出される。なにも今日に限ってこんなに晴れなくても良いのに。
憂鬱な思いを悟られたのか少し前を歩くリックが心配そうに振り返った。
「アディ、大丈夫?やっぱり決闘なんて辞めたら?」
「……いや、大丈夫」
ここで逃げても手首斬り落とされるし、なによりあの王子の鼻っ柱をへし折ってやりたい。そう意気込む僕を見てリックは愉しそうに笑うと、そうだ!と声を上げた。
「なら、良いことを教えてあげよう」
「良いこと?」
リックの言う良いことが想像出来ず首を傾げると、彼はピン!と人差し指を立てる。
「竜には弱点が在ってね──」
「竜の鱗だろ」
「なんだ知ってたの?」
流石に驚いたらしく、リックは僕の顔を覗き込んで来る。距離を詰められたのでさりげなく離れると彼はつまらなそうに言う。
「ガード固いな〜……」
学園が見えて来て、ますます憂鬱な気持ちになる。闘えばこんな気持ちも吹き飛ぶだろうか。
それに竜族の王子も気になることがある。
(この推測が当たってなければ良いんだけど……)
昼の十二時、グラウンド。約束通りに来てみれば、威圧感満載の竜族の王子が仁王立ちして僕を睨んでいる。
あと、何故かギャラリーが多い。獣人達が遠巻きに見ていて、ゲンナリする。
思わずハロルド皇子の方を見てしまった僕は悪くない、絶対。皇子は僕の視線を受け、ギャラリーが居る理由を教えてくれた。
「ミリウス殿下が決闘すると学園内で触れ回ってな。生徒達がその雄姿を一目見ようと集まったんだ」
獣人は暇なのかと危うくツッコミを入れるところだった。ハロルド皇子まで敵に回したくない。
にしてもギャラリーなんか集めちゃって大丈夫なのかなぁ……?
こっちは負けるつもりなんかサラサラ無いってのに。まあ負けて恥かくのは竜族の方だから構いやしないか。
「よく逃げずに来たな。その心意気は褒めてやろう」
ミリウス殿下によるものすっごい上から目線の発言に目くじらを立てないようにする。逃げ出せないように手首に呪いかけたのはそっちでしょうが。
「ハロルドから聞いたが、勝負の際魔法や魔術を使うことを禁じたらしいな。ああ、責めているわけじゃない。人間からすれば竜族と素手で殺り合うなんて到底無理だからな。俺はお前のハンデを認めようじゃないか」
王子の言葉に獣人達は歓声を上げ、あちらこちらから王子を称賛する声が聞こえた。
……落ち着け、耐えろ。取り敢えず笑って平常心を取り戻さないと。本気でこの王子を潰しにかかってしまう。
「審判は公平性を保つために、俺がやる」
ふーん、審判はハロルド皇子か。それならひとまず安心かな。
グラウンドの中央に両者が立ち合い、ハロルド皇子が口を開く───前に王子が口を開いた。その内容に思わず眉を寄せた。
「この勝負、勝った方がベルティナを手に入れるというのはどうだ?負けた方は金輪際彼女に近づかない」
この言い分にはハロルド皇子も快く思わなかったようで、表情が険しくなる。
「殿下。お言葉ながら勝負に賭け事を用いるのは……」
「ハロルド、お前はどちらの味方なんだ?このままでは神子が不幸になるに決まっている」
王子は一体何を根拠にこんな事を言ってるんだろうか?それにベルティナを賭ける?ふざけてんのか。
僕が反論しないのを見ると王子は鼻で嗤い、剣を抜いた。その剣は刀身が太く、先に行くほど細くなっている仕様だった。
僕も己の剣を抜き、構える。
お互いが戦闘準備に入ったのを確認してハロルド皇子が開始の合図を告げる。
「これより魔剣勝負を行う。勝敗は相手の剣を奪うのみとする。では始めよ!!」
(相手の剣を奪うって事は、手から離れさせればいいのか)
最初に動いたのはミリウス王子の方だった。剣を振りかざし目にも止まらぬスピードで僕目掛けて振り下ろす。
それを避け少し後ろに飛び、後退る。なんというか、攻撃が単調なのは変わらないらしい。いや、寧ろこれは竜の闘いじゃない。
力任せに剣を振るい腕力だけで押し通す。なんだこの脳筋みたいな闘い方は。
僕は王子の突きを何度となく躱し、王子を観察する。
「逃げてばかりで闘わない気か!」
ああ、思った通りだ。剣技も戦法もめちゃくちゃ。
人間の僕ですらギリギリ躱せる攻撃は本来の竜族の力の半分も出せていない。しかも本人は全くの無自覚。
出すつもりがない……?いや、出せないんだろうか?
動きも悪い。無駄な動作が多くて全力を出し切れていない原因の一つだ。
うん、よく分かった。この王子は一度敗北を味わわないと成長しないタイプだ。なら僕がやるべき事は一つだけ。
逃げていた足を止め、剣を構える。
「ふん、ようやく負ける覚悟が出来たか。ベルティナは俺のものだ。お前には釣り合わん」
今の言葉に、本気でカチンと来た。このクソポコンツ王子はほんとなんなんだろう。
この竜は考えなしに発言する。自分の周りへの影響力を自覚せず。
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「なんだと?」
笑顔で告げながら呪文を唱える。
「氷結と獄炎の魔神よ。我が剣に纏いその大いなる力を示せ!」
剣から大量の炎と氷が放出され辺りをグルグルと囲う。熱さと冷たさは感じるが徐々に収まっていく。
炎と氷が止むと刀身は赤と青の色を宿し、剣先は紫色に変わっていた。