番
「お前は現竜王の元番だな」
アルフレッド様の真剣な眼差しに射抜かれ、つい目を逸らしてしまう。無言を肯定と受け取ったのか納得したように顎に手を当てる。
「会った時から魂が歪だったから、何かあるとは思っていたが」
……なんか今、絶対に無視してはいけない言葉がアルフレッド様の口から飛び出した気がするんだけど。恐る恐る振り返ると血の様に赤い瞳と視線がぶつかる。
「アディの魂は二つに割れかかった状態を維持している。とても歪で、珍しい魂の持ち主だ」
アルフレッド様は至って真剣なんだろうけど……
(魂が二つに割れかかってるって何!?)
そんな状態で僕はよく生きてられたな。というか身体に害は無いんだろうか。やだちょっと心配になって来た。
「まあ珍しい形状なだけで魂そのものに異常は見られないから、安心して良いと思うよ」
レイモンドのフォローにひとまず安堵する。
何かあればバイトが出来なくなる。それは、本気で困る。
「でもさぁ、帝王。ほんとにアディは竜王の元番なの?」
不思議そうな顔でアルフレッド様に問いかけるレイモンド。信じられないのが当たり前だからなぁ、疑って当然か。
「微かに竜の気配がするし、間違いないだろう」
「でも、番だとして何で竜王は番を迎えに来ないわけ?竜は獣人の中で最も番に執着する生き物だから、輪廻転生したら迷わず見つけ出しそうな気がするけど」
……竜ってそんなに番に執着すんの?前世を思い出しても彼の方にそういった素振りは見られなかった様に思える。
うーん。と思い出そうとしているとアルフレッド様が僕の頭上に手を翳した。すると魔法陣が現れる。見た事のない魔法陣だな、どんな魔法なんだろう?
アルフレッド様は暫し魔法陣を注視していたがやがて大きなため息を吐き出す。
「竜王が迎えに来ない筈だ。アディはもう番じゃない。運命の輪が消えている」
「……はっ!?」
何故か、レイモンドがとても驚いている。僕にとっては理解している事象だから、もうどうでもいいのに。なのに彼は納得が行かないらしい。
「それ、どう考えてもおかしいでしょ。獣人にとって番は運命だよ?輪廻転生してもその輪は消えない。それが消えるなんて……アディも何で平然としてるの!」
レイモンドにずいっと詰め寄られ僕は慌てて答える。
「えっ。だって僕は生まれた時から理解してたから……」
「生まれた時から?興味深いな。もっと話を聞かせてくれ」
アルフレッド様も少々興味が湧いたのか同じく詰め寄ってくる。この二人、誰か止めてくれ。
色々と白状させられ、解放されたのは陽が沈む頃だった。
ぼんやりと薄暗い通りを歩きながら内心ではげっそりしている僕。
アルフレッド様とレイモンドの追及を躱すのは体力が要る。原因は僕の所為だけど。
今日はバイトが無くて助かった。こんな精神疲労の状態で仕事なんか出来ない。家帰って速攻寝るか。あーでも明日決闘なんだよなあ。すっぽかしたら手首が切り落とされる。なんの悪夢だよ。
「運命の輪、か……」
番同士にそんなものがあるなんて知らなかった。生まれ変わったら番じゃなくなると思っていたから。
やっぱり僕は神様にとことん嫌われている。普通なら消えることのない運命が消えてしまった。いっそ前世の記憶も消えてしまえばよかったのに。
「こんばんは、お嬢さん。月が綺麗な夜だね」
聞き覚えのある声に顔を上げるとリックが笑顔で立っている。この人、何でここに居るんだ?怪しむ僕を気にする事なくリックは傍まで歩いて来た。
変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けているリックは昼間の出来事を笑いながら話し出す。
「竜族にあそこまで噛み付くなんてアディは度胸があるね。殺されるとは思わなかったの?」
「別に。あとお嬢さんって言い方やめてくれないかな。どこにも女の子なんか居ないだろ」
睨みつけながらリックに言うと、彼は不思議そうに眉を上げた。
「女の子なら、俺の目の前にちゃんと居るよ?」
「だから、僕は……」
「分かってるよ。アディは事情があって男装してるんでしょ。そしてそれを誰にも知られたくない。でも俺は女の子だって知ってるから」
清々しい程の笑顔で言うリックを殴りたいと思ってしまった。男装の件を一番バレてはいけない相手にバレてしまった様な……
不意にリックが手を差し出すので何かと思っていると愉しそうな彼の声が言葉を紡ぐ。
「お手をどうぞ、アディ」
明らかに女性にする行動に一瞬顔が強張ったけどもうヤケだと思い直しリックの手を取る。途端、ふわっと身体が宙に浮く。
驚く間も無くあっという間に地面が遠くなる。どんどん空に近づき星がよく見えるようになった。
焦ってリックの腕を鷲掴む。
「ちょ、誰かに見られたらどうすんの!?」
「誰も見てないよ」
笑いながら言うリック。空を飛ぶ魔法を使う他に何か使ってるんだろうか。
上空まで来ると薄い暗闇が広がっていた。けれどそのお陰で星が幾千も輝いて見える。
「アディ、寒くない?」
「平気。ところでどうして空なの?」
そもそも彼が急に僕の前に現れたところから謎だ。一度会っただけの人間にこんな事するだろうか。訝しむ僕の前でリックはまたも愉しそうに笑い出す。
(彼は笑顔で居る時が多いな)
「さすがに可哀想だと思ったからかな〜。昼間の出来事は最っ高に愉しかったけど、印を付けられた辺りからただの笑い事じゃ済まなくなったし」
「……凄い笑ってたよね」
覚えてる限りリックは心配そうな表情を見せていないはず。殆どお腹を抱えて笑っていた記憶しかない。
「え〜、だってあからさまに人間を心配する態度は取れないしさ。それに竜族に目を付けられたくないからね。あ、でも心配に思ったのは本当だよ」
念押ししてくるリックにどこか必死さが垣間見えてつい笑ってしまう。
「ん、分かってるよ」
リックに嘘を言ってる色は見えないし、心配する色もちゃんと見えてる。人間じゃない種族なのに珍しいな。
本当になんの種族なんだろう。候補は悪魔しか思いつかない。けれど訊くのは憚られる。仮に悪魔だったとして面倒くさくなるのは目に見えている。
「……アディは竜より強いの」
リックはへらへらした笑顔を消し真顔で訊ねた。繋がれた手に力が篭る。
(どういうつもりで訊いてるのかな)
雰囲気からからかい目的じゃないのは判る。恐らく本気で、答え方を間違えたら僕はどうなるんだろうか。嫌な想像が頭を過ぎる。
「さあ。闘ってみないと分からない」
「……そっか。うん、だよね〜」
彼は笑顔を貼り付け無理矢理納得した様だ。この次にリックがどのような行動に出るか……
身構えた瞬間、リックがバッと両腕を開く。そして、優しく包まれた。
「???」
訳がわからず混乱する。なぜ僕はこの人に抱きしめられてるんだ。抜け出そうとしても力が強くて離れる事が出来ない。
「リ、リック。離れて」
押し返そうとすれば更に抱きついてくるリック。なに、この甘い雰囲気。
「アディは本当に面白いよ。見ててとっても愉しい」
瞳を開きながら言うリックにまたも目が奪われる。リックの澄んだ天色の目はどうしてだか心惹かれる。ずっと見ていたいくらいに。
「愉しい、からさ。どうか死なないで、アディ」
泣きそうな声が頭に響き心が痛くなる。そんな、切ない声音で語りかけないで欲しい。何かが僕の中から溢れ出しそうになり、頭がクラクラする。
この感情は、なに?
「明日、とっても愉しみにしてるよ。頑張ってね〜」
天色の瞳が僕を射抜く。段々と暗闇が広がっていき景色が闇一色に染まる。不安になって手を伸ばすと冷たい手に包まれる。
あれ、こんなに冷たかったっけ?意識が薄らいで行く中、最後に視たリックの背中からは大きな翼が生えている様に見えた。
そのまま、完全に闇に溶けて何も見えなくなってしまった。