吸血鬼達とお茶会(毒入り)
今の時間考えると授業に間に合いそうにないなぁ。どうしよー……悩んでいると一緒に生徒会室を出たアルフレッド様が声をかけて来た。
「アディ。話があるんだが、今からでもいいか?ミリウスの所為で授業に間に合わないだろう」
アルフレッド様の提案に一瞬目を見開き、思い悩む。でも今教室に戻ったら絶対注目される。それもそれで嫌だし……
ちらりとアルフレッド様を横目で見ると、美しい顔に美しい微笑みを浮かべた。目の毒……いや保養だな。耐性のない者が見たら卒倒しそう。
美しく気高いヴァンパイアを眺めながら話とはなんだろうと想像を巡らせた。
アルフレッド様に連れられた場所は校舎でも日の当たりにくい北側の校舎だった。日が当たらない分昼でも薄暗くてよほどの事がない限り誰も近づこうとしない。
特別講師として来る際は此処を利用しているらしい。そりゃ誰も近づかないはずだ。吸血鬼には過ごしやすい場所だろうし。
彼は一番奥の部屋に立ち、呪文を唱えながら鍵を開けた。やはり帝王専用の部屋か。中は薄暗いどころか真っ暗で闇一色だった。アルフレッド様と一緒じゃなければ絶対入りたくない。
アルフレッド様は躊躇いなく暗闇の中を進んで行く。夜目がきいているのか足取りに迷いがない。僕も入ろうと足を一歩踏み出した途端、ゾワッとした何かが全身を駆け回る。本能が警報を鳴らし、中に入る事を拒絶する。
固まって動けない僕を不審に思ったのかアルフレッド様は振り返る。赤い瞳と銀色の髪だけが暗闇にぼんやりと浮かび上がり、神秘的で妖しげな雰囲気を纏っている。
「どうかしたのか?ああ、電気を付けるのを忘れてたな」
指を鳴らすと部屋に明かりが点る。その瞬間全身を這いずり回っていた何かは消え失せ、いっそ気のせいだったんじゃないかと思うほどに何も感じない。
部屋は全てカーテンが閉じられ、陽光は全く差していなかった。意外にも奥行き広く掃除も行き届いており、壁一面に本棚が置かれ色んな本がある。王宮の書庫室も壮観だったが此処も凄いな。
本に気を取られていた為か、僕は部屋に人が増えたのに気づかなかった。背後からの殺気に咄嗟に身を屈み剣を抜いて受け止める。
短剣は弾かれ宙を舞う。僕は今日どれだけ殺気を向けられなきゃいけないんだ。やっぱり今日は厄日だと思いながら立ち上がる。攻撃を躱された吸血鬼は何をするでもなく落ちた短剣を拾いに行く。
怪しく思いアルフレッド様の方へ顔を向けるといつの間に居たのかレイモンドが呆れ顔でそこに居た。癒しを求めて彼の傍に行くとレイモンドは紅茶の入ったティーカップを渡す。
「取り敢えずアディはそれ飲んで。その間に帝王に色々訊くから」
ティーカップを持ったまま突っ立っていると先程僕に短剣を振り下ろしたヴァンパイアがソファーに座るよう促す。警戒が解けず躊躇っていると目の前のヴァンパイアも動く事なく直立不動だ。
(まさか僕が座るのを待ってる?それまでずっとあの状態でいる気か?)
なんだかそれも悪いような気がして渋々ソファーに座る。座ったからと言って何かあるわけではなかった。アルフレッド様と初めて会った時と似たような感覚だ。
紅茶に口を付けると心が落ち着いてくる。色んなことがあり過ぎて知らぬうちに疲弊していたらしい。ほっと息を吐きたいところだが何やら視線を感じる。
それも一つ二つじゃない。なんだこの尋常ではない視線の多さは。辺りを窺いようやくその理由を知る。物陰に隠れているが何人もの吸血鬼の目が僕を捉えていた。
侮蔑、興味、好奇心、物珍しさ。彼らの瞳にはそんな色が宿っている。ヴァンパイアは竜族と同じでプライドが高く高尚な生き物だ。自分達の領域に入って来られたのが不愉快なんだろう。
あまり目を合わせないように下を向くと話終わったアルフレッド様とレイモンドが此方に移動して来た。事情を知ったレイモンドからも憐むような目で見られ頭を撫でられる。
「可哀想に……ミリウス様が俺様なのは知ってたけどいくらなんでもタチが悪いね」
今度は右手首を掴まれ紋章をじっくりと見られ、居心地が悪くてそっと手を引っ込めた。二人は他の吸血鬼など目に入らないのかソファーに座るや何処からか菓子が乗った皿を置く。
「アディも食べてみて、美味しいよ」
レイモンドに勧められ菓子の一つを手に取る。赤くてぶよぶよし一見すると血の塊みたいな菓子だ。ちらりとアルフレッド様を見ると彼は穏やかな笑みを浮かべている。けれどその表情は己の心情を他者に推察させない様な笑みに見えた。
ぶよぶよした赤い物体を食べ、咀嚼する。見た目とは裏腹に硬めでどろりと口の中で溶ける。チョコレートに近いな、これ。菓子を飲み込みアルフレッド様を見据えると彼は表情を消した。
「この菓子、毒ですね?」
アルフレッド様に訊くと彼はくっ。と喉を鳴らして笑う。やはり毒で当たりか。冷静でいる僕の横でレイモンドが焦った声を出す。
「帝王!何で毒なんか……アディもどうして冷静で居られるの?」
「どうしてって、これは毒だけど僕には効かないから」
そう答えるとレイモンドの目が点になる。この反応を見るのはしょっちゅうで僕が毒耐性を持つと知ると大抵の獣人が唖然とした。
ちなみに毒耐性は神様の嫌がらせオプションではなく、幼いころから食事に毒を盛られいつのまにか身体に耐性がついただけ。でもこれはこれで助かってる。
「それにこの毒は人体に害を及ぼす毒じゃない。だから食べても平気。ですよね?アルフレッド様」
くつくつと笑うアルフレッド様はこの状況をとても楽しんでいるようで随分と愉しげだ。
「いや、悪かった。アディがどれくらい強いか試したくなってな」
強い?意味が分からず首を傾げるとアルフレッド様は急に真顔になる。
「ミリウスが言い出した決闘を受けると聞いた時は無茶だと思った。しかしアディの性格を考えるとそんな無茶をするとは考えづらい。これは推測だがアディは剣の腕がミリウスより上だと私は思う。そこでチェイスにわざと短剣をお前に向けさせた」
……あの殺気も振り下ろした短剣も、全てわざと?アルフレッド様は、僕が避けられないと考えた事はなかったんだろうか。
「もしアディ様が避けられなかったら、寸で止めるつもりでした」
聞き覚えのない声に振り返ると直立不動のままチェイス(?)さんが答えた。
「それでアディ。お前はなぜあそこまで動ける?鍛錬を積まない限り、剣を扱う事は只人には無理があるだろう」
剣を教えてくれたのは二度目の人生の時、助けてくれた鬼だ。他の妖怪から狙われやすい体質だった僕を見兼ねて身を守る剣の扱い方を身に付けさせてくれた。その次は当時王太子だった彼の方が本格的な剣を教えてくれた。
今世でも二人から教えてもらった剣術を覚えていて身体に馴染ませている。だが前世の事を話すのは無理だ。詮索されても困る。
「縁を切った実家が想像を絶する程の過酷な環境下だったので生きる為に剣を覚えました」
これは嘘じゃない。僕の生まれた家は超が付くほど最悪で、出来ればもう二度と関わりたくない。
「……そうか。私の話はこれで終わりだ。あとはゆっくり寛いでくれ」
アルフレッド様は僕の家庭事情に深く踏み込むことなく会話を終了してくれた。その心遣いに感謝しつつ、突き刺さる視線をどうしようかと頭を悩ませているとアルフレッド様は後ろに視線を向けた。
「お前達、いつまでそうしているつもりだ?アディは人間だが私の客だ。心配するような事はない」
……いや帝王様。心配する云々の問題ではないんじゃ。内心そう思っていると他のヴァンパイア達は更に奥の部屋へ引っ込んでしまった。
「あんまり気にしないで。ヴァンパイアは警戒心が強くて他所者を受け入れ難い種族だから」
レイモンドは素っ気なく冷たい声音で言い放つ。まるで、自分の種族は最悪だとでも言いたい様に僕には見えた。
しかしそれも一瞬の間だけで次に向けられた表情には穏やかな笑顔が浮かんでいた。よく見るとアルフレッド様の笑顔とレイモンドの笑い顔はとても似ている。
「……ねえ、本棚に置かれてる本って読んでもいい?」
ずっと気になっている本について訊ねると二人から了承を貰った。早速手に取って読んでみる。魔法に関する本や国の歴史書、凡ゆる種族が載る本。色んな本がある。その中でも僕の興味を引いたのは竜族に関する本だった。
竜の王子の暴走というタイトルの本を開く。この本曰く、今の竜王は王太子時代に魔界をたった一人で攻め込んだらしい。苛烈な攻撃に魔界の半分が焼失し魔族が降伏する程に。その理由までは書かれていなかったが時期的に考えるとこれが起きたのは番が死んだ後の出来事だ。
彼の方はなぜ魔界を攻撃したんだ?前世の僕の死は毒殺。しかも竜族によって殺された。魔族は関わっていないはず。そもそも竜の国に魔族は侵入出来ない。
……もしかして、狂う寸前だった?番を喪った悲しみのあまり世界を焼き払おうとした?いや、それなら竜族は何が何でも止めるだろう。この世界の秩序と平和を護る義務が彼らにはある。
けれどこれは既に過去の出来事だ。僕が考えたって事実は変わらない。それに僕は彼の方の番では無くなった。いい加減前世の記憶に囚われるのはやめようと決心したのに。
「アディは竜族に興味があるのか?」
先程から竜族に関する本ばかり読んでいた為か、アルフレッド様は不思議そうに僕に訊ねた。
「明日の決闘がどうなるか分からないので……」
「なるほど、良い心がけだ。それならこの本を声に出して読んでくれないか?」
アルフレッド様から手渡された本のページを言われた通り音読する。内容は現竜王の亡くなった番について書かれていた。ドキッと心臓が鼓動を立てたが平静を装う。読み終わり顔を上げて皆の顔を見た僕は驚いた。
レイモンドは目を見開き硬直し、チェイスさんはぽかんと口を半開きのまま唖然としている。アルフレッド様は興味深そうに目を細め笑みを深くする。そしていつの間に戻って来ていたのか奥に引っ込んでいたヴァンパイア達が食い入る様に視線を向けてくる。
な、なんだこの雰囲気……?僕は気付かないうちに何か粗相でもしてしまったんだろうか。と本に目を向け、ようやく皆の態度が可笑しい理由が判明した。
アルフレッド様に読んで欲しいと言われた本は、普通の人間ならまず読めないであろう竜族の言語で書かれていた。彼の方に言語も教えてもらっていた僕は難なく読めたが、普通の人間は読めないのが当たり前だ。
「やはりな。アディ、お前は現竜王の元番だな」
アルフレッド様に言い当てられ、自分の不注意さを呪った。今日、何度も殺気を向けられた挙句攻撃され。菓子には毒、更には自分の所為で現竜王の元番ともバレてしまう。
今世で一番最低最悪な日は今日だと僕はまた現実逃避をするのだった。