決闘の約束
突然部屋に入って来た人物の登場により、騒然としていた室内はシーンと静まり返る。全員が扉の前に立つ人物に注目し、息を呑んでいる。
「会議に出ていて遅れたが、これはどういう状況だ?」
ヴァンパイアの帝王であるアルフレッドは不機嫌そうな顔を隠しもせず言い放った。何時もより顔が白い事から日差しがきついんだろうな。
アルフレッド様は周囲に目を配らせ、最後に僕に目を留めた。彼は僕だと認識すると驚いた様に目を見開く。
「アディ?こんなところで何をしている」
帝王が人間に話しかけたのを見て、獣人だけではなくあの竜族も驚いていた。僕とアルフレッド様は知り合いだけどそんな事彼らは知らないから仕方ないか。
「ベルティナの事で生徒会長が訊きたい事があったようで召喚されました」
が、アルフレッド様は不思議そうに首を傾げ、ベルティナ?と呟いた。僕が戸惑っていると慌ててハロルド皇子が口を出す。
「例の少女の事です」
「ああ、神子の事か」
合点がいったと風に納得するアルフレッド様に対しハロルド皇子は硬直している。どうしたんだろう。と思っているとハロルド皇子がゆらりと近づいて来た。
「頼む。今の話は聞かなかった事にしてくれ」
「えっ……分かりました」
神子がどういう者か知ってるけど、それをバラすのは得策とは言えない。あくまで知らぬ存ぜぬを通すのみ。
僕が了承するとハロルド皇子は安堵の息を吐く。絶対この人苦労人だよなぁ。と憐れんだ気持ちでいると竜族の王子が怒気を孕んだ声を上げる。
「貴様、なぜ帝王と親しくしている!?ベルティナの様に取り入ったのか?ますます生意気な。俺と魔剣勝負をしろ!」
「殿下!人間相手におやめください!」
うーん。なんかこの王子可笑しくない?何で此処まで僕に突っ掛かって来るのか。僕とハロルド皇子の話を聞いていたなら、誤解は解けたはずだよな。
それとも竜の意地とか?前世でも似たような光景を目撃した事がある。
プライドが高い竜族は自分より下の者にへりくだるような事はしない。
常に強さを誇る竜族のプライドは人間からすれば面倒くさいが竜族にとっては大事なものの一つだ。
じゃあもし人間が竜が恋する者と恋人みたいに親しかったら?
明らかに己のプライドを傷つけられるだろう。この王子心は繊細そうな色してるし。ベルティナは竜の番じゃないけど、王子からすれば番を奪われた感覚に近いんだろうな。
面倒くさい、果てしなく。
恋は際限なく人を愚者にさせるものだけど、嫉妬で身を焼かれそうになっても困る。
それにいい加減教室に戻りたい。昼休みはとうに終わり、今は授業中だ。一回出なくても成績に影響は無いだろうが、後で教師にネチネチと文句を言われるのが一番嫌だ。
この竜族の王子の怒りを静めるにはおとなしく要求を飲んで上手いこと躱せば今日はそれで充分。未だ殺気を此方に飛ばす王子に一歩踏み出す。
「良いですよ。魔剣勝負、お受けしましょう」
僕が応じると竜族の王子だけでなく全員から声が上がる。
「……えっ!?」
「は?」
「ほう」
唖然とする者、馬鹿にする者、面白そうに笑う者と反応は三者三様だった。しかし僕は気にする事なく竜族の王子だけを視界に定め、笑顔を貼り付ける。
「僕と魔剣勝負がしたいのでしょう?ご自分でそう仰ったではないですか」
あくまで提案して来たのは貴方だ。と匂わせるとさすがの王子も眉を顰める。なんだ、所詮は口だけか。残念に思っているとアルフレッド様が異議を唱えた。
「竜族と魔剣勝負など無茶もいいところだ。アディ、考え直せ。小僧が血迷って言った言葉にお前が耳を貸す理由はない」
竜族の王子を小僧呼ばわり……アルフレッド様って歳いくつだろ。この部屋の中では一番発言権を持っているし、皆逆らおうとしない。年功序列制なんだろうか。
訝しむ僕の横でアルフレッド様は王子に向き直り、凄まじい圧を見せる。
「ミリウス。お前にも色々事情があるようだが、アディは私の大切な継子であるレイモンドの命を救ってくれた恩人だ。レイモンドの恩人は私の恩人にも成る。アディに話があるならまず私を通せ。勝負はそれからにしてもらおう」
ヒクッと王子の顔が引きつる。よく見ると他の人達も顔を蒼ざめて凍りついている。なんだろうこの空気。
まるで何か触れてはいけないものに触れてしまったような。
「これは俺とその人間の問題だ。いくら恩人だろうと吸血鬼の帝王だろうと、この場を弁えるのは貴方の方だ」
竜族の王子のあまりもの言い草にアルフレッド様は冷めた視線だけを投げかげる。
「━━なるほど。どうしても納得がいかないというんだな?ならば今すぐ表へ出ろ」
地を這うような低い声にぶわっと鳥肌が立つ。この部屋全体の温度が一気に下がったように感じ身震いする。
今、目の前に居るのは帝王と呼ぶに相応わしい男が立っているだけ。あの天然の塊みたいなアルフレッド様は何処にもいない。
「何をしてる。早くしろ。俺は気が長い方ではないと知ってるだろ」
帝王が竜族の王子を睨みつけると王子はようやく動いた。しかし彼の視線は帝王ではなく僕に向いた。
「明日、昼の十二時にグラウンドで俺と決闘だ。約束しろ」
「? はい……」
王子の気迫に驚きつい返事をしてしまうと僕の手首が突如光る。何かと思って手首に視線を向けた時、何かを殴る音とバリンッとガラスが割れる音が響いた。
顔を上げると拳を振り下ろした帝王と窓から勢い良く落ちる竜族の王子を見て、ああ殴られたのか。と理解する。
竜なら殴られて落ちても無傷で済みそうな気がする。にしてもこんなに短気だとは思わなかった。
彼の方はもっと穏やかだったのに。母親の性格が受け継がれたとか?そういえば母親誰なんだろ。
彼の方の血が色濃く出ているから母親の面影がない。でも見た目は完璧竜族だったし母親も同じ竜族なのは間違いないはずだけど。
「ちっ、あのクソガキ。余計な事を」
王子の行動に舌打ちをつく帝王。あの紳士的で天然なアルフレッド様と同一人物だと言われてもピンと来ない。
帝王の鋭い視線が僕の方に向けられ思わず身を引く。彼は心配そうに眉を寄せる。
「顔色が悪いな。術の所為だろうか」
ん?術?もう一度自分の手首を見ると痣のような紋章が浮き出ている。
「……なんですかこれっ!?」
手で擦っても消えない。いや待て本当になんだこれ!
「おい、あまり触るな。それは竜族の約束の印だ」
「約束の印?」
なにそれ聞いた事がない。そんな魔法あるの?彼の方は凡ゆる魔法を教えてくれたのに。
「魔法というより魔術だな。竜族との約束は絶対だ。ミリウスはどうしてもお前と勝負がしたいらしい」
アルフレッド様の憐んだ色が見え、頬が引きつる。
「あの、約束を破った場合は……」
「残念ながら、貴方の手首が切り落とされます」
王子を止めていた竜族の男が無愛想に言い放った。これでこの男から罪悪感の色が見えなければ間髪入れずに殴っていただろう。
というか僕の右手首がさよならする……利き手なのにどうしてくれる!?ワナワナと震えているとアルフレッド様は大きなため息を吐く。
「アレの事情も中々複雑だと思っていたが、人間に嫉妬する程とはな」
呆れたような顔を隠しもせず他の竜族に向かって言うと、やはり帝王が相手だからなのか竜族はぐうの音も出ない。
だが今の僕にとっては種族同士の牽制などどうでも良い。約束を守れば手とさよならする必要はない。それにまず確かめたい事がある。
「殿下。魔剣勝負でお聞きしたいことがあるのですが」
「! ああ、なんだ?」
ハロルド皇子は苦渋の表情を浮かべながら無言でいたが、僕が声をかけると愛想笑いになる。
「魔剣勝負では人間が不利なのは明白です。そこで竜族側にハンデを負うのは可能ですか?」
「ハンデ?出来ない事はないが……」
「なら竜族の王子は魔剣勝負の際、一切の魔法や魔術を使わないハンデを負ってもらいます。使った場合は勝敗に関わらず不戦敗となり僕の勝ちとします。よろしいですね?」
問いかけておいてその実其方に拒否権はないと暗に匂わせる僕に初めてハロルド皇子は苦い表情を見せた。しかし断るのは理不尽だと思ったのか了承してくれた。
「分かった。ミリウス王子にも伝えておく。だがいくらハンデを付けたとからと言って、竜族に勝つのは無理だと思うが」
その言葉には侮蔑ではなく純粋に心配の色しか見えなかった。どっかの王子もこの皇子を見習って欲しいものだ。それに。
「……僕は無理だと判断したものに挑戦しようとは思いません」
はっきりと告げるとハロルド皇子は驚きを露わにし、何かを悟ったようだ。この方は思っている以上にとても聡明らしい。僕は頭を下げ退室の旨を述べると生徒会室を後にした。