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運命の出逢い2

 その日は朝から厄災が起こった。


「……はぁ?」


『お願ーい!助けてー!』


 呆れる僕の目の前をふわふわと浮かぶ少年は必死に僕に頭を下げている。まだ幼さが残る顔立ちだが、顔は整っている方だと思う。黒い軍服を身に纏い黒いフードから覗く紫色の大きな瞳は涙を溜めている。


『俺、アディが最近構ってくれないから寂しくなちゃって!それで他の怪異で遊んでたら……』


「亜空間に落とした、と」


 てへ。と可愛らしく笑うこの少年を殴るか、或いは祓うか僕は迷っていた。



 (しじま)は力のある怪異で悪戯好きだ。良く他の妖怪や同じ怪異に悪戯しては問題ばかり起こす厄介な怪異。それでも黙が倒されないのは、偏に彼の妖力が強いからだろう。


 強い力を持つ怪異は意思疎通が図れるし、人に危害を加える事も少ない。尤も怪異は己の意思なくその姿を現す事が無い。


 彼らが視えるのは妖力や霊力が強い者━━つまり僕みたいな奴じゃないと視る事ができない。そんなのと出会ったからには、彼らにとって僕は非常に興味の対象のようで。


 これも神様の嫌がらせかな……と遠くを見つめる。ああいけない、また現実逃避してた。兎に角黙が誤って亜空間に落としたという怪異を見つけないと。


「その怪異って誰?」


『ウサギ!』


 黙のウサギというのは確か小さくて二、三匹で行動するウサギっぽい怪異だったはず。力が弱い低級の怪異だから果たして亜空間に落ちて無事かどうか……


 頭が痛くなるのを感じつつ、黙と一緒に家から出て亜空間がある場所に向かう。授業に遅れるかもしれないな、と考える僕は黙に案内された場所を見て絶句した。


「……黙。本当に、ここ?」


『そうだよ』


 ふわふわと浮かびながら僕の周りを揺蕩う黙に、僕は思いきり叫んだ。


「学校じゃないかああああああああ!!」



『だってさー、アディは学校で忙しいじゃん?構ってくれないならせめてアディの居る所に居たいって皆集まったんだよ』


 コイツらは全員祓われたいんだろうか。怪異や妖は自由過ぎるが何も学園に留まる事無いだろうに。なんにせよ、亜空間がある場所が学園なら昼休みになったら助けに行けばいい。


『こっちこっちー』


 手を振る黙からは悪びれた様子がない。何時もの事だけど、黙ってトリックスターみたいなキャラなんだよなぁ……


(にしても西校舎って使われていないって言われる割に綺麗なんだな)


 亜空間が発生した西校舎は所謂古くなって使われなくなった旧校舎のはずなんだけど外観はまだ使えそうに思える。学園側が掃除だけはしてるのかな。


 不思議に思いつつ黙の傍に立ち、手を辺りに翳す。すると空間にぼこっと穴の様なものが空き、亜空間が出現する。


 僕はなんの躊躇いもなく中に手を突っ込み妖力を撒き散らす。ドドドドドと何かが迫って来る音が聞こえ手を引っ込める。ぽん、ぽん、ぽん。と小さなウサギのような怪異達が飛び出して来る。


『おっ、お帰りー』


 黙が声を掛けるとウサギ達はプンスカと怒ったように垂れ耳を持ち上げる。


『死ぬかと思った!』


『もうやめろ!』


『シジマ嫌い!』


 三匹から責められる黙はごめんごめん。と笑いながら謝る。彼らはまだ怒っていたが僕にお礼を言うと森の方へ歩いて行った。


「こういう事はこれっきりにして欲しいな」


『えー?そんな事言いつつ何だかんだ助けてくれるくせにー』


 そう言う黙を反省させる為に護符を取り出すフリを見せると彼は慌てたように大木の上へと逃げた。嘆息しながら巨木を見上げると何者かの気配がする。


 認識阻害を使ってるから関係ないかと思っていたが気配が直ぐ隣まで来ると無視出来ない。


「何か面白いモノでも見えるの?」


 声を掛けられて弾かれた様に顔を上げる。鮮緑の髪に糸目の男が立っていてニコリと笑顔を向けられる。何でこの人に認識阻害が通じてないわけ?


 胡散臭そうな笑顔を貼り付ける彼を警戒しながら睨みつける。男は此方の態度を気にすることなく口を開く。


「そんなに身構えないで、アディ。俺はリック。君を捜してたんだ」


 捜してたって事はハロルド皇子に頼まれたんだろうか。


「……ハロルド皇子の手の者ですか?」


「あははっ。アディは俺を獣の手下だと思ってるんだ?まあ普通そう考えるよね〜。でもごめん、俺は事情を知らないからなにも話せないんだよ」


 本当にそうだろうか。彼は少なからず何かを知ってるはず。でもそれを僕に言う気はない、と。なによりリックという男は獣人を見下す様な発言をする。獣人を信用していないのかな。


「それより一緒に来て欲しいんだ。アディ、()()()


 リックさんは閉じていた目を開く。その美しい瞳に思わず息を呑む。澄んだ青空の様な(あま)色に強く引き込まれそうな感覚に陥り、必死に理性で抑え込む。


「嫌です」


 きっぱりと凛とした声で断るとリックさんは目を開いたまま僕を凝視する。何かの魔法を使ってたのには気付いたけど、僕がその魔法に掛からなかったのが意外みたいだ。


 まあ僕人間だし、そう思われても仕方ないか。と半ば諦める。魔法に掛からない理由を問い詰められたらどうしようと考えているといつの間にかリックさんが距離を詰めていた。


 リックさんは何を思ったのか首を傾げ、じろじろと見る。そして僕に訊いてきた。


「ねぇ、アディって女の子なの?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。この人は今、なんて言った?女の子?


 頭から血の気が引いた。なぜ、彼に性別を見破られたのかは分からない。でもまずい状況だというのは理解出来る。じり、と後退るとリックさんに手首を掴まれる。


 少々強めなのは逃す気が無いからなんだろう。けれど此処で攻撃すればもっと厄介な事になるのは目に見えている。この場を切り抜く為に頭の中をフル回転させているとリックさんが笑いかける。


「何で男装しているのか問い詰める気はないけど、男装してるって学園側にバレたらどうなるかな?」


「……それは脅しですか?」


「アディが一緒に来てくれるなら男装の件は黙ってるよ。約束する」


 脅してきた相手の言うことなど信じられない。しかしリックさんの周りの()は嘘をついていない。此処で逃げても無駄だろうと思って僕は諦めた。


 とりあえず、男装しているのがバレなきゃそれで良い。と心の中で割り切る。でも何でリックさんは僕が女だって判ったんだろう。見た目は完璧に男なのに。


「どうして僕が女だって解ったんですか」


 前を歩く彼に問いかけると笑い声が返ってくる。イラッとしたのが伝わったのか更に笑い声を上げる。


「なんでか知りたい?」


 歩みを止めて振り返る彼に黙って肯く。


「じゃあキスさせて?」


「……は?」


 キス?キスってあの、恋人同士がする?でもなんでキスなの?混乱する僕を見てリックさんは笑みを深める。


「情報を知りたいなら対価を払わないと。タダでなんでも教えてもらおうなんて虫が良すぎるんじゃない?」


 ……そういう事か。ムッと口を引き結んで繋いでいた彼の手を振り払う。


「それが対価なら結構です」


 安く見られた様な気がして苛立ち、一人で生徒会室に向かおうとするとリックさんが引き止める。彼はまだ笑い転げていて自然と眉間に皺が寄る。


「ごめんごめん、意地悪し過ぎたね。今回は特別にタダで教えてあげる」


 だから近くにおいで。と手招きする彼の傍に行くとそっと耳打ちされる。


「あのね、アディから甘い香りがしたんだよ。その香りは女性しか持たない香りなんだ」


 ……とどのつまり、その香りで判断した、と?またも顔から血の気が引く。そんな事ってある?香りは匂いだからフェロモンみたいなもの?


 いやそれ以前に嗅覚が優れている獣人とか吸血鬼に近くで嗅がれたら言い訳すら出来ないんじゃ……頭を抱える僕を見兼ねてか、リックさんは慰める様に言い募った。


「因みにアディはなぜか香りが全然しなくてね。俺も気付いたのは偶然だから」


 相変わらず、彼の()は嘘をついていない。それに好意的な()も視える。そんなに悪い人じゃないのかな……


「リックさんって獣人なんですか?それとも人間?」


 おそらくどちらでもないだろうリックさんは案の定否定した。そして敬語は要らないと言われ、見た目通りフレンドリーな人なんだなと結論付けた。


 思えばこの時、リックに対してもっと注意を払っていれば付き纏われる事もなかったはずなのに、愚かな僕は彼の様子に何一つ気付かなかった。

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