捨てる人材 -1-
「あのさ、平田くん。ちょっとお願いがあるのだけど」
人事部の上司である山下進が、いつものニコニコ顔で平田に声を掛けた。
「何でしょうか?」
別に冗談を言う合うような関係でもない。普通のトーンで平田は言葉を返す。
「いやね。社長から人員整理をお願いされちゃってね。その仕事を平田君にお願いしたいんだ」
山下は結構自分で動くタイプだ。部下を有効に使うということを知らない。
入社して3年目の平田には、そのせいかあまりいい仕事は回ってこず、雑用のような立ち回りだ。
しかし、今回の”人員整理”は人事部では花形とも言える大事な仕事だ。
勿論気持ちのいい仕事ではないが、平田の中で火が付くのが分かった。
「是非ともやらせてください。......それで、誰が対象に?」
山下は手元の資料を平田に差し出した。
平田はそれを受け取ると、左上の顔写真と名前に先ずは注目した。
“大木 俊二”
年齢は50前半とあり、年齢相応の顔立ちだ。
白髪の方が多く、顔は疲れているように見える。不愛想で無口な印象を受ける。
「開発部ですか......見ない顔ですね.......」
「大木さんのデスクは奥にあるからね。なかなか顔を合わせることも少ないだろうね」
平田が資料を目で追いながら下へ徐々に目線を下げていくと、顔をしかめる項目に出会った。
“処分区分 廃棄”
「あのぉ、山下さん」
「何?何か分からないことがあった?」
「この“処分区分 廃棄”って言うのは何でしょうか......僕は見たことないですね、これ」
「あぁ......それか」
山下は椅子に背中を預けると、眼鏡を外して眉間の辺りを擦り始めた。
「最近ニュースになってたと思うんだけど、新聞とか見てないの?」
「あぁ......すいません。新聞取ってなくて」
「新聞は読んだ方がいいよ。最近の若い子はインターネットばかりだけど」
「あれでは、自分の欲しい情報しか手に入らないだろ?」
平田は”そうですね”と返したが、別にそんなことはないだろと心の中では思った。
「じゃあ最近うちの会社の一階の倉庫に、大きな機械が導入されたことは知ってるだろ?」
「あっ、ああ。それは知ってます。あれは何なんだって同期の間で噂していましたから」
1か月程前に突如導入されていた長方形の箱のような機械。
自衛隊が着ている服のようなオリーブドラブ色で、平田の胸の高さくらい高さがある。
正面から見て右側に制御装置のようなものが付いており、ボタンが数個あるだけの簡素なものだった。
終業後に同期の青木と二人で倉庫に忍び込んで見に行ったことがあったので、よく覚えている。
「あれはね、社員破棄に使うんだよ」
「......社員......破棄?」
山下は重たい息を、平田に聞かせるように吐き捨てた。
「まあ、国が決めたことでわが社はそれに従っているだけだからな。私だって気乗りはしないよ」
「えーーっと.......話が見えてこないのですが......」
「あの機械は人間シュレッダーみたいなもんだ。人間を有機分解して、匂いのない肥料に変えてくれるのさ」
「えっ......」
平田は絶句した。目の前のこの人は気でもおかしくなったのではないかと、心配を覚えた。
捨てる人材 -1- -終-