【II】
店を出て15分程南に歩くとまだ造りのしっかりしたコンクリートのビルに辿り着いた。綾子の地図が正しいとすれば大悟と呼ばれる情報屋はこのビルの3階にいる。3階を仰ぎ見るとカーテンを薄く張られた窓から僅かに人工的な明かりが漏れていた。
「ここに人が住んでいたとはな。せいぜい家なしの奴らの溜まり場だと思っていたが」
盲点だった。
このビルは政府の役人が視察で必ず点検している箇所である。情報屋など、非公式の……あきらかに政府のレッドカードに引っかかる職業の本拠地にするにはあまりにも不適格な場所だ。情報屋には多少なりとも“コネ”があるらしい。外野お達しの情報屋というならばそれも当然か。
重たいドアを押しあける。埃が舞って鈴音は端正な顔をわずかに歪めた。そのまま煩く閉まったドアを尻目に階段を上る。ビルの中は窓がなく、まだ夕暮れ前だというのに真っ暗だった。非常灯の緑色の光以外は光と呼ばれるものはない。不健康そうな場所だ。
そんなことを考えていると、さっきもらったばかりの携帯電話が静かに鳴いた。
「もしもし」
『ああ、良かった。レンがまだ携帯もっててくれて』
「どうしたんですか?」
『今、ビルの中かしら?重要なことを伝えるのを忘れてね』
「重要なこと?」
『ええ。情報屋に入るのにはパスが必要なの。それを見せないと』
綾子が話してる途中に大きな拳が飛んできた。首をひとつ動かしてそれを避ける。
「なるほど、ガタイのいい警備員が襲ってくるんですね?」
『そうなの。もう手遅れだったかしら?』
「問題ありません。また後でかけなおしてもいいですか?」
『わかった。それじゃあ』
携帯を閉じて後ろポケットにねじ込んだ。体格のいいサングラスをかけた男。この暗闇にサングラスは些か不釣り合いな組み合わせに思えた。二人とも向かい合わせになったまま、微動だにしない。暫く続いたにらみ合いを先に解いたのは男の方だった。鋭く放たれた拳が大気を切る。それをまたもやかわした鈴音が勢いをつけた右足を男の胴体に食らわせた。男はわずかにうめき声をあげて数歩退く。
「そこを退けおれはお前のご主人に依頼しにきた立派な客だ。政府の諜報員でもなんでもない」
「駄目だ」
「ふん。融通のきかない奴だ。強行突破はあんまり好きではないんだがな」
言い終わるのが早いか、鈴音が音もなく滑るように動いた。伸ばした右腕が目指す場所は首。男は慌てて後ずさるがもう遅い。首の付け根を捕らえた。そのままコンクリートの壁に打ち付ける。男は不格好な声を出して、鈴音の手から逃れようともがく。
「手ごたえがなさすぎるな。さて、これからどうしようか。このまま絞め殺されたいか?それとも、お前が敬愛しているご主人の前でメッタ刺しにしてやろうか?好きな方を選ばせてやる」
男がかけていたサングラスを空いている左手で外し、割った。ぺきんと音がしてそれはあっけなく鈴音の靴の底で粉々になる。
冷ややかな笑みを浮かべた鈴音に男は初めて恐怖を野ざらしになった瞳に浮かべていた。周りの暗闇に同化している鈴音の黒い双眸には何の表情もなく、ただ瞳への侵入を拒むように煌めかせ、バリアを張り巡らせている。それでいて歪んだ口元に男はただならぬ殺気と拒絶とを感じさせるものがあった。
男は必死で首を振り、命乞いをする。飛び散った冷や汗が鈴音の顔にかかり、不快そうに眉をひそめた。
「そこらへんでそいつを解放してやれ、若いの」
どこからか聞こえた声に鈴音は手を離さずに振り向く。闇の奥から出てきたのはおそらく情報屋の大悟だろう。太い腕には龍のタトゥーが彫られていて、情報屋というよりはどこかのヤクザに間違われてしまいそうな強面だ。片腕には読みかけだったのであろう、新聞と携帯が握られている。
「お前が情報屋か。話をしたい」
「そのつもりで出てきた。さっき綾子さんから電話があったんでな。奥に来い。依頼人となりゃ話はちゃんと聞かねえとな」
奥には依頼人専用の客室があるという。鈴音は男の首を離し、大悟の後に付いていく。
やっとありつけた確かな情報を逃すわけにはいかない。金は十分に持ってきた。欲しいだけくれてやる。どうしても手に入れたかった情報が手に入るのならば、おれは何だってする。 大悟、こいつにはしっかり働いてもらわないとな。
鈴音は拳を小さく握りしめた。
随分と更新が遅くなってしまいました(汗)
すみません、学年末テストだったんです




